第166話 迷い猫、見つかる
中央広場で十歳くらいの男の子が、迷子の猫を探していた。一生懸命絵を描いて通行人に呼びかけるほどだし、よほど大切な家族なんだろう。
一緒に買い物に出ていたクリムとアズルも捜索に協力すると行動を開始し、俺は通りにある店の店員から目撃情報を集めることにする。
そうして聞き込みをした結果、出勤途中にそれらしい動物を見たという証言を、いくつか得ることができた。教えてくれた人の話によれば、大通りに面した塀の上を東の方へ歩いている猫がいたらしい。
東といえば海のある方角で、付近には倉庫も立ち並んでいる。積み上げられた荷物の隙間に入り込まれたら見つけるのが大変だが、有力な手がかりなので港に向かってみることにしよう。
男の子には中央広場で聞き込みを続けてもらうことにして、二人が戻ってから港へ移動を開始した。
「変な所に入り込んでないといいんだけどねー」
「やっぱりお魚の匂いにつられたんでしょうか」
「私は生のお魚より、焼いた匂いのほうが好きだなー」
「私もパン粉を付けて揚げた匂いのほうが好きですけど、普通の猫はどうなんでしょう」
「あの子の家でも時々魚を食べさせてたみたいだけど、煮たり焼いたりしてるんじゃないか?」
朝市の開かれているチェトレでも魚を生で食べる習慣はなかったので、この世界にはそんな文化が存在しないんだと思う。野生の動物ならまだしも、飼われている猫ならなおさらだ。
「元の世界ではあるじさまも、お魚を生で食べてたんだよねー?」
「確か“おさしみ”という名前でしたね」
「醤油という名前のソースと、ワサビという香辛料で食べる刺身は最高だ」
「それ食べてみたかったよー」
「どちらもこの世界にないのが残念です」
猫や犬に塩辛いものを食べさせるのは厳禁だから、元の世界で二人が人と同じように刺身は食べることは出来なかった。今の姿ならそれが可能だけど、わさびの持つ独特な辛さを受け入れられるだろうか。アズルはまず無理だろうし、クリムも鼻に抜けるような辛味は苦手っぽい気がする。
しかし、こうして話をしていると醤油や味噌を食べたくなってくるな。さすがの真白も手作りは無理らしいのが残念だ。
「港が見えてきたな」
「わー、今日も船がいっぱいあるねー」
「誰か猫さんを見た人がいればいいんですが……」
ジョギング程度のスピードで港まで走り、近くにいた人に聞き込みをしてみる。そこで得られた目撃情報は、茶色い猫っぽい動物が何かを追いかけるように、王城へ向かっていったというものだ。さすがにお城の中にまで入られたら手に負えないが、近くにある公園へ行っているかもしれない。
「何を追いかけてたんだろー」
「小さな動物でしょうか」
「玉みたいなのが転がってたかもしれないねー」
「風でゴミが運ばれたりしてると、ついつい追いかけたくなりますから、その可能性も高そうです」
「クリムとアズルも目の前で何かが動いてたり、ユラユラ揺れてたりすると気になってしまうものか?」
「あっ、それ、ちょっとウズウズするー」
「何だかこう、掴んでしまいたくなるような、押さえつけたくなるような衝動が湧きます」
「エルフの里であるじさまが霊獣のブラッシングしてた時に、尻尾がブンブン揺れるの見て自分を抑えるのが大変だったよー」
「何度襲いかかろうと思ったかわかりません、あれは苦行でした」
元猫の本能なのか猫人族の特性なのかわからないが、猫じゃらしみたいなおもちゃを見つけたら、絶対に買おう。その時だけ語尾に“にゃー”とか“にゃん”を付けてもらうのも、いいかもしれない。
「あそこに、お城の衛兵さんがいるよー」
「猫のことを聞いてみようか」
「あのー、すいません」
「君たち、王城へ用事なのかな?」
王城の入り口は跳ね上げ式の橋がかかっていて、その両側に鎧を着た衛兵が二人立っている。甲冑のように物々しい全身鎧ではないが、槍を手に直立している姿からは何ともいえない迫力を感じてしまう。
「俺たちは迷子になった猫を探してるんだ、もしなにか知っていたら教えて欲しい」
「茶色の猫で耳が片方黒くなってて、背中にこんな感じの白い模様があるんだよー」
「どこかで見かけなかったでしょうか?」
手を繋いだクリムとアズルが、しっぽを器用に動かして衛兵たちの前にハートマークを作り出した。これなら形も伝えやすいし、何よりその姿がとても可愛い。探るような顔でこちらを見ていた男性の目尻を、一瞬で下げる破壊力がある。
「おう、それなら俺が見たぞ」
別の場所にいた衛兵がこちらに来て教えてくれた内容は、堀の巡回中に公園の方に入っていく茶色い動物を見たというものだ。背中の模様が目立っていたので、間違いないだろうと話してくれた。
「ありがとー、探してみるよー」
「ありがとうございました」
「見つかるといいな、頑張れよ!」
衛兵にお礼を言って近くにある公園へ移動を開始しながら、行きたかった場所を網羅してしまったと、二人が笑いながら話してくれる。目的もなくぶらつくよりも、かえって良かったかもしれないな。
後はこの広い公園で、どうやって一匹の子猫を探すかが問題だ。
「簡単に見つかりそうもなかったら、ソラに来てもらって魔法で探そうか」
「三倍強化なら猫の形もわかるし、最後の手段はそれだねー」
「早く飼い主の男の子を安心させてあげたいですし、まずは少しだけ私たちで探してみましょう」
公園に到着した俺たちは集合場所を決め、手分けをして捜索を開始した。
◇◆◇
茂みの中や日当たりの良さそうなベンチの上を中心に探しているけど、やはりそう簡単には見つからない。秋の季節に入った公園は少しづつ装いを変化させていて、涼しくなってきた風が鳴らす葉擦れの音だけが響く場所にいると、少し寂しく感じてしまう。
そんなことを思っていたら、少し離れた場所にある茂みが不自然に揺れた。もしかしてと思って近づくと、そこから出てきたのは真っ白の体をした猫だ。
「お前も迷子なのか?」
「みゃーん」
「そうだ、この近くで茶色の猫を見なかったか? 耳が片方黒くて、背中に白い模様があるんだ」
鳴き声で答えが返ってきた気がして、ついつい白い猫に質問をしてしまった。バニラやヴェルデ、それにネロがいるから、動物と話すことに疑問を感じなくなってきたのかもしれない。
「みゃみゃみゃーん」
「えっと、それはついて来いということか?」
「みゃん!」
先導するように俺の前に立ち、後ろを振り返って鳴き始めた白猫の様子を見ると、どこかに連れて行ってくれそうな感じがした。
そのまま茂みの中に入って木の密集した場所を進んでいくと、前方にポッカリと空いた空間があった。丸に近い形で開けた場所は日当たりもよく、中央に大きな石が置かれている。
そして、その上に茶色の体毛で耳が片方黒く、背中に白いハート模様のある猫が、気持ちよさそうに寝そべっていた。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
「みゃうん」
「今度、時間のある時に会えたら、お礼にブラッシングをさせてくれ」
「みゃっ!」
白猫はひと鳴きすると身を翻し、木の密集した場所に入ってすぐ見えなくなる。ずっと変わった形だと思っていたが、去り際に見ると尻尾が根本から二股に分かれていた……
「もしかして猫又だったのか?」
まさか日本にいたような妖怪とは違うだろう。眠たげにこちらを見つめる迷子猫をそっと抱き上げてみたが、体温もあるし重みも感じられるので、化かされたという訳でもないようだ。
ここは王城にあると言われている聖域にも近い場所だから、あの白猫がそこを守っている霊獣なのかもしれない。色といい人の言葉を理解できている様子といい、その可能性は高そうだな。また会えたら、約束どおりブラッシングをしよう。
◇◆◇
待ち合わせ場所で二人と合流し、中央広場まで急いで戻って迷子猫を引き渡した。男の子は涙を流して何度もお礼を言いながら帰っていき、そのままリコとケーナさんの仕事上がりを待って家まで戻る。
「みんなただいま」
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「お邪魔します」
「あそびに来たよー」
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」」」」」
玄関の扉を開けて中に入ると、家に残っていたメンバーがメイド服姿で横一列に並び、頭を下げながら出迎えてくれるという、とんでもない光景が待ち構えていた。
イコとライザの着ているものより黒に近い色の生地だが、ボリュームのある肩の部分やフリルの付いたエプロン、それにカチューシャまで完璧に再現している。凄いなソラ、これで一生食べていけるんじゃないか?
「うわー、それかわいいー、イコちゃんとライザちゃんの服と、おんなじだー」
「やっと完成した、超頑張った」
「改めて見ると、完璧な再現度で驚きを隠せないのです」
「何度もスカートをめくられた甲斐があるですよ」
ソラにはもう一度、自重を再教育だな。
「私の分もできてるのー?」
「私もこれを着て、ご主人さまにご奉仕したいです」
「二階に置いてある、袖通してみて」
「あっ、お兄ちゃんの執事服も、二階の一人部屋に置いてあるからね」
何度か寸法合わせに付き合ったが、そっちも完成していたのか。ソラがそこまで頑張ってくれたのなら、俺も着ないわけにはいかないだろう。
◇◆◇
二階の一人部屋に用意されていたのは、後ろの裾が長めになった燕尾服のような上着とズボン、それにベストの三点だ。上着とズボンは真っ黒の布を使い、ベストは灰色の布で作られている。
実はメイド服も含めてソラが使っている布は、魔物の爪や牙を通しにくいインナーに使われているのと同じ素材だ。シャツやネクタイこそ既製品だが、上着とベストを身に付けてズボンを履けば、いつもダンジョンに行くときと同等の防御力が望める。
それなりに値の張る布ではあるが、これだけいい仕事をしてくれれば文句は全く無い。
「みんな、着てきたぞ」
「ふぉぉぉぉー、お兄ちゃん! そのまま“お帰りなさいませ、お嬢様”って言って!!」
「お帰りなさいませ、真白お嬢様。
……これでいいか?」
「うっ……!」
ソラのように興奮しだした真白のリクエストに答えると、鼻を押さえながらうずくまってしまった。鼻血とか出てないだろうな、せっかくの服を汚してしまったら大変だぞ。
「リュウセイお兄ちゃん、すごくかっこいい!」
「ありがとうございます、リコお嬢様」
「ふわぁぁぁぁー、それ、お母さんにもやってあげて!」
大喜びするリコの姿は可愛いが、こうやって芝居がかった演技をすると丁寧語がすんなり出てくることに、俺は少し戸惑っている。自分でも知らなかった一面に驚きを感じながら、もうちょっと芝居を続けてみようとケーナさんの前に立つ。
「ケーナお嬢様、どうぞこちらへ」
「……リュ、リュウセイさん、それ危険すぎます!
私、いけない道に進んでしまいそうです」
白い布は持っていないが、アニメや漫画を思い浮かべながら左手を胸に添えて挨拶してみると、ケーナさんは顔を真っ赤にしてオロオロしだした。なんか執事服の効果はすごいぞ。
「あるじさまー、着てきたよ」
「ご主人さま、どうでしょうか」
「二人ともすごくよく似合ってるな。しっぽを出すところもうまく加工していて、さすがソラの作った服だけはある」
「みんなすっごく似合ってるよ、わたしもそれでお店やってみたい」
「リコの分、普通の布で作ってあげる、後で採寸させて」
「ホント!? ソラちゃん!」
「ケーナもどうじゃ、リコとお揃いで店に立ってみるのも良いかもしれんのじゃ」
「皆さんみたいに若くないですから、こんな服はきっと似合わないです」
「そんなことないと思いますよ」
「ピピッ!」
まだ大学生と言われても通じるようなケーナさんなら、メイド服を着ても全くおかしくない。むしろ無茶苦茶似合うんじゃないだろうか……
「コールの言う通りケーナさんなら似合うと思う、俺もリコとお揃いで着ているところを見てみたいよ」
「えっと、あの……リュ、リュウセイさんが、そう言われるんでしたら」
「任せて、頑張って作る、これで思う存分採寸できる」
ソラの本音がポロリと漏れている、再教育は必須のようだ。
メイド服がとうとう完成しました!(笑)
◇◆◇
衛兵とのやり取りで、クリムとアズルがハートマークを作るシーン、元々あそこは簡単な会話であっさり終わってました。ところが、はるきK(@halki_kanzaki)さんに、165話のファンアートを描いていただきまして、ビビビッと今回のシーンが舞い降りてきたのです!
しっぽでハートマークを作るアイデアの使用許可もいただきましたので、今回の話をより良いものに仕上げることが出来ました。
この場を借りて、御礼申し上げます。
https://twitter.com/halki_kanzaki/status/1223276082205380608
(当該ツイート)




