第149話 紫色の竜
誤字報告ありがとうございました。
安定の文字抜け率(汁;
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新しい章に突入します。
赤の精霊王がきて数日経ったが、その間に入浴剤の本契約も決まった。王都でもまずは貴族の御用商会で取り扱われることになり、出荷がすでに開始されている。新しいお土産物としても好評で、事業化を進めていた三人はホクホク顔だった。
そして赤の精霊王エレギーから、妖精王もなにか厄介事を抱えているという噂があることを聞いた。詳しいことは紫竜のチェレンが知っているそうなので、まずは彼女に会いに行くことにしている。
転移魔法でピャチまで行って、鍛冶組合長のフェイザさんにエルフの里で収納した巨岩を預けてきた。さすがに以前引き渡した落石の三倍以上あるサイズで驚かれたが、建築資材として利用できる材質だと喜んでもらっている。エルフの里にある家は木造ばかりだったので、利用価値がなかったんだろう。
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俺たちパーティーは今、ピャチの街から山岳沿いに進み、森を突っ切った場所で山登りをしている。チェレンは地脈の淀みに敏感なので、大きく流れが滞っている場所を真っ先に見つけて、数年同じ場所にいることが多いそうだ。
「うぅー、空の上や山の頂上から見下ろすくらいは大丈夫になりましたけど、中途半端に高いとまだ怖いです」
「ここからだと谷底がよく見えるよねー」
『万が一落ちても俺様が風で受け止めてやるからよ、あまりしんぺぇすんな』
「ありがとうございます、エレギーさん」
何とか道と呼べるような平らな部分を歩いているが、落ちたら無事では済まない高さがある。こうして精霊王たちが力を貸してくれていないと、絶対に歩きたくないような場所だ。
「竜族って街や街道の近くで、淀みを直してることって無いですよね」
「大きな地脈、山に沿って流れる、こんな場所にいるの仕方無い」
王都の近くにある丘にフィドが現れた時も、かなりの人がひと目見ようと現場に殺到したらしいから、コールの懸念もよくわかる。
最初に出会ったドラムに街の近くに運んでもらった時には、アージンの冒険者ギルドに目撃情報が伝わっていたくらいだから、竜族に出会えるというのはこの世界の人にとっては一大イベントなんだろう。竜が街道や平地で寝そべっていたら、ちょっとした観光名所になるな。
「だれもいない所で、さびしくないのかな?」
『儂らも偶然であったときに挨拶くらいはするが、竜族は寝て過ごすことが多いのだ』
『グンデルさんやタムさんのように、元気に飛び回っている竜もいますけれど、みな若い子たちですわね』
『チェレンのヤツは特にぐーたらでな、ほっといたら何年でも寝てやがる』
「ずっと寝てたら寂しくないかもしれないね、ライムちゃん」
「でもライムはみんなと、いっぱいお話したい」
ひと括りに竜族といっても、性格や特技が違っていて様々な個性がある。
ドラムは知力に優れているため聡明で、俺やライムに魔法のことや使い方を教えてくれた。ベスはちょっと茶目っ気がある体力自慢だったし、フィドは好奇心旺盛で霊的なものに敏感だった。
グンデルは精霊の気配を感じ取れて王たちとも仲良しで、タムは飛ぶスピードが速くて視力もいい。そして先日会いに来てくれたオーボはマナの使い方が上手く、攻撃に使ったり膜状にして高速で飛んでも落ちないように支えてくれた。
ぐうたらだと言われているチェレンも、会って話をするのが楽しみになってきた。
「しかし、こうして竜に会いに行くのは初めてだな」
「そもそも、何かするたびに竜族の方から訪ねてくるというのが、おかしいのじゃ」
「妖精の私でも今まで会ったことがなかったのに、あなた達と一緒になってからチェレンちゃんで六人目になるものね」
「お兄ちゃんとライムちゃんなんて、チェレンさんで七人目だから、完全制覇目前だよ」
「もしチェレンとアゴゴにも鱗がもらえたら、アージンのギルド長に全色渡せることになるし、お願いしてみるか」
「ライムもいっしょにお願いする!」
元気に同意してくれたライムの頭を撫でてあげたいが、あいにく両腕は抱っこしたソラとしっかり掴まっているアズルで埋まっている。真白が代わりに撫でてくれているので、俺は現地についてからにしよう。
『あの尾根を回り込んだ所に居るみてーだぜ』
「感知魔法も反応みえた、すごく大きい青」
「いよいよ会えるねー」
「もう山道は懲り懲りです、早くお話を聞きに行きましょう」
山道続きでちょっとグロッキー気味のアズルが、ゴールが近いとわかって少しだけ元気を取り戻している。そんな彼女の手を握り直して、細い山道を進んでいった。
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目的の場所は、細い道の途中にある待避所のような空間だった。この辺りは完全な岩山で木も生えていないため、雨や風をしのぐことも出来ない。
そんな場所に紫色をした竜が、うつ伏せになって寝転んでいた。
『おいこらチェレン、起きやがれ!』
『……うー、何ようっさいなー。あんた達の声は頭に響くんだから、怒鳴るのやめてよー』
「寝ていたところをすまない、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
『うっわー、なになに、どうしてこんな所に人族がいるのよ、どうやって来たの?』
『儂がところどころ道を作り出して、ここまで来たんだ』
『よく見ると精霊王が三人に妖精までいるし、全種族が勢揃いしてるじゃん』
「花の妖精のヴィオレよ、よろしくねチェレンちゃん」
ドラムと百歳程度しか違わない年齢だが、チェレンの話し方はちょっとギャルっぽい。
「チェレンねーちゃん、こんにちは」
『竜人族の子供かー、初めて見たよー、すっごく可愛いー!』
『それより聞きてぇことがあるんだ』
『エレギーは相変わらずせっかちだなー』
『テメェがのんびりし過ぎなんじゃねぇか、ぐーすか寝てる姿しか見たことねぇぜ』
『こうやって地脈の淀みを直してんだから別にいいじゃん。それより聞きたいことって何? 眠いんだから手短にしてよねー』
精霊たちの話では、この場所にかなり長期間とどまっているみたいだが、雨が降ろうが風が吹こうが関係なしに寝ていたんだろうな。
話すのも面倒そうなチェレンに全員が名前だけの自己紹介をして、妖精王の行方を聞いてみることにした。やはり一年ほど前に、他の妖精から相談を受けたと言いながら、この山を越えてどこかに向かったらしい。
『ここを下りてくと大きな湖のある場所があるじゃん、そこの島になんか出たって言ってたかなー』
「島のある大きな湖って言ったら、セミの街じゃないかしらね」
「今いるのがこの山だから、このまま先に進んでいけばその街につくな」
大陸の地図を取り出して見てみると、この山脈の向こう側に大きな湖があり、その近くがセミの街になっている。豊富に流れ込む水のおかげで穀倉地帯が広がり、静かで景観の良い湖周辺は保養地としても有名な街だ。
「うぅー、まだ山歩きが続くんですか……」
「あるじさまが付いてるから頑張ろー、アズルちゃん」
「リュウセイにくっつく時間が増えると、前向きに考えるんじゃ」
「抱っこの時間も増える、うれしい」
「開けた山はヴェルデも好きですし、私は平気です」
「ピピーッ」
「ライムも平気だよ」
「ご飯もいっぱい食べて頑張ろうね」
山歩きが続くことになってアズルはうなだれてしまったが、スファレの言葉でなんとか持ち直していた。腕を組んでる時は嬉しそうなので、もうひと頑張りしてもらおう。
『何やるかしんないけど、頑張ってねー』
「妖精王のこと教えてくれてありがとう、助かったよ」
『気にしなくていいよー、それよりもう寝ていい?』
『テメェは本当にぐーたらだな』
『うっさいなー、小言ばっかり言わなくてもいいじゃん』
「もし良かったら、そこに落ちてる鱗をもらってもいいか?」
『ゴミだから持ってっていいよー、それじゃあもう寝るねー』
「ありがとう、ゆっくり眠ってくれ」
「ありがとう、チェレンねーちゃん」
『その先ちょっと下りてったとこに広い場所があるからさ、泊まるんならそこがいいと思うよ。おやすみー』
そう言って頭を地面に下ろすと、即座に寝息を立て始めた。オーボもそうだったが、この寝付きの良さは驚異的だ。
受け答えもめんどくさそうにしていたし、確かに眠ってばかりで怠惰な部分があるんだろう。しかし、もうじき日の陰ってくる時間なのを気にかけて、泊まれる場所を教えてくれた辺り、根は親切な性格をしてると思う。
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「あんまりお話できなかったね」
「話してる最中もすごく眠そうにしてましたから、ちょっと申し訳なかったです」
「ピピー……」
『まったくアイツときたら、もっとシャキッとしやがれってんだ』
エレギーはプリプリ怒っているようだが、俺としては高校時代のちょっと派手な同級生を思い出して、懐かしい気持ちになっていた。その子はもっと軽い話し方だったが、語尾の使い方や気だるそうな感じが結構似ている。
「でも妖精王の手がかり、わかった」
「地図で見るとかなり広い湖のようじゃったが、島には船がないと行けそうもないのじゃ」
「彼ったら、無茶してないといいんだけどね」
妖精は全員が女性の姿をしているが、唯一妖精王だけが男性の姿らしい。ヴィオレは花畑の中で、イコとライザは古い倉庫で今の存在として生まれている。子供を作ったりする種族ではないのに、男性が一人だけいるというのはちょっと興味深い。
そういえば、竜族に関してはどうやって生まれてくるかソラも知らなかったし、以前精霊王たちに聞いた竜神が関わってるんだろうか。また今度誰かに会えたら聞いてみよう。
「セミの街にはどんな食べ物があるかな」
「ベルおねーちゃんに聞いておけばよかったね」
「また食堂に行って、みんなで色んなものを頼んでみようねー」
「新しい街に行くたびに、マシロさんの作る料理が進化していくので、すごく楽しみです」
「新しいハチミツが手に入ったら、アイスクリームを作ってね、マシロちゃん」
ヴィオレは色々な種類のハチミツで作った、大量のアイスクリームを自分の収納に入れてる。今は夏真っ盛りなので、食後にみんなでごちそうになることが多い。
妖精は暑さ寒さを感じないようだから、このままいくと真冬でもアイスを食べていそうだ。
『なんかオメェらを見てると、俺様も何か食べたくなってくるぜ』
『お主もやはりそう思うか』
『わたくし達は食事を摂れない体なのに、不思議ですわよね』
妖精王は何か食べたりできるんだろうか、そんな事を考えながら歩いていると、チェレンの言ったとおり広い場所があったので、そこに小屋を取り出して野営の準備を開始した。
チェレンは約400歳です。
ヴィオレが竜族と会えないのは、生息域が全く違うから。
(竜族:地脈の通る山岳地帯/花の妖精:草木の多い平地)
旅の行程はあっさり流して、セミの街についてからが本番です。




