第158話 コールと真白の焦燥
川で少しのんびりした後にスファレの強い希望で、肩車をしながら真白たちが料理をしている集会所まで移動中だ。小柄な古代エルフの里ではただでさえ背の高い俺は目立つのに、その上にスファレが乗っているので大きな注目を浴びてしまう。
こちらに目が合った瞬間、失意の体前屈で崩れ落ちる男性もいるので、やはりスファレの人気のほどが伺える。
「遠くにいる人が、ずっとこっちを見ているわね」
「スファレを肩車すると、鬼人族の男性より背が高くなるからな」
「上から見下ろすのは気持ちが良いのじゃ、このまま踏み潰せそうな気がしてくるのじゃ」
そんなどっかの巨人みたいな思考はやめて欲しい。
「あー、スファレさんだけずるいよー」
「お疲れ様、真白」
「お帰り、お兄ちゃん。もうじきお昼だから、探しに行こうと思ってたところなんだ」
スファレを地面に降ろして、駆け寄ってきた真白の頭を撫でていると、集会所の中からコールも出てきて近づいてくる。
「お帰りなさい、リュウセイさん」
「コールもお疲れ様」
「あっ、あの……私もお願いします」
コールがそっと頭を差し出してきたので撫で始めると、遠巻きに見ていたエルフの男性が数人、失意の体前屈で崩れ落ちた。
もしかして、コールのことを狙ってたんだろうか?
いつもは満足したらスッと離れていくのに、なぜか今日はその動きと逆に触れそうなくらいまで近寄ってくる。というか、まろやかさんがちょっと当たってる。真白も動かしていない方の腕をギュッと抱きかかえてくるし、普段の様子と少し違う。
「二人ともどうしたんだ? 何かあったのか?」
「えっとね、里にいる女の人たちと料理しながら話してたんだけど、お兄ちゃんすごく人気があるんだよ。だからちょっと危機感持っちゃったんだ」
「あんなきれいな人たちと私じゃ、勝負になりませんから……」
「そんな事はないわよコールちゃん、少し後ろを見てくれるかしら」
俺から離れないまま顔だけ後ろに向けると、地面に両手足をついている男性の姿が嫌でも目に入る。
「どうしてあんな格好で倒れているんですか?」
「あやつらはコールのことが気になっておったようじゃな」
「きっと、少し前に手分けして料理を運んだからだね」
「確かに私があの辺りにいた人に料理を持っていきましたけど、鬼人族で地味な私のことをどうして……」
「エルフの考える良き妻とは、器量が良くて男を立てる女のことなのじゃ。コールの控えめで黙って男に従ってくれそうな姿は、あやつらにとって理想なんじゃよ」
エルフの男性は妻に対して主導権を握りたがるようだし、大和撫子っぽい雰囲気を持つコールに惹かれてしまう気持ちはわかる。
「そんなの困ります……」
「背の高さも我らと変わらぬし、容姿とて決して劣ってはおらん、もっと自信を持つとよいのじゃ」
「だからって、自分に都合のいい部分だけ捉えるような人のところには、行きたくありません」
「コールが嫌がってるのに言い寄るような真似は絶対にさせないから、困ったら俺を頼ってくれ」
「リュウセイさんにそう言ってもらえると安心できます、嬉しいです!」
よほど不安だったのか、人前にもかかわらず抱きついてきたコールの頭を撫でていたら、エルフの男性たちが次々と五体投地の格好で倒れていった。
「お兄ちゃんの完全勝利だね」
「さすがリュウセイなのじゃ」
「この里の男の子たちは、リュウセイ君に負け続きね」
まさか当初の予想に反して、逆にエルフの男性を虜にしてしまうとは思ってなかった。コールもなにげに恐ろしい子だ。
◇◆◇
食材の提供は昼食後ということになり、集会場の中でエルフの女性たちと一緒にテーブルを囲んでいるが、視線が集中しすぎて食べづらい。
俺の左右に真白とコールが座って盾の役割をし、スファレに至っては膝の上に座っている。母親のナーイさんはそんな娘をニコニコ顔で見ているが、かえってその笑顔が怖い。
「なぁ、スファレ」
「どうしたんじゃ?」
「さすがにこれは行儀が悪いと思うんだが」
「今日は百二十八年ぶりの祭りじゃし、礼儀や作法など置き忘れても良い日なのじゃ」
「でもこれだと時間もかかるし、食べづらいだろ」
「そんなこと無いのじゃ。それより次はあっちの煮物を食べたいのじゃ」
「わかったよ、熱いから気をつけて食べるんだぞ」
「あむ……(はふはふ)
やふぁりまふりのろーりはふぁいこうなのじゃ」
「こら、口に物を入れたまま喋るのは流石に駄目だ、ちゃんと飲み込んでからにしてくれ」
「……(ごくん)
すまなんだのじゃ、リュウセイ」
「この体勢で食べるのは、スファレが俺のことを考えてやってくれてるから嬉しいけど、行儀の悪い食べ方だけは無しで頼む。それより、口元にソースが付いてるから、少しじっとしてるんだぞ」
近くに置いてある布巾で口元を拭うと、嬉しそうな笑顔でこちらを見上げてくる。スファレのおかげで参加できるようになった祭りだし、この笑顔が見られるなら多少の羞恥心にはフタをしよう。
「スファレさん、凄く幸せそう……」
「里にいた頃は、あんな顔したことなかったのに」
「人族の男性って、みんなこんなに優しいの?」
「優しいだけじゃなくて、怒鳴らずちゃんと叱ってくれる」
「甘えられる男の人って素敵……」
「エルフの女性にこんなことされて、甘やかすだけで済むのはお兄ちゃんだけだと思うな」
「私もリュウセイさんに同じことやってもらいたい……」
「コールちゃんも積極的におねだりしないとダメよ」
「「「「「私たちもおねだりしたら、やってもらえるんですか!?」」」」」
この中には人妻も含まれているそうなので、きっぱりとお断りさせてもらった。見た目は十代なのに俺より遥かに年上の子供がいたりするから、古代エルフという種族は恐ろしい。
「私たちの気持ちをこんなにしちゃうなんて、リュウセイさんはやっぱり凄いわね」
「もし変な影響を与えてしまってるんなら、申し訳ないと思う」
「それは気にしなくてもいいのよ。今の王国になってから、新しい情報がどんどん入ってくるようになったし、私たちも変わっていかなければいけないと思うの」
「今日の祭りをきっかけにして、古代エルフも少しづつ外に目を向けられるようになると、われも嬉しいのじゃ」
俺たちがこの村を訪れたことが、いい方向に行ってくれれば嬉しい。そんなことを考えながら、スファレの給仕と自分の食事を進めていく。
エルフの料理は今日で二回目だが、素材の旨味を生かした素朴な味付けは、日本料理に通じるものがあって美味しい。この里で使う水は、さっき連れて行ってもらった川から供給されているらしく、真白が以前言っていた軟水なんだろう。
「やっぱり野菜が美味しいな」
「リュウセイさんが巨岩を取り除いてくれた場所も畑になってきているから、これからはもっと美味しいお野菜が出来ると思うわよ」
「収穫できたら私たちにもわけてくれるんだって」
「それは嬉しいな、ありがとう」
「私が村で作っていた野菜より、ふた回りくらい大きくて驚きました」
「お花なんかでもでもそうなのだけど、この里は水と土がいいのね」
家は聖域なんだし、野菜の栽培も適しているかもしれないな。あちこち出かけることの多い今は無理だけど、将来落ち着いたらここで種や苗をわけてもらって、家庭菜園なんかやるのも良さそうだ。
和気あいあいと食事が終わり、後片付けを手伝っていたら神器を持ったアウロスさんが来て、儀式の終了を告げてくれた。
テーブルの上に追加の食材を積み上げ、女性たちの歓喜渦巻く集会場をそっと後にする。
ヴィオレはエコォウが何をしているのか見に行くと霊木の方に飛んでいったので、俺とスファレの二人で一度王都に戻るため転移門を開いた。
◇◆◇
王都の家に戻ってくると、すでにシェイキアさんとベルさんがいた。なんでも、お昼前にはここに来ていたそうだ。食事目当てだな、まず間違いなく。
「いらっしゃい、シェイキアさん、ベルさん」
「お邪魔してるわね、リュウセイ君、スファレちゃん」
「えっと、あの、こ、こんにちは、リュウセイ君」
「今日はベルの格好で里に行くのじゃな」
「だって私の娘なんだもん、みんなにベルちゃんの可愛さを自慢しまくるわ!」
「お母様、あまり変なことするのはやめてね」
相変わらず母親に振り回されてるベルさんだが、今日は一段と女性らしい姿をしていた。下駄箱の中にちらっと見えたが、靴はオシャレなもので耳には小さなピアスが光っている。服やスカートも上品かつ質素にまとめていて、内輪で行う祭りの中で目立ちすぎない配慮が十分されているのはさすがだ。
そんなコーディネートが余計にベルさんの魅力を引き立て、街を歩いていたら声をかけられるのは確実だろう、シェイキアさんが自慢したくなるのも頷ける。
「自然の多い場所の雰囲気に合っていて、とてもいいと思うよ」
「あっ、えっと、その、ありがとう、リュウセイ君」
「も~、ベルちゃんたら。もっとちゃんと喜びなさいよー」
「だって、恥ずかしんだから仕方ないじゃない」
「あのね、リュウセイ君。ベルちゃんたら、海水浴から帰った後、ずっと――」
「お母様! それ以上言わないで」
ベルさんに口を押さえられたシェイキアさんが、ニヤニヤとこちらを見ている。恐らくあの時のトラブルが、後になって恥ずかしくなってきたんだろう。
あれからセミの街に行って、リコとケーナさんを王都に呼んだので、海水浴の予定が合わなかった。もう一・二回一緒に泳いでいれば、羞恥心も薄れていたかもしれないけど、顔を赤くして慌てる姿が可愛いので、心の片隅で謝りつつ黙って見守る。
とはいえ、このままだと祭りを十分楽しめない恐れもあるので、出発までにちゃんと話をして気持ちの整理をつけてもらおう。
「あっ、リュウセイ君、ちょっとだけ二人で話したいんだけど、いい?」
「あぁ、構わないぞ」
「お母様、変なこと言わないでよ」
「大丈夫、ちゃんと真面目なお話だから」
表情を引き締めて俺を見つめてきたシェイキアさんを連れて、二階にある書斎に向かうことにした。
進撃せよ!!
男性エルフ相手に無双しまくる主人公は、この後も続きます(笑)
真白のファンもいますが、彼女の身長は古代エルフの男性に近いので、コールより少数派です。




