第163話 ケーナの決意
「第161話 神樹祭の奇跡」のファンアートを描いていただけました。
詳しくは活動報告に記載していますので、是非ご覧ください。
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最後の部分でケーナ視点に変わります。
全員のお風呂がすんだ後に大部屋へ移動して、ベッドの上でゆったりした時間を過ごしている。いつものライムやソラと同じように、今日はあぐらをかいた足にリコを乗せ、アズルのしっぽをブラッシング中だ。
「アズルちゃん、きもちいい?」
「初めてとは思えないくらいー、リコさんのブラッシングはお上手ですー」
「あとでお耳もさわらせてね」
「膝枕といっしょにー、お願いしますねー」
「アズルの顔がとろけきっておるのじゃ」
「リコの技術、侮れない」
アズルの液状化具合から判断しても、リコのテクニックが相当なレベルに達しているとわかる。この家のブラッシングマイスターが、また一人増えたな。
「アズルちゃんは気持ちのいいときに、お耳のさきがピクってなるんだよ」
「それは俺も知らなかったな」
「双子の私も知らなかった新事実だよー」
「リコおねーちゃん、すごいね」
今も膝枕したライムが頭を撫でているから、その影響で動いてるのか気持ちよくて動いてるのか、俺には判断できない。リコはそれを見極められるというのか……
「マシロさんがリュウセイさんの表情を見分けられるのと、同じなんでしょうか」
「私はお兄ちゃんのことを生まれてからずっと見てたからわかるんだけど、リコちゃんはこんな短期間に見極められるようになったんだから、もっと凄いよ」
「これはリコちゃんの才能ね」
「リコちゃんは昔から、細かいことによく気がつくんです。私が困ってたりすると、すぐ助けてくれるんですよ」
「お母さんすごくきれいだから、すぐへんな男の人がよってくるの。そんなとき、お母さんの声がちょっとだけ変わるから、すぐわかるんだ。それにあまり喋らなくなっちゃうから、わたしがあっち行けーって言うんだよ」
これだけ綺麗な人が未亡人とわかったら、声をかける人も多かったんだろう。真摯な気持ちで力になってあげたいと思う人もいたと思うが、下心を隠せない人も大勢近寄ってきそうだ。
そんな人たちから母親を守ろうとしていたリコの頭を、よくやったなと褒めるようにポンポンと軽くタッチする。
「俺も男だけど、ケーナさんの近くにいてもいいのか?」
「リュウセイお兄ちゃんはだいじょうぶ! いっしょにいてもお母さん悲しそうな顔しないし、わたしもリュウセイお兄ちゃんが近くにいると、気持ちがほわーってなるから」
『儂らが感じておるのも、リコと同じなのかもしれんな』
『ほわーっとは、言い得て妙ですわね』
『ぬるいお湯みてぇだが、嫌いじゃねぇぜ』
「ピピーッ」
「キュィーン」
「この居心地の良さは“ほわーっ”で決定だな」
リコのおかげで、今まで言語化出来なかったものに名前がついた。それにしても“ほわーっ”か、結構お硬い感じのエコォウの口からその言葉が出ると、吹き出しそうになってしまう。
「いい名前だと思うのです」
「ちょっと可愛い感じで素敵だと思うですよ」
「とーさん、良かったね」
「リコのおかげだな」
「リュウセイお兄ちゃんがよろこんでくれたら、わたしもうれしい」
アズルのブラッシングを続けているリコの頭を撫でると、嬉しそうにこちらを見上げて微笑んでくれる。その表情は、この先もずっと守っていきたいと思わせる、素敵な笑顔だった……
それはさておき、そろそろクリムに交代しないと、アズルが動作不能に陥ってしまう。口が半開きだし、目もちょっと虚ろで危険な兆候が現れているからだ。
◇◆◇
受け答えもままならなくなったアズルは、結構ギリギリの状態だった。あと一歩遅ければ、新しい扉を開いていたかもしれない。
そんなアズルをソラの膝に預け、クリムとバニラのブラッシングも終わらせた。俺の膝にはコールが座り、リコはクリムを膝枕してねこみみをモフっている。
「このお耳って、ふしぎだね。くすぐったくない?」
「すごく気持ちいいし、リコちゃんの膝枕落ち着くよー」
「私は危うくー、溶かされてしまうところでしたー」
「ちょっとやりすぎちゃった、ごめんねアズルちゃん」
「いいんですよー、リコさん。これは私の一番贅沢な時間ですからー、いっぱい増えると幸せですー」
クリムとアズルはリコのブラッシングと膝枕に、すっかりメロメロだ。ソラやライムのテクニックも相当のものだし、今度ベルさんが泊まりに来たら、大きくなったネロに四人がかりでブラッシングしてみよう。
「はふぅぅー、今日は人前で品のないことをしてしまって、ごめんなさい」
「結果的にあれでみんな諦めてくれたんだし、頼りにされるのは嬉しいから気にしないでくれ」
「コール、何やったの?」
「コールさんはエルフの男の人に人気だったんだよ」
「コールちゃん、かわいいもんね」
「はふーーー、リコさんにそんなこと言われると照れてしまいます」
抱っこしながら頭やツノを撫でていたコールは、頬を染めながらクネクネと身悶えし始める。動き方がちょっと色っぽい。
「リュウセイに守ってやると言われたコールが、感極まって抱きついたのじゃ」
「はぅー、いま思い出しても恥ずかしいです」
「コール様も普段から慣れておくといいと思うのです」
「旦那様なら、そうやっていつでも受け入れてくれると思うですよ」
あの時のことを思い出したコールは更に真っ赤になった顔を隠すために、体をずらすと胸にしがみついてきた。今日二度目のそれは、まろやかさに比例した試練を俺の理性に課してくる。覚える素数の桁数を、もっと増やしておけばよかった……
「わたしもコールちゃんに、そうやって抱きついてみたい」
「あの、えっと……構いませんよ」
「ホント!? おひざの上にも座らせてね!」
リコは全員に抱きついてみるつもりのようだ。
そういえば、抱きつかれることは多いけど、その逆は今までなかった。身長差があるから仕方ないし、俺から抱きつくのは何となくセクハラっぽい。
「私はいつでも大丈夫だから、やりたくなったら遠慮なく実行してね、お兄ちゃん」
……また真白に俺の考えを読まれてしまっていた。
◇◆◇
「マシロちゃんの抱っこも、きもちよくて好き」
「いつでも抱っこしてあげるからね、リコちゃん」
「いっぱい抱っこしてくれる人がふえて、すっごくうれしい」
リコはみんなに抱きついたり膝乗りしながら、その都度嬉しそうに感想を話してくれる。今は一番最後になった真白に抱きついたあと、膝の上に乗せてもらっているが、“気持ちいい”という感想はコールと二人だけだった。
俺とケーナさんが“大きい”で、クリムとアズルが“楽しい”、イコとライザは“優しい”と評価されている。ソラとスファレは“温かい”だったし、ライムは“妹に抱っこしてもらってるみたいで嬉しい”と言ってくれた。
「私は小さくて抱っこしてあげられないのが残念だわ」
「ヴィオレちゃんは、わたしが抱っこしてあげるね」
「あらあら、それは嬉しいわね」
「精霊さんたちも抱っこしてあげるから、こっちに来て」
『どれ、一つ頼んでみるとするか』
『ちょっと楽しみですわね』
『よろしく頼まぁ』
「これは私も行かねばならんようだな」
両手を広げてウエルカムの姿勢をとったリコに、精霊王たちとヴィオレやエコォウが飛んでいった。両手でそっと五人を抱きしめたリコは、楽しそうに話をしている。
「リコおねーちゃんも……みんなと仲良くなるの、じょうず…だね」
「そんなところはライムとそっくりだな」
「セミの街には他の種族の方ってあまりいませんから、リコちゃんがこんなに仲良くできるなんて知りませんでした」
「姿や形にとらわれず本質を見極められるのは、リコが生まれ持って備えた才能なのじゃ」
「だからケーナさんが困ったり嫌がったりしてる時、リコさんはすぐわかってしまうんですね」
「コールの言う通り、リコそんな気持ち見る眼、持ってる」
「そんなところもライムとそっくりだ」
「……リコおねーちゃんと…いっしょ……ライムうれしい」
俺の膝の上でツノや逆鱗を撫でられていたライムは、次第にウトウトしだした。今日はエルフの里で目一杯遊んだし、よく眠れるだろう。
ライムが寝落ちしたのを合図にみんなで布団に入ったが、当然のようにリコはケーナさんと一緒に俺の隣に横たわった。少しだけ困った笑顔を浮かべるケーナさんも、娘のお願いには了承する選択肢しか残っていなかったようだ。
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夜中にふと目を覚ますと、隣でスヤスヤと眠っている娘の姿が目に入る。二人で眠る時は私にしがみついてくる娘は、隣で穏やかな寝息を立てている男性の服を掴みながら、腕枕をしてもらっていた。
その男性の布団は少し盛り上がり、彼の娘が抱きつくようにして眠っていて、すごく微笑ましい。
エルフの里で執り行われた神樹祭に使っていた明かりが部屋をほんのりと染め、隣りにいる娘とリュウセイさんの顔もはっきり見える。
「よく眠ってる……」
娘の意識が目覚めて迎える最初の夜は少し怖かった、それで夜中に目を覚ましてしまったんだろう。でも、顔に笑みを浮かべながら眠る姿を確認できたことで、吐息のようなつぶやきが漏れてしまった。
娘は明るく物怖じしない子だけど、好き嫌いはハッキリしている。特に夫が亡くなったからと近づいてくる男性は、露骨に嫌って追い返すほど警戒していた。
悪魔の呪いに侵される直前の娘って、男性不信に近い状態だったと思う。
「不思議な人……」
ずっと夢を見ていたと言っていたが、そんな状態で求めてしまうリュウセイさんに、娘はとても良く懐いている。それは、二人が親子だと言われても納得してしまえるほど……
そこまで考えてハッとすると同時に、夫に対して申し訳ない気持ちになる。
でも娘はリュウセイさんのことを兄と呼んでるから、この人も私の子供になるんだろうか?
だとしたら私が七歳の時の子供になってしまう。
それは娘が来年、子供を生むようなものだ。
ダメダメ、それだけは絶対ダメ。
いくらリュウセイさんのことが好きでも、娘はまだ子供を産める体じゃない。
「ふっ……ふふふ……」
自分の考えが変な方向に進みだして、思わず笑いが漏れてしまった。もし誰かに聞かれていたら、布団の中で一人笑いをする変な女と思われてしまうだろう。
そして私は気づいた。
夫が死んだあと、こうして心の底から笑いがこみ上げてきたのは、初めてだったと……
◇◆◇
ここでずっと暮らしたいとお願いしたら、きっとこの人たちは歓迎してくれると思う。それにリュウセイさんは、それ以上のことでも受け入れてくれる気がする。
でもそれだと後ろめたい気持ちが残ってしまうから、絶対にダメだ。
もうこの人たちと離れて暮らすことは考えられないけど、胸を張って一緒に歩ける存在になりたい。
これから自分の目指す生き方を貫けるように、娘を腕枕してくれている大きな手をそっと握って、勇気を分けてもらう。
そうしていると、いつの間にかぐっすり眠っていた。
その日は、亡くなった夫が微笑みながら応援してくれた、そんな夢を見た気がする――
夫が他界してから三年、娘が病気になって数ヶ月、一人で家庭を支え続けてきただけあり、ケーナはとても芯の強い女性です。
まず自分の立ち位置をしっかり決めて、これからのことを考えようという決意は、ある意味当然と言えるかもしれません。
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これでこの章が終了になります。
次章は満を持してアレの登場です、お楽しみに!




