第154話 妖精王の祝福
ビブラさんもお風呂に入ってもらい、俺は多目的ルームにいる精霊王たちを誘いに行く。後ろからイコとライザがついてきているが、何となくこちらの考えを察してくれている気がする。
「お風呂の順番が来たから呼びに来たんだが、エコォウもいっしょにどうだ?」
「私に風呂など必要はないから、気にせず入ってくるといい」
『儂らも入っておるが、あれは良いものだぞ』
『そう遠慮するこたねぇ、おめぇさんも一口のってみねぇか?』
「精霊もお湯などで身を清める必要はないだろ、一体何を言っているんだ?」
「先っちょだけ、つま先だけでもお湯につけてみれば、お判りになるのです」
「エコォウ様も沼にハマってみるといいですよ」
沼じゃなくてお湯だけどな。
イコとライザは両手をワキワキと動かしながらとエコォウに詰め寄っているが、一体こういった事をどこで覚えてるんだろう。
……家の記憶を読んでるから、俺と真白か。
「待てお前たち、私を一体どうするつもりだ」
「問答無用なのです」
「強制連行ですよ」
通常の妖精サイズになった二人がエコォウに飛びかかり、後ろから腕を抱えて動けなくしている。人間サイズの時はフワフワと浮く感じだが、妖精サイズだと結構俊敏な二人だ。
「こら、よせ、離さんか!
……というか、どうして王たる私を抑え込める力があるんだ、お前たちは」
「聖域の力を侮ってはいけないのです」
「この家の中なら私たち二人は絶対無敵ですよ」
そのまま浴室に連れて行かれるエコォウの背中には哀愁が漂っていて、俺の頭の中ではドナドナが流れるのだった……
◇◆◇
イコとライザによって裸に剥かれたエコォウは、浴室の椅子に座って何かブツブツとつぶやいている。
「まったく、お前たちには羞恥心というものが無いのか。しかも、王たる私に敬意が足りん」
「この家では旦那様が一番なのです」
「旦那様の希望を叶えるのが妖精としての務めですよ」
「ヴィオレといいお前たちといい、どうして人にそこまで入れ込んでるんだ……」
「エコォウ様なら、もうおわかりだと思うのです」
「それよりお湯で流すですから、もう喋らないほうがいいですよ」
小さくなった二人に頭を洗われていたエコォウに、コップで汲んだお湯を少しずつかけて泡を洗い流していく。泡が消えたあとには輝くようなベージュ色のストレートロングヘアが現れ、少し尖った耳もよく見える。
「エコォウも髪の毛が長いから、洗うと違いを実感できるようになると思うぞ」
「不変の存在たる私たちに変化があるというのは、少々興味が惹かれるな」
「次は私たちの番なのです」
「よろしくお願いしますですよ、旦那様」
「二人とも大きくなってそこに座ってくれ」
仲良く並んで座るイコとライザの頭を洗っていくが、二人からはすごく嬉しそうな気持ちが伝わってくる。セミまでの旅でしばらく家を空けていたから、いつもより数割増しで心を込めて洗ってあげよう。
◇◆◇
俺も髪の毛を洗ってもらい、体をきれいにした後に湯舟でくつろぐ。
『どうでぃ妖精王の旦那、風呂はいいもんだろ』
『こうしてお湯に浸かっておると、色々なものが解けていく感じがせんか?』
「守護獣や霊獣まで入っているのには驚いたが、確かにこれは悪くない」
「ピピピー」
「久しぶりに旦那様の抱っこを満喫なのですー」
「癒やされるですよー」
「二人には留守の間もずっと頑張ってもらってるし、思う存分堪能してくれ」
足の上に座っているイコとライザを軽く抱き寄せると、甘えるように顔を擦り付けてくれる。今日は突然四人も宿泊客を連れてきてしまったが、二人のおかげで客室はいつでも使える状態だった。その感謝が伝わるように、頭を優しく撫でていく。
「その姿でいる時のイコとライザは、人と変わらんな」
「ソラ様より少し背は高いですが、耳の形は同じなのです」
「ご近所やお店の方には、小人族の使用人と思われてるですよ」
「人の営みに溶け込む妖精が生まれるとは……
長く生きてきたつもりだが、私の知らないことも多いということか」
『俺様も始めて見たときゃぁ、おどれぇたもんだ』
『仲良く寄り添っておる姿は、実に美しいものだ、お主もそう思わんか?』
「これは人と妖精の新しい姿かもしれんな……」
仲良く頭だけ出してお湯に浮かんでいる妖精王は、俺たちを見てそんな感想を漏らしていた。
◇◆◇
お風呂を出た後は全員で大きな寝室に行き、いつものようにまったりとした時間を楽しむ。ビブラさんとマリンさんは近くに置いてあるソファーへ、ケーナさんは俺たちの姿がよく見えるようにと、リコを抱いてベッドの上に来てくれた。
「なんだかここは、私たちが住んでいる世界とは別みたいに感じます」
「ここは聖域に加えエルフの里並みに精霊たちが集まる場所になっておるのじゃ、そう感じてしまうのも仕方がないのじゃ」
「今日から妖精王加わった、もっと凄くなった」
「聖域と契約した妖精がここまで力をつけるとは、私も想定外だったよ」
「妖精魔法も人化スキルも使い放題なのです」
「まさにこの世の楽園ですよ」
俺の隣りに座ってクリムとアズルのねこみみをモフりまくっているイコとライザが、エコォウに向かってドヤ顔を決めている。普通の妖精に力負けしたエコォウがちょっと気の毒なので、程々にしてやって欲しい。
「バニラちゃんのおかげだね」
「キュキューイ」
「本当に白くてフワフワで可愛い、良かったわねリコちゃん」
「・・・・・」
バニラはリコの膝の上にいるが、乗る時に反射運動みたいな反応をしただけで、撫でたり関心を示したりという動きはない。今の所リコが出来るのは、口に運んだものを飲み込んだり、手を引っ張りながらゆっくり歩く動作くらいだ。
ただ目線はバニラに向いているので、嫌がっていないのだけは確かだろう。バニラ自身も積極的にリコに関わろうとしてくれているから、焦らず時間をかけて心の目覚めを待とう。
「明日ビブラさんとマリンさんを中央広場まで送りに行って買い物をしようと思うんだが、みんなどうする?」
「ライムはとーさんといっしょに行く」
「久しぶりに、ゆっくり本、読みたい」
「私は丘まで走ってくるよー」
「私もクリムちゃんとー、走りに行ってきますー」
「祝福の効果で、体がすごく軽くなってるんだー」
「いっぱい動きたくてー、体がウズウズするんですー」
エレギーによると祝福の効果はゆっくり現れると言っていたが、山越えの旅を通じて絆が深まってきたのかもしれないな。特にアズルはずっとべったりだったし、クリムもそれを見て夜は甘えまくってたから、それが良い方向に働いているんだろう。
それぞれのやりたいことを聞いた結果、コールとヴィオレは花壇の世話をして、スファレも精霊たちといっしょに手伝うことに。イコとライザは日常業務で不参加となり、ライムと真白を連れて出かけることになった。
「良かったらケーナさんも買い物に行きませんか?」
「リコにも街を見せてあげたいし、もし体調が良かったら一緒に行ってみないか」
「でも、私たちが行くと足手まといになってしまいますから……」
「リコおねーちゃんは、とーさんが抱っこしてくれるからだいじょうぶだよ」
「リュウセイは私、抱っこして山登れる、任せて安心」
「われも時々抱っこしてもらうのじゃ、リコくらいなら軽々なのじゃ」
「リュウセイ君は抱っこの熟練者だものね」
ライムとソラが膝の上に乗ってきたので抱きかかえて頭を撫でていると、スファレもおんぶするみたいに背中に張り付いてきた。今日も転移の時にリコを少しだけ抱っこしたが、街中歩き回っても問題ないくらいだ。
一人で買い物が出来るようになりたいというケーナさんの思惑もあり、明日のお出かけに参加してくれることになった。中央広場では大道芸もやっているので、リコにも見せてあげよう。
◇◆◇
お出かけが決まった後も、ソラとライムを抱っこしながらなでなでをしていると、エコォウが目の前に飛んできてこちらをじっと見つめだした。
「ソラよ、お前はこの者たちが大切か?」
「そんなの当たり前、みんな大事な家族」
「もし何かの力が得られるとすれば、ソラは何を望む?」
「みんなを守る力、誰かの役に立つ力、新しいこと知る力、そんなの欲しい」
突然二人で問答を始めたので驚いたが、ソラは淀みなくエコォウの問いに答えている。
エコォウはその後もいくつか質問し、満足そうな顔で宙に浮いていた。
「ソラには私の祝福を授けよう」
「あらあら、あなたにもそんな事ができたのね」
「ヴィオレが知らんのも無理はない、なにせ人に祝福を与えるのは初めてだからな」
「ふぉぉぉー、初めての事例になるの? どんな効果があるのか教えて欲しい!」
「妖精の血を受け継ぐ小人族には、我らと同じ感覚が宿っているのだ。私の祝福でそれを引き出すことが出来る」
「私が毒や病気の気配に敏感なのはその力よ、ソラちゃん」
「感覚が鋭くなり、例えば私が島で使っていた幻影魔法を見ると、違和感を感じるようになる」
あれは精霊王ですら違和感を覚えないほど高度な魔法で、気がついたのはヴィオレだけだった。ソラの中に流れる妖精の力を目覚めさせると、そんな感覚が身につくというのは驚きだ。
他にも罠や不審物、それに何らかの力で隠されたものが見つけやすくなるみたいだ。
「エコォウお願い、それあったらみんなが危険な場所、行く前に逃げたり出来る」
「それならそこに座るがいい」
ソラが俺の膝からおりてベッドの上に座ると、エコォウが飛んできて額に右手を添える。その小さな体が一瞬だけ淡く光り、ソラに触れた右手からゆっくりと浸透していった。
「もう終わり?」
「これでソラの力は引き出されている」
「なんかいつもと変わらない、おかしなものとか見えない」
「ここにはイコちゃんとライザちゃん、それにバニラちゃんもいるんだから、そんな物があったらすでに見つけられてるわよ」
「キュイーン」
「安心安全が姉妹妖精の合言葉なのです」
「危険なものは即座に捕縛ですよ」
うちのメイドは頼もしすぎるけど、背後に刀を持った修羅の姿が一瞬浮かんだ……
「ありがとうエコォウ、とても嬉しい」
「ソラならその力を正しく使えるだろう、みなの助けになってやれ」
こうしてソラは妖精王の祝福を受け取った初めての人類になった。




