第165話 迷い猫、探す
今日は我が家の休養日に当てている日で、みながそれぞれ思い思いに過ごしている。俺は靴を買いに行きたいというクリムとアズルに付き合って、一緒に街へ出ることにした。
赤の精霊王エレギーに祝福をもらって主従契約が強化されて以降、クリムとアズルの二人は今まで以上に体を動かすようになった。
色彩強化が三倍になり、進化したヴェルデの補助魔法を受けたコールが凄まじいパワーアップを果たしたことで、クリムとアズルにも張り合いがでたらしく、猫人族の持つ速度や身軽さで対抗すると意気込んでいる。その動きを支えるため必要になる、軽くて丈夫な靴を探すのが今回の目的だ。
「そういえば、こうやって三人で買い物に行くのって初めてだねー」
「そうだったか?」
「皆さんと一緒の時に少しだけ三人で行動することはありますけど、こうして出かけるのは初めてです」
「それなら折角の機会だし、買い物が終わった後に散歩がてら、あちこち回ってみるか」
「やったー、あるじさま大好きー」
「嬉しいです、ご主人さま」
左右に分かれて俺の手を握っていた二人が、そのままギュッと腕に抱きついてくる。腕がほんのりとまろやかなものに包まれ、背中には二人のしっぽが巻き付くように添えられた。
ふと今までのことを思い出してみると、ライムとは出会った頃ずっと二人きりだったし、真白とはチェトレの朝市に二人で行っている。
ソラは年越しのお泊り会をやった時、二人だけの買い物を楽しんだ。ヴィオレはチェトレの街で一緒に依頼をして、悪魔の呪いを患ったラチエットさんと出会った。
コールとは王都に来てから公園で二人の時間を過ごせたし、スファレとはシェイキアさんの家を訪問した時に街を歩いている。
クリムとアズルに出会った村で他のみんなと別行動をしたが、あの時は壊された柵の修理で村人と一緒だったから、言われてみればこうして三人でのんびり歩くのは初めてだ。
イコとライザも三人で出かけたことはないし、もっとこんな時間は作ったほうが良いかもしれないな。
「みんなと一緒に出かけるのも楽しいけど、こうして特定の誰かと歩くのは密度の高い時間が過ごせていいな」
「あるじさまを独占できるみたいで嬉しいよー」
「今は私とクリムちゃんだけのご主人さまです」
「クリムとアズルはこうやって俺と出かけるときは、やっぱり二人一緒のほうがいいか?」
「逆にアズルちゃんと一緒じゃないと嫌かなー」
「クリムちゃんは今なにをしてるんだろうとか、隣りにいたらこんなこと話したのにとか考えてしまうと、どうしても楽しめないので、誘ってもらえる時は二人同時がいいです」
「なるほど、やっぱり二人は仲がいいな」
「これだけは、あるじさまとマシロちゃんにも負けないよー」
「生まれた時も、転生した時も、心に決めた人も、二人は一緒ですから」
そう言って、花の咲くような笑顔をみせてくれる二人は、本当に可愛い。天真爛漫で人懐っこいクリムと、笑顔を絶やさず誠実な対応をしてくれるアズルは、冒険者や街の住人からも気に入られている。
こちらに気づいた人にクリムは元気に手を振り、アズルは微笑みながら会釈をして応えているので、こうして異種族の異性が仲良くしていても、変な目を向けてくる人はほとんどいない。
「二人はどこか行きたいところはあるか?」
「船が見てみたいなかなー」
「私は公園に行ってみたいです」
「なら両方行ってみるか」
しっぽをピンと伸ばして更に密着してきた二人を連れて、目的のお店へと歩いていった。
◇◆◇
商業区を南北に貫く大通りから伸びる枝道を少し入った場所に、小さくて落ち着いた佇まいのお店がある。扉を開けて中に入ると、小柄な店員さんが元気に迎えてくれた。
「いらっしゃいませー
……あっ、リュウセイお兄ちゃん、それにクリムちゃんとアズルちゃんも!」
「こんにちは、リコ」
「今日は買い物に来たよー」
「靴を見せてもらってもいいですか?」
「いらっしゃいませ、リュウセイさん、クリムさん、アズルさん」
店の奥から出てきたケーナさんが、嬉しそうな笑顔を浮かべてカウンター越しに挨拶してくれる。
ここは女性向けの服飾雑貨を取り扱っていて、丈夫で実用的な靴やカバンなどが揃えられた、働く人に重宝されている専門店だ。男性客が訪れることの少ないお店に決まったのは、本人の希望と俺が感じていた懸念を考慮してくれた結果だろう。
「今日はどんなくつをおさがしですか?」
「今日は軽くて丈夫な靴を探しに来たんだ」
「それなら、こっちのたなにあります」
「リコちゃん、すっかり店員さんが板についたねー」
「とても優秀な店員さんです」
「えへへ~、ありがとう、クリムちゃん、アズルちゃん。
大きさがあわなかったら、お母さんにいってね。お店のおくから出してもらえるから」
その優秀な店員さんが俺に向かって手を伸ばしてきたので、抱っこしながら頭を撫でる。仕事中にこんな事をするのは良くないかもしれないが、他にお客さんもいないしケーナさんも嬉しそうなので大丈夫だろう。
棚においてある靴を手に取って重さや柔軟性を確認し始めたクリムとアズルから離れ、俺はリコを抱き上げたままカウンターの近くへ移動する。
「今日はお休みの日なんですね」
「何度かダンジョンに潜って新しい力を確かめられたから、今日は休みにしたんだ」
「あまり危険な冒険はしないでくださいね」
「怪我のないようにだけは気をつけてるよ」
「けがしたらマシロちゃんが大変だし、ライムちゃんも悲しむもんね」
「それに、リコやケーナさんにも怒られてしまうからな」
そう言ってリコの頭を撫でると、俺の頬に顔を擦り付けて甘えてくれる。このお店に来る人たちにもリコの接客は好評らしく、新規の顧客も獲得できていると聞いた。まぁ、この明るさと可愛さがあれば、女性客といえどもイチコロだろう。
「今日は真白が凝った料理に挑戦してるから、仕事が終わったら家に来て欲しい」
「やったー、今日はイコちゃんとライザちゃんといっしょに、おふろ入る」
「すいません、いつまでもお世話になりっぱなしで」
「二人が来てくれるとみんな喜ぶし、俺も嬉しいから気にしないでくれ」
「あっ……あの、ありがとうございます」
ケーナさんの頬が少し上気してしまったが、来てくれて嬉しいのは本音だ。まだ新しい生活を始めたばかりで、色々足りないものや不便なこともあるだろうから、今夜はゆっくりと話しを聞かせてもらおう。
◇◆◇
新しい靴に履き替えてお店を出たクリムとアズルは、ぴょんぴょん跳ねたり軽くスキップしながら歩いている。
「履き心地はどうだ?」
「これ軽くてすごくいいよー」
「足も曲げやすいですし、今までの靴よりしっかり地面をとらえてる感じがします」
「思いっきり走ってみたいねー」
「公園に行ったら競争してみましょうね、クリムちゃん」
「最近、速さでアズルちゃんに勝てなくなってきたけど、この靴だったら負けないよー」
身体能力はほぼ互角の二人だが、わずかに差が出るのが力と俊敏だ。クリムの方は力任せに体を動かすのが得意で、アズルの方は素早く動かすのが得意という違いがある。二人が精霊王の祝福を受けてから、これまで以上に差が出てきており、それぞれの得意だった部分が大きく伸び始めた兆候じゃないかと思っている。
「あるじさまー、次はどこ行くのー?」
「真白に買い物を頼まれてるから、中央広場の手前にある店に行って、それから港に向かおう」
「今夜はリコさんとケーナさんが泊まりに来ますから、お二人の好きなものも買っておきましょう」
「食後に食べられる甘いものも買って帰ろうか」
クリムとアズルから候補がいくつか提案され、どれにしようか相談しながらお店のドアをくぐった。うちは家族みんな甘いもの好きなので、喜んでくれるだろう。
そのうちの一つを買った後に中央広場に近づくと、塔の前がちょっとした人だかりになっていた。何かのパフォーマンスをやっているのかと思っていたら、中から聞こえる声は子供のものだ。
「誰かこの子を見てませんかー、朝起きたら居なくなってたんですー」
「誰か探してるのかなー」
「迷子になっちゃったんでしょうか」
「探すのを手伝おうか」
「うん、そうしよー」
「詳しく聞いてみましょう」
人だかりをかき分けて前の方に行くと、十歳くらいの男の子が手にした紙を見せながら、通行人に声をかけていた。そこには猫らしき動物が絵の具で描かれていて、色や模様の特徴が但し書きしてある。
それによると茶色の体毛で片方の耳だけ黒く、背中にはハートっぽい形の白い模様があるみたいだ。この世界でペットを飼っている人は少ないし、野良犬や野良猫の姿を見たことがない。これだけの外見的特徴があれば、目撃情報は集まりやすい気がする。
「その子の大きさを教えてもらってもいいか?」
「えっと、これくらいです」
「その子って男の子、それとも女の子ー?」
「三歳のメスです」
「好きな場所とか良く行くところとか、教えてもらえますか?」
「暖かいところや狭い場所が好きでした」
三人で男の子の近くに座り込み、体の大きさや好みの場所など聞いていく。性別を聞く必要はあるのかと少し疑問に思ったが、元猫だったクリムのことだ、なにか考えがあるのかもしれない。あるんだよな?
「日当たりのいい場所や、高いところ探してみるー」
「私は狭い場所や路地の方を探してみます」
「俺はこの辺りにある店の人に、猫を見てないか聞いてみるよ」
「ありがとう、お兄さん、お姉さん」
「それじゃぁ、あるじさま、行ってくるねー」
「行ってきます、ご主人さま」
「二人とも気をつけてな」
クリムは小さな足場をジャンプしながら駆け上がり、塀の上に登るとそのまま走っていった。アズルは家と家の隙間を縫うように移動して、視界から消えてしまう。新しい靴の相性がいいのか、その動きは本物の猫のようだ。
「お姉さんたち凄い、僕の家の猫より素早いかも」
「二人は猫人族だし、体を動かすのが大好きだからな」
「あっ、あの、お兄さんもよろしくお願いします」
「またここに戻ってくるから、新しい情報が手に入ったら教えてくれ」
俺は子供の頭を撫でて、通りに面した店のドアをくぐって中に入る。こうやって絵に描いてまで探そうとしてるんだから、彼にとって大切な家族なんだろう。全力で探す手伝いをしよう。
個別デート回はもっと増やしたい(使命感




