第161話 神樹祭の奇跡
霊木のある場所まで来ると、すでに大勢の人たちが集まっていた。ライムや子供の姿も見え、こちらに気づくと手を振りながら駆け寄ってくる。
「とーさーん!」
「楽しかったか? ライム」
「うん、みんなにいっぱい遊んでもらったよ!」
リコをケーナさんに預けてライムを抱き上げると、少し興奮気味に色々な話をしてくれた。子供の数はあまり多くないので、全員と友だちになれたみたいだ。探検と称して色々な場所に連れて行ってもらい、エルフの里に関しては俺より詳しくなっている。
長寿種なので子供に見えていても、実は俺より年上がいるかも知れないと思っていたが杞憂だった。十歳くらいまでは普通の種族と同じ速度で成長するらしい。古代エルフの身長は低いため、ライムと同じ背丈でも七~八歳くらいのようだ。
近くに寄り添ってきた真白と一緒にライムの話を聞いていると、霊木の影から白狼が現れて俺の足元で伏せのポーズを取る。これはブラッシングをして欲しいサインなので、後からやってあげよう。
「こんばんは、お前も一緒に見るか?」
「ワゥッ!」
「へー、この子がここの霊獣なんだ」
シェイキアさんが近づいてきて白狼に手をのばすが、それをスッと避けて俺の後ろに回り込んできた。ここの霊獣はかなり気難しいようで、いまだに俺しか触らせてもらえない。ブラッシングの最中でも、誰かが触ると逃げ出すような子だ。
「くっ……この子も小さいネロちゃんと同じなのね」
「なーぅ」
「われも触らせてくれぬからな、気を許しとるのはリュウセイだけなのじゃ」
「ライムも触れなかったんだよ」
ちょっと残念そうなライムの頭を撫でていたら、肩から飛び降りたバニラが白狼の前に行って、お互いの顔をじっと見つめる。体はバニラのほうが遥かに小さいが、何となく存在感は白狼より大きい。
「キュィー」
「ワゥ」
「キュキューキュイ」
「ワゥン、ワゥワゥ」
「かーさん、バニラちゃんとなに話してるのかな?」
「二人で霊木の近くに行っちゃったね」
二人はお互いに会話をするような鳴き方をして、揃って霊木の近くへ歩いていく。霊獣としてはバニラの方が先輩だろうし、何かのアドバイスでもしたんだろうか。
「みんな、そろそろ始まるわよ」
「ここに集まった者たちに、妖精王エコォウ、赤の精霊王エレギー、緑の精霊王バンジオ、青の精霊王モジュレから一時の夢を授けよう、存分に楽しんでくれ」
霊木から妖精王が近くまで降りてきて、集まった人たちに開幕の挨拶をしてくれた。
『皆の者、姿を表すがいい』
魔法を乗せたエコォウの声が辺りに響くと、霊木や近くの木から小さな影が飛び出してくる。ヴィオレと同じ蝶のような羽を持った者、トンボのように細長い羽が二対ついた者、蝉のように大きな羽が一対の者、それは様々な種類の妖精たちだ。
淡い燐光を振りまきながら空中を縦横無尽に飛び回り、時々近くに来て手を振ったり微笑んだりしてくれる。
「妖精がこんなに集まってるなんて凄いのです」
「エコォウ様が森にいる妖精たちを集めたですよ」
「私も近くにいた花の妖精に声をかけているのよ」
集まった人たちは妖精の姿に驚きながら見入っているが、演出はそれだけでは終わらなかった。
里の上空に三方向から赤と緑と青の光を持った膜が伸びてきて、それが重なると淡く光る白いドームに変わる。すると里のあちこちに赤や青や緑に光る、ゴルフボールくらいの小さな球体が一斉に出現した。
明るくなったり少し暗くなったりしながら空中を飛び回り、フワフワ漂うように浮かぶ者がいたり、人の間をすり抜けるように移動している者もいる。近くに来た光に手を差し伸べてみたが、触っても熱や感触は得られない。
「こっ、これは精霊なのじゃ」
「スファレが見えてるの、これ?」
「そうなのじゃ、ソラたちにも見えておるんじゃな?」
「うん、見える」
「小さくて可愛いねー」
「スファレさんの近くに、大勢集まってます」
「ヴェルデの近くにも来てくれたね」
「ピピーッ」
精霊の可視化が、三人がかりの大規模魔法で実現したのか。精霊の気配を感じられるエルフの驚きは俺たち以上で、手を伸ばして触ったり撫でたりしている姿も見える。
精霊との親和性が強かったスファレにしか見られなかったものが、こうして誰の目にも映るようになるというのは、驚きと感動以外の表現が出てこない。
「キューーーーーイ!」
「ワォォォーーーン!」
今度は霊木の近くに行ったバニラと白狼が鳴き声をあげると、また周囲に変化が起きた。霊木の葉が一斉に光りだし、そこからこぼれ落ちた光の粒が、雪のように地上へ降り注いでいく。
「すごいよ、とーさん、かーさん」
「これバニラちゃんの聖域で見たのと良く似てるね」
「バニラと白狼が協力して霊木を活性化してくれたんだな」
「こんなの凄すぎるわね、現実じゃないみたいよ」
「本当ね、お母様……まるで夢の中にいるみたい」
「なぁぁぁーう」
大勢の妖精が飛び回り、精霊たちが誰にでも見られるようになって、霊木が光のシャワーを振りまいてくれる。自分の足でその場に立ち、肌で感じられるこの眺めは、どれだけ技術が発展しても実現できないだろう。そんな夢のような光景だ。
「……きれいだね」
「えぇ、本当にそう……
えっ? ……リコちゃん!?」
「あのねお母さん、私ずっとゆめを見てたの」
「リコちゃん……リコちゃん……あぁっ、リコちゃん!」
「すごくおっきなお家にひっこして、まるい広場でとってもすごいことやってる人に会ったり、まちにあった湖よりおっきなところで泳いだり、高いところからザーってながれる水もみたんだよ」
「うん……うん、そうよ……、全部楽しかったでしょ」
「それからね、やさしくておっきなお兄ちゃんや、かわいいツノの生えてる子や、お耳やしっぽのあるお姉ちゃんや、お耳のながい人たちと家族になったの」
この光景が大きな刺激になって、リコの心が目を覚ました。ケーナさんの両目からは涙がポロポロと流れ、近くで見ていた真白やコールも貰い泣きしている。
「リコ、おはよう」
「おはよう、リコおねーちゃん!」
「あっ、おっきなお兄ちゃん、ライムちゃん!!」
リコの事情を知っていたエルフの人たちにも意識が戻ったことが伝わると、霊木の周りが一斉に湧き上がった。妖精たちが祝福するように近くに集まり、精霊たちもリコの肩や頭に降り立っている。
これは神樹祭が起こした奇跡だ。
◇◆◇
精霊たちを可視化する魔法も消え、妖精たちも森へ帰っていった。催事用の広場に戻った人たちは、残った料理を食べながら、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをやっている。
俺たちも酒を勧められたが、真白やコールが酔った時に大変な目に遭っているし、ベルさんやケーナさんもお酒は飲まないようなので、遠慮しておいた。いきなりこんな場所で服を脱ぎだしたら、重大事案が発生してしまう。
神樹祭はいつも盛り上がるらしいが、今年は食べるものも豊富に揃えられたし、奇跡と呼べることまで起きている。顔を真っ赤にしながら肩を組んで歌ったり、楽器を持ち出して演奏している人が出てくるのは仕方ないだろう。
「今日は本当にありがとう、この祭りに招待してくれたアウロスさんのおかげだ」
「本当にありがとうございました、なんとお礼を申せばいいのか……」
「ありがとう、エルフのおじちゃん」
「ワシらの方こそ感謝している、今年の神樹祭がこれほど盛大に執り行えたのは、リュウセイたちのおかげだ。今回のことは“神樹祭の奇跡”として、エルフの歴史に刻むことにする」
「頂いたものはこちらの方が多いのだから、ケーナさんもあまり気にしないでね。子供が元気になる手助けになったのは、私たち全員の喜びよ」
「はい、ありがとうございます、ナーイさん」
代々この地を守ってきたエルフ族は王国より歴史があり、他の種族でだと失われてしまった情報も残っている。その一ページに刻まれるというのは、とても名誉なことだ。
「そろそろ戻ることにするのじゃ」
「スファレ、それからシェイキアも、時々顔を見せに来い」
「リュウセイさん、シェイキアのこと、よろしくお願いね」
「またみんなで来るから、今度はゆっくり話を聞かせて欲しい」
「シェイキアの武勇伝をリュウセイさんにも聞かせてあげるから、楽しみにしてて」
「お母さんお願いだからやめて、リュウセイ君に知られたら嫌われちゃうよ」
「シェイキアはこの里で色々やらかしておるからな、何ならわれが語ってやっても良いのじゃ」
「わー、スファレちゃんやめてー、私の生命力と精神力が粉々に砕けるからっ!」
一体何をやらかしたんだ、シェイキアさんは……
シェイキアさんの母親も、まだ二十代の容姿を保っている、とてもきれいな人だった。娘にもその血がしっかり受け継がれているから、エルフの里で人気が高いんだろう。
「アウロスおじちゃん、また来るね」
「今度はお菓子も用意しておくから、気兼ねなく遊びに来なさい」
「父上もライムには敵わんようじゃな」
「私とお兄ちゃんの娘だからね!」
精霊や妖精と直接ふれあうことができた神樹祭は、エルフの人たちを大いに喜ばせてくれた。そして、バニラの協力で霊木が新たな力をつけたこともあり、アウロスさんの態度はかなり軟化している。
夢のような時間を演出して病の後遺症に苦しむ子供を救った今回の出来事で、俺たちのことを英雄のように扱う人が出ていたのはちょっと困ってしまうが、エルフの里に気兼ねなく来られるようになったのは嬉しい。
家族全員でスファレに案内してもらった川に行ってピクニックもしたいし、また近いうちに遊びに来よう。
近くに集まってくれた子供や老人たちに別れを告げ、王都へ帰還するための転移門を開いた。
この後にエピローグ的な話を2話挟んで、第13章は終了になります。
 




