第156話 快復の兆し
誤字報告ありがとうございます。
名前の取り違いや妖精と精霊の混同が相変わらず多い……
最初から妖精霊みたいな造語を作っておけばっ!(ただの妖しい精霊(ぁ
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中盤でリビングに残ったメンバーの視点が挿入されます。
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(2020/06/17)
62行目と65行目の誕生日という語句を、誕生季に差し替えました。
リコがこの家に来てから、みんなで色々な場所に行っている。歩行が安定した頃には海水浴へ連れ出して波打ち際を一緒に散歩したり、ピャチにある大きな滝では流れる水を裏側から眺める体験もやってみた。
泉の花広場でピクニックをした時、白蛇の霊獣を見たケーナさんがびっくりして俺にしがみつくという予期せぬ出来事は、心の中にそっとしまっておこう。なんでも幼い頃、大きなヘビに蛇に巻き付かれたことがあり、トラウマが残っていたらしい。
まだ声を出せるまで改善はしていないが、手を伸ばしたり何かを掴んだりという動作ができるようになっている。痩せていた体も栄養価の高い食事で徐々に回復し、抱っこの時には年相応の重さを感じられるまで体重が増えた。
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夕食の後にリビングでくつろいでいると、何かに引っ張られる小さな感触があった。その方向に目を向けると、リコが服の裾を掴んで出口にある扉をじっと見つめている。それはどこかに連れて行こうとしているような行為で、最近なぜか彼女が気に入ってしまったアレの合図だろう。
「今日も一緒にお風呂に入りたいのか?」
その問いかけに、少し強く引っ張ることで答えてくれる。
きっかけはケーナさんが少し熱を出してしまった時だった。リコの入浴には真白が付き添うと言っていたのに、俺がお風呂に入ろうとした時についてこようとしたのだ。それまでにないほど強く服を握られて、止むを得ず一緒に入ることにした。
それ以降、リコは時々こうしておねだりをしてくるようになっている。
「すいません、リコがまたわがままを……」
「もう慣れてしまったし、こうして慕ってもらえるのは嬉しいから、気にしないでくれ」
「とーさん、ライムもいっしょに入る」
「ピピー」
「キュィー」
『どれ、儂も入らせてもらうか』
『わたくしも当然ご一緒いたしますわよ』
『熱い風呂で仲良くあったまろうぜ』
「今宵もにごり湯を堪能させてもらおう」
リコを抱き上げて頭の上や肩に乗っているメンバーと一緒に、お風呂場へ向かってリビングを出る。今日も全員をピカピカにしてあげよう。
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三人の精霊王と守護獣を頭の上に乗せ、肩には妖精王と霊獣を乗せて、リコを抱き上げながらライムと一緒に風呂場へ向かう龍青を、リビングに残ったみんなが笑顔で見送る。
「リコちゃんも少しずつ意識が戻ってきてる感じだねー」
「ご主人さまがリコさんのやりたいことを的確に見抜いてくれますから、一番伝えやすいのかもしれませんね」
「リュウセイさんって子育ての経験はないんですよね?」
「元の世界では学生だったし、ライムちゃんが初めての子供ですよ」
「先日、私と一緒にライムちゃんが一歳になった誕生季のお祝いをしてくれましたけど、経験はまだ一年だけなんですよね」
暑い頃生まれのライムとコールは、この世界では行うことの少ない誕生季パーティーを開催してもらった。食堂を簡単に飾り付けて、いつもより豪華な食事と凝ったデザートを食べるだけのシンプルなものだが、こういった催しはリコへの良い刺激になっていた。
「なんだかものすごく板についてる気がして、年齢も十八歳と聞いて驚きました」
「私はお兄ちゃんに育ててもらったようなものだから、ある意味経験は豊富ですね」
「われより遥かに年下じゃが、なぜか甘えることに抵抗がない不思議な男なのじゃ」
「エルフ族のことは私も知ってましたけど、リュウセイさんは普通に接していますものね」
エルフ族の容姿は、同性が見ても整いすぎていて自信をなくすくらいだ。それはケーナも同様で、男ならまず間違いなく声をかけるだろう、そんな印象をスファレに抱いている。
それだけの魅力を持つスファレが他種族の異性に甘え、相手は下心も感じさせずに受け入れてるというのは、ケーナにとっても衝撃的な出来事だった。
ケーナ自身も自分の容姿には、それなりの自覚を持っている。未亡人になってから何度も再婚を勧められたし、娘が病に倒れてからは支援しようと名乗り出る男性もいたからだ。
だが、亡くなった夫に操を立てていた事と、隠しきれない本心が見え隠れするような男性とは一緒にいる気になれず、その全てを断っていた。
「リュウセイ大きくて優しい、リコもきっとわかってる」
「ケーナちゃんも、もっとリュウセイ君に甘えていいのよ」
「リコちゃんのために冒険者活動までお休みいただいてるのに、これ以上負担をかけるわけには……」
「私たちの活動目的は、家族で楽しく旅行することだから、全然問題ないよー」
「ご主人さまはケーナさんのことをすごく大切にされてますから、負担に感じたりすることはありませんよ」
ケーナも、最初は王都へ行くことに抵抗があった。いくら娘の症状が改善しやすい場所だとしても、知らない街で夫以外の男と暮らすのだから当然だ。今は親切にしてくれているが、金銭や体を要求されたらどうしよう、そんな考えが頭をよぎったことは一度や二度ではない。
しかし、今ではすっかりその気持はなくなっている。
自分の娘が無意識に求める相手だし、近くにいてくれると凄く安心できる。表情を表に出すのが苦手らしく冷たい印象を受けるが、まだ十八歳なのに年上の自分を包み込んでくれる不思議な人、今のケーナはそんな風に龍青のことを捉えていた。
「リコちゃんがリュウセイさんにとても懐いてる理由、今なら良くわかります」
「お兄ちゃんは押しに弱いから、グイグイいくのが攻略のコツですよ」
「われもそれで混浴を勝ち取ったのじゃ」
「私まだ、押し足りない」
「温泉だと混浴してくれるんだけどねー」
「いつの日か家のお風呂でも勝ち取りましょうね、クリムちゃん」
いきなり混浴の話で盛り上がり始めた同居人たちを見て、ケーナの顔がほころんでいく。もし今の状態のリコと二人きりだったら、絶対にこんな顔はできなかっただろう。もっと悲観して、毎日泣いて暮らしていたかもしれない。
ケーナはこの出会いに感謝しながら、龍青たちがお風呂から出てくるまで話に花を咲かせていた。
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全員がお風呂から上がった後、大きな寝室に行っていつものように、ブラッシングやスキンシップの時間を過ごす。今日はいつもと違う話題があるので、その打ち合わせもしておかないといけない。
「それなら、真白とコールが料理づくりから参加ってことでいいな?」
「うん、エルフの料理を色々知りたいからね」
「エルフの里はちょっと緊張しますけど、私も一緒に料理を習いたいです」
「われとリュウセイとヴィオレは食材の買い出しなのじゃ」
「お祭りで使う神器の持ち出しもあるし、少し早めの出発になるわね」
スファレの生まれた古代エルフの里で、百二十八年に一度開かれる“神樹祭”の日が迫っていた。リコやケーナさんを含めた家族全員に、シェイキアさんとベルさんが一緒に行くことになっている。ビブラさんとマリンさんも誘ってみたが、どうしても外せない予定があるらしく、残念ながら参加できなかった。
「私も早めに連れて行ってもらって構わんか?」
『儂らも準備をしたいので、朝から向かうとしよう』
「準備って何かするのか?」
『精霊王が三人揃わないと使えない魔法がありますの』
『祭りにゃぁピッタリの魔法だからよ、楽しみにしててくんな!』
妖精王と精霊王三人が朝から準備をしたいとのことなので、先発組に組み込んでおく。精霊王の使う魔法は準備に時間がかかり、いくつかの条件が揃わないと使えない魔法らしい。エルフの里はその全てを満たすので、祭りの当日に披露してみたいそうだ。
「今回のお祭りはー、凄く盛り上がりそうな予感がしますー」
「あるじさまとヴィオレちゃんのおかげで、食べるものもいっぱい用意できるしねー」
「楽しみだね! リコちゃん」
「・・・・・」
まだ返事を返すのは無理だが、一緒に座っているライムに目線を向けているから、きっと楽しみで仕方ないはずだ。アズルの言う通り精霊王と妖精王が参加するお祭りなら、盛り上がることは間違いないだろう。膝の上に座っている二人の頭を撫でながら、俺も期待に胸を膨らませる。
「私たちも見に行けるなんて嬉しいのです」
「スファレ様のおかげですよ」
「家族の参加許可はリュウセイが協力する条件なのじゃ、思う存分楽しむといいのじゃ」
「エルフの里にいる霊獣はリュウセイ君にすっかり懐いちゃったから、バニラちゃんも仲良くしてもらえるわよ」
「キュキューン」
先日、祭りの打ち合わせに行った時も、ブラッシングして帰ってるしな。あのフッサフサの尻尾は、実にやりがいがある。
「お祭り、普段着でいい?」
「私やリコちゃんも普通の服しか持ってませんけど、大丈夫なんでしょうか」
「祭りといっても珍しいものを食べて、みなで騒ぐだけの家庭的なものなのじゃ。気にするやつはおらんから、気楽に参加して構わんのじゃ」
「夕方から祭りの宴が始まるから、その直前に迎えに来るよ」
昼間には神器で運んできた捧げものを奉納する儀式もあるが、それは里の人でも一部しか参加できない神聖なもので、当然部外者には見ることが出来ない。それが終わった後、海の幸を調理して振る舞われる宴が祭り本番なので、そちらを家族で楽しませてもらう。
特に今回は俺の転移魔法とヴィオレの時空収納で、食材は使い放題だ。部外者の参加を例外的に認めてくれたのは、この事が大きく影響している。
当日のことや準備のことを色々話していたら、膝の上に座っていたリコが俺の服を握りながら眠ってしまっていた。
「リコが寝てしまったな、部屋まで運ぶよ」
「あっ、あの、リュウセイさん」
「ん? もう少し話をしたいなら時間は遅くなっても大丈夫だぞ」
「いえ、そうじゃなくて、今日はリコちゃんをこのまま寝かせてあげたらダメでしょうか?」
「それは構わないけど、ケーナさんはどうするんだ?」
「あの……えっと、もし良かったら、私も今日は皆さんと一緒に寝てみたい……です」
こうやってリコが眠ってしまうことは何度かあったが、いつも客室に戻って二人で寝ていた。家族同然に思ってくれるようになったのだとしたら嬉しいので、拒否する理由は全く無い。
「お兄ちゃんがお風呂に入ってる間に誘ってみたんだよ」
「リコ離れたくないと思う、リュウセイと寝るの一番いい」
「とーさん、今日はいっしょに寝よ」
「服をつかんでる手を無理やり剥がすのはいつも可愛そうだと思ってたし、今夜はそうしようか」
ケーナさんも一緒に添い寝というわけにはいかないので、真白を挟んでその向こう側で眠ることになった。いつもは部屋に連れて行って離れる時にぐずってしまうリコも、今日は服を握りしめたままスヤスヤと寝息を立てている。
その小さな頭をそっと撫でていると、寝顔が少し微笑んだような気がした。
同じベッドで寝ないと言ったが、あれは嘘だ!
(作中では、前話から20日以上経過してますw)
ケーナ母娘のフラグは果たして……
次回から神樹祭のパートが開始です。




