第150話 セミの街
誤字報告ありがとうございます。
書き出し直後にやらかしているとは、このリハクの目をもってしても(以下略
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終盤に子供の泣き叫ぶ表現があります、苦手な方はお気をつけ下さい。
無事に山越えを成し遂げ、セミの街までやってきた。
人の通らないルートなので、バンジオが精霊魔法で道を作り、エレギーが山間部特有の突風を抑え、霧が発生してもモジュレが視界を確保してくれた。三人の精霊王がいないと、踏破は不可能だっただろう。
そしてたどり着いたセミの街は、扇形に広がった湖とその中にある小さな島、そして近隣一帯に広がる穀倉地帯が、山の上からよく見えた。来月は収穫の季節なので、収納魔法を持っていると仕事に困ることはなさそうだ。
「やっと安心して歩ける場所まで来ました」
「頑張ったねー、アズルちゃん」
「リュウセイにいっぱい、抱っこしてもらえた、有意義な旅だった」
「ソラも疲れるまで歩いておったし、また一段と体力をつけたのじゃ」
「ソラおねーちゃんも、がんばったね!」
山を下りきってから小さな森を抜け、一旦街道へ出た後に街の入口を目指している。山道では出来なかった肩車を満喫しているライムの声は、とても上機嫌に弾んでいた。
入場チェックを受けた時、種族の多さに驚かれ、妖精がギルドカードを差し出したのに驚かれ、全員が特別依頼達成者ということで更に驚かれてしまった。そのおかげで精霊王たちのことが有耶無耶になったので、結果オーライだろう。
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セミの街は大きく三ブロックに別れている、特に巨大なのが倉庫街で専用の出入り口まであるようだ。湖の周囲は保養地として利用され、富裕層の別荘や宿泊施設になっていた。残りの区画が住宅や商店街として、案内板に記載されている。
「広くて静かな街だね」
「道幅が広くて人も少ないので歩きやすいです」
「夕方までもう少し時間があるし、まだ外の農場で働いているのかもしれないな」
大きな荷馬車を通すために道幅が広く、歩道も余裕を持って作られているが、歩行者の数は少ない。近くにダンジョンもないので、ひと目で冒険者とわかるような格好をした人もいない。大部分の住人は何らかの形で、農業に関わっているからだろう。
「なんだかいい匂いがするねー」
「これはパンを焼くときの匂いでしょうか」
「あそこの店が賑わっておるのじゃ」
「なに売ってるか見たい、行ってみよう」
ライムを肩から降ろしてヴェルデには隠れてもらい、店先から覗いてみると色々な形をしたパンが並んでいた。長細いものはフランスパンみたいで、丸くて大きなものはパイに似ている。中身に茶色や黒っぽい色のついたパンもあって、この世界で初めて見るものが多い。
「見たこと無いのがいっぱいあるよ、かーさん」
「ホントだね、白パンに黒パンと全粒粉みたいなものまであるよ」
「マシロさん、“ぜんりゅうふん”ってなんですか?」
「パンに使う粉を作る時って、材料の一部しか使わないから白に近くなるんだ。でも、それを取り除かない全粒粉を使うと茶色っぽくなって、栄養もすごくあるんだよ」
「黒パンは粉の種類が違うんだったな」
「うん、そうだよ、お兄ちゃん」
店には切って中身が見えるようにした状態で展示しており、フランスパンみたいに硬そうな感じだったり、薄い生地を折り重ねて焼いたような断面のパンもある。
店先や店内にもお客さんが多いので、かなり繁盛してる店のようだ。
「黒と茶色、食べてみたい」
「われは長細いのがいいのじゃ」
「あの変な形したのもおいしそうー」
「色がついた粒が見えるものがありますけど、中に果物が入ってるんでしょうか」
「あれは乾燥果物を練り込んだ蒸しパンみたいだね」
この街はパンの種類が本当に豊富だ、材料が近場で手に入るおかげだと思うが、他の街とは別の進化を遂げている。これはパンを買いに通うのも、ありかもしれないな。
「おや? リュウセイ君じゃないか」
「お久しぶりね」
「あっ! ビブラおじーちゃん、マリンおばーちゃん!!」
後ろから声をかけられて振り向くと、ドーヴァからトーリへ向かう途中で一緒に旅をする事になった、ビブラさんとマリンさんが立っていた。元気そうに二人で寄り添いながら立っていて、相変わらずのおしどり夫婦ぶりだ。
ライムが両手を広げて二人に抱きつくと、頭を撫でてもらった後にマリンさんが抱き上げてくれた。
「こんにちは、ビブラさん、マリンさん」
「ご無沙汰してます、ビブラさん、マリンさん」
「こんにちはー、また会えて嬉しいよー」
「訓練の時は大変お世話になりました、あの教えは今でも私とクリムちゃんの支えになっています」
二人に出会ったのはソラが家族になる前なので、顔見知りのメンバーがそれぞれ挨拶をし、それ以外は軽い自己紹介を済ませる。その間に真白がパンの購入を済ませていたので、ヴィオレに預かってもらうことにした。
「二人の住所がわからなかったから報告が遅れてしまったけど、王都に家を購入したんだ」
「それは凄いじゃないか、今度伺わせてもらっても構わないかね」
「郊外にあって静かな場所ですから、ぜひ泊まりに来て下さい」
「それは楽しみね、あなた」
「家にはまだ家族がいるから、その時しょうかいしてあげるね」
二人とも元は国の関係者なので、シェイキアさんに聞けばわかると思ったが、ついつい先延ばしにしてしまっていた。でも、こうして再会できたのは幸運だった。
「お二人は、ここへ避暑に来られたんですか?」
「家内の古い知人に子供がいてね、その子から手紙をもらって、ここまで来たんだよ」
「私のことを、とても慕ってくれていた方の子供なの」
「手紙をくれた女性には幼い娘さんがいるんだが、その子が患っている原因不明の病気のことで、私たちに相談を持ちかけてくれたんだ」
ビブラさんとマリンさんには俺たちの特殊な力を教えているので、病気の詳細を伝えてもいいと判断してくれたようだ。ちょっと深刻そうな話なので、店の前から離れて静かな場所へ全員で移動した。
◇◆◇
手紙をくれた女性の娘が、一年ほど前に湖面を漂うお皿のようなものを拾ったらしい。誰の持ち物かわからないのでそのまま岸に置いて帰ったが、次の日には無くなっていた。
元の持ち主か他の誰かが拾って帰ったんだろうと気にしていなかったが、ある時期から毎晩悪夢にうなされるようになる。寝不足やストレスで徐々に衰弱していき、心配した母親が治癒師に見せたが原因は不明のままで、うたた寝しただけでも飛び起きて泣き出すようになってしまった。
今は薬で強引に眠らせているが、それが切れると同じ状態に陥り、起きている時もうつろな表情のまま話もしなくなったそうだ。
「それは悪魔の呪いじゃないのか?」
「治癒師もその可能性が高いと言っているんだが、悪夢を見るという症状だけでは判断できないみたいなんだよ」
「私が診れば呪いかどうか見分けられるわ。その子に会わせてもらってもいいかしら」
「小さな子供が苦しんでいる姿を見るのは私も辛いの、お願いしても構わない?」
「悪魔の呪いなら私がすく解呪しますから、安心して下さい」
「その子がいる場所に連れて行ってもらえないか」
「今は私の知人から借りた別荘にいるから、ついて来てもらえるかな」
一年前というタイミング、それに近くに邪魔玉があるかもしれないという可能性、その二点だけでも悪魔の呪いと考えられる根拠になる。一年近くもそんな状態が続いていたら、子供も親も相当辛かっただろう。早く行って治してあげたい。
悲しそうな顔をするライムと、心配そうに二人を見つめるソラを抱き上げ、ビブラさんとマリンさんが借りている別荘へと移動を開始した。
『しっかし、あの玉以外にも誰かに迷惑かけてるなんざ、許せねえぜ』
『もし誰かが起こした仕業なら、懲らしめてやらねばいかんな』
『きついお仕置きが必要だと思いますわ』
三人の精霊王によると、ここまで強力な邪気を溜めるものが自然発生する可能性は低いらしい。これは人災ではないかと意見が一致してるので、今回のこともかなりお怒りのようだ。
隣を歩く真白の顔には悲痛な表情が浮かび、クリムとアズルのしっぽはいつもより元気がない。コールとスファレも早く何とかしてあげたいという気持ちが出ていて、手を繋ぎながら足早に進んでいる。
やがて湖の近くにある、二階建ての大きな家が見えてきた。家全体が高床になっていて、階段を上がった部分が、広いデッキのような構造になっている。
その奥にある玄関を入った瞬間、ヴィオレが反応した。
「間違いないわ、これは悪魔の呪いよ。チェトレで感じたものと一緒だわ」
「すぐ部屋に向かおう」
その時、何かがぶつかるような音がして、その後に叫び声が響いてきた。
「いやぁーーーーーーっ! こっちに来ないで!! 誰かたすけてーーーーーっっっ!」
全員で声のする部屋に行くと、手足を振り回して暴れる子供を、女性がきつく抱きしめている光景が目に入った。ベッドサイドにあったテーブルが倒れ、辺りが水で濡れている。
暴れる子供を抱きしめている女性は、顔や手を引っかかれてミミズ腫れになり、腕に噛みつかれて血が滲んでいた。
「大丈夫、大丈夫だから、怖くない……ひっく、怖くないからね……ぅぅっ、落ち着いて、お願いだから……ひぐっ、泣き止んでリコちゃん」
「……っ! ヴィオレ、あの子を眠らせてやってくれ」
「わかったわ、任せて頂戴」
「お兄ちゃん! 暴れて爪が剥がれたりしてるから、二倍強化にして」
「手を握るぞ、真白」
頭から離れていったヴィオレが子供の近くに飛んでいき、俺は真白の手を取って二倍の強化魔法をかける。
「今からその子の呪いを解きますから、私に触らせてもらってもいいですか?」
「あっ……あの、あなたたちは一体……」
「私が呼んできた冒険者たちだよ」
「リコちゃんの病気を治してくれるから、安心して構わないわ」
「ビブラ様……マリン様……」
「私の魔法でお子さんはもう悪夢は見なくなりますから、安心して下さい」
「本当ですか!? この子の病気が治るなら、何でもします! この命でも差しあげますから、治してやって下さい……うっ、うぅっ」
泣きながらすがりついてきた女性を真白がそっと抱きしめ、子供を預かってベッドに寝かせる。頭を軽く撫でた後に小さな手を優しく握りしめ、呪文を唱えた。
《リジェネレーション》
服の上からでもわかるほど痩せて顔色も悪くなっているが、真白の魔法が効果を発揮するにつれて、苦しそうな表情がほんの少し和らいだ気がする。
いくら再生効果があるといっても、痩せてしまった体や失った筋肉は、食事や運動でないと元に戻らない。ひとまずこれで安心できると思うが、後は時間をかけてゆっくりとリハビリしていくしか無いだろう。
この後も少し重たい話がありますが、みんな前向きに歩んでいきますので、ご安心下さい。




