第167話 メイド隊が行く
執事服を着ると何故か演じられるようになった丁寧口調はみんなにも好評で、イコとライザまでお嬢様呼びで身悶えし始めるという、とても珍しい光景が見られた。近くに来ていたエコォウが複雑な表情をしていたが、俺は普通の女の子っぽい反応を返す二人を楽しむことができて、ちょっと得した気分を味わっている。
リコは“王女様になったみたい”と喜び、執事一人とメイド十人にちやほやされる、至福の時間を満喫していた。実際リコには王家の血が混じっているので、あながち間違いでないところが恐ろしい。
そして明日の朝は、執事とメイド隊でリコとケーナさんを職場まで送り届け、そのまま冒険者ギルドに依頼を受けに行くと、満場一致で決まってしまった。どう考えても波乱の予感しかない、一体どうなってしまうんだろう……
◇◆◇
「クリムちゃん、こんどはこっちだよ」
「わーん、もうこれ以上は勘弁してー」
「弱音ダメ、このままだとリュウセイ、満足できない」
「リコちゃんも手伝ってくれてるのだから、最後まで諦めずに頑張るのよ」
「ほれ、アズルもよそ見はダメじゃ、こっちに集中するのじゃ」
「ブラッシングの後にー、これ以上の動きは無理ですー」
「リュウセイさんの動きは複雑で速いですから、さすがのアズルさんも翻弄されていますね」
「ピピー」
迷子の猫を届けた後、リコとケーナさんの仕事が終わるまでお店巡りをしていた時に、小さな雑貨屋でソレを見つけてしまった。細くて柔軟性のある竿の先に、フワフワの毛玉が付いた、猫じゃらしを。
何に使うか店主も知らない謎の雑貨だったが、異世界出身者の俺にはわかる。こっそり購入して、ブラッシングの後に遊んでいるのが今の状況だ。
「ねぇねぇ、クリムちゃん、アズルちゃん」
「なにー?」
「何でしょうかー、マシロさんー」
「それ捕まえようとする時、言葉の後ろに“にゃ”とか“にゃん”とかつけてみて」
さすが真白だ、ツボというものを良く心得ている。きっと今の状態は、画竜点睛を欠くと言うんだろう。
「よくわかんないけど……にゃっ! そっちに行ったらダメにゃー」
「もう少し手加減して欲しいですにゃんー、このままだと足腰立たなくなりそうですにゃんー」
「リュウセイさん、リュウセイさん……」
「どうしたんだ? ケーナさん」
「この可愛い生き物、お持ち帰りしたいです!」
こちらにズイッと迫ってくるケーナさんの目は真剣そのもので、今のクリムとアズルをかなり欲しがってるのがわかる。こうやって美人の女性に詰め寄られると、ついつい首を縦に振りそうになるが、ここは我慢だ。
「さすがにお持ち帰りは許可できないけど、泊まりに来るのはいつでも大歓迎するよ」
「うぅっ……残念ですけど、諦めます。でも仕事が休みの日には、前日からお邪魔させてもらっていいですか?」
「こちらの予定もなるべく合わせるようにするから、遠慮なく来て欲しい」
「お母さん、リュウセイお兄ちゃんと遊ぶやくそくしてるの?」
「また泊まりに来ていいですかって、お願いしてたのよ」
「仕事が休みの前日に来て、いっぱい遊ぼうな」
「やったー! クリムちゃんもアズルちゃんも、またこれやろうね」
「今度こそ絶対つかまえるにゃー」
「すごく疲れますけどー、楽しみですにゃんー」
クリムとアズルの二人は、ベッドの上で体力を使い果たしていた。
今日は想定外のイベントが発生したけど、実にいい買い物ができて大満足の一日だった。
―――――・―――――・―――――
翌日、王都の大通りが騒然となった。
一般人女性を七人のメイドが取り囲み、隣を歩く執事の腕には子供が抱かれている。俺の頭の上にいるヴィオレもメイド服姿だが、周囲の目には人数としてカウントされていないはずだ。
「これはちょっと恥ずかしいですね」
「みんな見てるね、お母さん」
「この近所や商業区の人たちは、イコとライザのことをよく知ってるし、特に何か言われたりしないと思う」
「われやリュウセイはよく目立つ存在じゃし、知っとる者も多いから大丈夫なのじゃ」
俺と真白が流れ人だと王都でもそこそこ知れ渡っているから、異世界人が変なことをやっていると軽く受け流してくれることに期待しよう。
「将来自分の食堂が持てたら、制服はこれにしようね」
「ライムかんばんむすめ、がんばる」
「私もおてつだいするー」
「われは後百年くらいなら、今の姿で働けるのじゃ」
「スファレさん、羨ましい……」
スファレは八百歳近くまで二十代の容姿を保ってそうだから、ケーナさんの口からそんなつぶやきが漏れるのも仕方ない。俺としては古代エルフの血筋も、王家の血筋もどちらも凄いと思ってしまうが……
「この格好で外に出るのはちょっと抵抗がありましたけど、みんなが一緒だと案外大丈夫みたいです」
「ピピッ」
「私もお母さんといっしょに、はやく着てみたい」
「リコとケーナの分、なるべく早く完成させる」
「うふふ、また街の人をびっくりさせましょうね」
「楽しそうだな、ヴィオレ」
「水着で出歩くのはリュウセイ君に止められてしまったけど、こうして別の服で活動することなんて無いもの。あなたも執事服を作ってもらったら?」
「私はこの服でないと本来の力が出せんから、悪いが断らせてもらおう」
「普通の服、どうしてダメ?」
「私の力に耐えきれず、消えてしまうのだよ」
ヴィオレからそんな話は聞いたこと無いから、それだけ妖精王の力が強力ってことか。頭の上で使われて髪が全部消えるとか、ちょっと嫌だな。
「お兄ちゃんの頭の上で、そんな力を使わないでくださいね」
「私の魔法は人に害を及ぼす効果はないので大丈夫だ」
「それを聞いて安心したよ」
「服だけ消える、脱がし放題……」
ソラの再教育に、終わりはまだ見えなかった。
◇◆◇
リコとケーナさんをお店まで送り届けた後、ギルドに移動して中に入ると一斉に視線が突き刺さる。フロアや飲食スペースにいた冒険者だけでなく、受付嬢やその後ろにいる職員までもこちらを凝視していた。
「かっ…………」
「「「「「かわいいーっ!!!!!」」」」」
「今日はお揃いでどうしたの?」
「それリュウセイ君の家にいる使用人が着てる服と同じだよね」
「どこで売ってるの? 私も着てみたい!」
「リュウセイは執事に転職か?」
「なかなか様になってるじゃないか」
「ライムちゃん、かわいい、すごく似合ってるよ!」
受付フロアが一斉に湧き上がり、大勢の冒険者が押し寄せてきた。このままだと入り口を塞いでしまうので、飲食スペースの方に移動したが、女性たちの食いつきは特に凄い。
「これ私の手作り、時間かかるからみんなの無理、ごめんなさい」
「いいのいいの、気にしないで」
「やっぱり小人族って器用よねー」
「妖精の服まで作っちゃうなんて凄いわ」
「着心地も凄くいいのよ」
ヴィオレやライムがその場でクルクル周りながらメイド服を披露していたら、カウンターの方から一人の職員が近づいてきた。かなり喧しくしてしまったし、文句を言いに来たんだろうか。
「申し訳ありません、少しよろしいですか?」
「騒がしくしてしまって、すまない」
「いえ、ここで飲んだくれて暴れる人もいますから、これくらい全く問題ありません。それより、ギルド長がお呼びなので、少しお時間頂いてもよろしいでしょうか」
ギルド職員の話でサッと目を逸らした冒険者が数人いたが、思いっきり心当たりがありそうだ。国の首都にある冒険者ギルドだけあって、飲食スペースも地方と比べ物にならない。酒や軽食の種類も豊富だから、酒場代わりに使ってる人もいる。
どこのギルドに併設してる飲食スペースも同じで、早い時間に閉まってしまうのが唯一の欠点だ。夜まで盛り上がろうと思ったら酒場に行くしかなく、この辺りで棲み分けがちゃんとされているんだろう。
「……ギルド長が?」
「はい、ご相談したいことがあるとの事なので、執務室の方までお越しいただけないかと」
「とーさん、なんの用事かな」
ここのギルド長に会ったことはないが、一体何の相談なんだろう。一度シェイキアさんを通じて国の依頼は受けているけど、階位に上がっていない冒険者に相談事というのは想像ができない。
「私たちにしか出来ない依頼とかー?」
「精霊王さんたちの力を借りたいとかでしょうか」
『この大陸に住まう者の益になるようなことなら、協力は惜しまない』
『生きとし生けるものが安心して暮らせる事こそ、わたくし達の望みですわ』
『笑って過ごせるのがいっとーでーじだからな』
「私のできることは限られているが、大陸の安寧につながるなら力を貸そう」
四人の王が協力してくれるなら、大抵のことは何とかなりそうな気がする。
とにかくここで話しているだけでは前に進まないし、直接聞きに行ってみるしか無いな。
「みんな、ギルド長の話を聞きに行ってみるよ」
「頑張ってきてねー」
「あの親父なら変なことは言わねぇ、安心して行ってきな」
「また服の話聞かせてちょうだい」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ライムちゃん、行ってらっしゃい」
ギルド職員の案内で建物の奥に行くと、一番奥にある重厚な扉の前で立ち止まった。ギルド長は様々な経歴を持っているという噂がある人だ。元近衛兵だとか軍人だったなんて話も聞いたし、商売に失敗してギルド職員になったとか、服役囚だったなんて極端なものもある。
冒険者たちの信頼は厚いから大丈夫だと思うが、一体どんな人物が待ち構えているのか緊張しながら、扉が開かれるのを待つ。
「あっ、リュウセイ君、急に呼び出しちゃってごめんね」
そこで待っていたのは、ソファーに座るシェイキアさんだった――
兄の願望を的確に叶える妹様だった……




