第148話 赤の精霊王の祝福
この章の最終話になります。
終盤で視点が精霊王たちに変わります。
◇◆◇
55行目にある、お風呂の中で交わした竜人の住まう場所を〝天界〟から〝神界〟に変更しました。
(2020/01/26)
全員が空の旅を堪能してオーボと別れたあと、王都の家へ転移で戻ってきた。個人の家が聖域化したというのは赤の精霊王エレギーにとっても興味を惹くことらしく、あちこち飛び回った後に多目的ルームに行って他の二人と情報交換を始めた。
これで、この世界にいる三人の精霊王を邪魔玉の封印から開放できたが、なぜ一時期に集中して現れたのかは謎のままだ。考えても仕方がないのはわかっていても、どうしても気になってしまう。
シェイキアさんの家も協力してくれているし、精霊王や竜族も手を貸してくれているので、今は任せておくのが最善なんだろう。モヤモヤは晴れないが、空を飛んだり簡単に入れない場所に行けたり、何だかんだで貴重な体験を色々出来てるし、前向きに考えていこう。
◇◆◇
『かあーっ! こいつはたまんねぇな。精霊は暑い寒いってのを意識しねぇんだけどよ、この心地よさは俺様にも理解できるぜ』
『儂も水に入って喜ぶのはモジュレだけだと思っていたしな』
『この入浴剤というものが、実にいい仕事をしておりますのよ』
『まったく流れ人ってやつはおもしれぇこと考えやがる』
「エレギーにも気に入ってもらえてよかったよ」
「エレギーおにーちゃんも、これから毎日お風呂に入ろうね」
他の精霊王たちに勧められてエレギーもお風呂に入ってみることになったが、かなり気に入ってもらえたようだ。これはまた全員で温泉に行くしか無いな。
『あたぼうよ! こいつを逃すなんて大損だしな』
「ピルルルー」
「キュイー」
『しっかし、守護獣や霊獣まで風呂好きたぁ、愉快千万』
お湯を揺らしながらカラカラと笑うエレギーを見ていると、こちらまで元気になれる。気風がいいというのは、きっとこんな人を言うんだろう。
「今日はすごく楽しかったね、とーさん」
「オーボに二回も乗せてもらえて良かったな」
「ライムの羽だと飛べないのが残念」
「ヴェルデと違って竜族は羽の力で飛んでるわけじゃないから、形が似ていても飛べないのは仕方ないと思うけど、父さんはライムの可愛い羽が大好きだぞ」
お風呂に入る時には出しっぱなしの羽をそっと撫でると、気持ちよさそうに体の力を抜いてもたれかかってくる。
『飛べる竜人族の話ってなぁ聞いたことねぇが、竜の神ってヤツぁ人の姿で飛べるらしいぜ』
「それはどこに居るんだ?」
『儂らも詳しくは知らんが、竜族たちは神界とか言っておったはずだ』
『神々が住まう場所と噂されておりまして、精霊王にも見ることの出来ない世界らしいですわ』
『竜神は時々この大陸にも来るってぇ話なんだが、俺様は会ったことねぇな』
「りゅうじんっていう人におねがいしたら、ライムも飛べるようになるかな」
「会えたら父さんも一緒にお願いしてみるよ」
「ありがとう、とーさん!」
この世界で人が信じているのは博愛と潔白を司る女神で、竜族の信じているのが竜神という存在らしい。人の姿になれる古代竜とも言われているようだが、違う種族のことなので精霊王たちも詳しくは知らないようだ。
ライムの羽や頭を撫でながら精霊王たちの話を聞き、十分温まった後にお風呂を出た。ついつい話に夢中になりすぎて、撫ですぎたライムが寝かかってしまったが……
◇◆◇
お風呂から出てベッドルームに行くと、待ち構えていたクリムが抱きついてきた。
「あるじさまー、約束だよー」
「ライムが眠ってしまいそうになってるから、少しだけ待ってくれるか」
「ご主人さま、ライムちゃんどうしたんですか?」
「空の散歩ではしゃぎすぎたのもあると思うが、お風呂でちょっと撫ですぎてしまった」
「今日はいつもより長風呂だったもんね。ライムちゃんは私が預かるよ、お兄ちゃん」
「……とーさんに…いっぱい羽をなでてもらって、すごく気持ちよかった……の」
「良かったねライムちゃん。お母さんが抱っこしてあげるから、そのまま寝ちゃっても大丈夫だよ」
「かーさんの抱っこも……気持ちよくてすき」
「あらあら、ライムちゃん寝てしまったわ」
真白にライムを預けると、胸に顔を埋めながら本格的に寝息を立て始めた。空を飛ぶ楽しさにすっかり魅入られて随分はしゃいでいたようなので、いつもより疲れてしまったんだろう。
「ライムは本当に愛らしい子なのじゃ」
「ライム理想の妹、娘でもいい」
「私もライムちゃんを抱っこしたいですけど、お風呂に入ってからにします」
「われも行ってくるのじゃ」
「お背中と頭はお任せくださいなのです」
「綺麗にしてあげるですよ、コール様、スファレ様」
最後の四人がお風呂場へと向かうのを見送ったあと、抱きついているクリムを持ち上げてベッドに登る。そのまま横向きで座ってもらい、軽く抱き寄せながら頭や耳を撫でると、スリスリと胸に顔を擦り付けながら甘えてくれる。アズルもそんなクリムの姿を、俺の背中に張り付いた状態で、肩越しに眺めていた。
『しっかし、おめぇら本当に仲がいいな』
「命の恩人だし、前世からの想い人だからねー」
「こんな風に転生してお話ができるようになったのも、ご主人さまに出会えたおかげです」
『二人同時に主従契約を成立させたなんてぇのは俺様でも知らねぇし、その経緯も生い立ちもおもしれぇ。クリムとアズルは、俺様の祝福を受けてみねぇか?』
「どんな効果があるのー?」
「やっぱり主従契約に関することなんでしょうか?」
『その通りだぜ、アズル。俺様の祝福を受けると、主従契約が強化されるんでぃ』
その言葉に二人は飛びつき、詳細な説明をエレギーに求める。それによると、俺たちの結びつきがより強くなり、近くにいると身体能力の大きな上昇、遠く離れていても主人の不調や危機を察知できるようになるそうだ。
「それ、前にソラちゃんが言ってたことだー」
「それを身につけるには、精霊王さんの祝福が必要だったんですね」
「詳細伝わらないまま、記録として残った。それ見た人、物語として使った、そんな感じかも」
他にもクリムやアズルが怪我や病気をしにくくなるとか、細かい効果もあるらしい。赤の精霊王から祝福を受けると、主人を守ったり支えたりするために万全のコンディションを保つ力が強くなる、まとめるとこんな感じだった。
「それやって欲しいー」
「是非お願いします」
「二人の安全がより高まるし、よろしく頼む」
『それなら三人で手ぇ繋いで輪になって座りな』
膝を突き合わせるように座り、それぞれの手をしっかり握ると、そこにしっぽを動かし添えてくれる。宙に浮かんだエレギーがクリムとアズルの額に触れると、これまでの祝福と同じように二人の体が赤い膜に包まれた。
それが体に吸い込まれた瞬間、クリムとアズルの首元にある契約時に出来た模様が光り、繋いだ手から何かが流れ込んでくる。体が熱くなるような、不思議な感覚だ。
「二人から温かいものが流れてきて、体の中に溶けていった感じがする」
「私は胸のあたりがポカポカするー」
「私もこの辺りに、ご主人さまがいるような感じがします」
『効果はじっくり現れっから、ゆっくり慣れていくといいぜ』
胸に手を当てて嬉しそうな二人を見ると、首元にあった模様が変化していることに気づいた。色が少し赤みを帯び、印の下の部分が大きく形を変えている。
「クリムちゃんとアズルちゃんの首にあった模様が変わってるね」
「羽、生えたみたい、可愛くなった」
「ほんとだー、可愛くなってるよー、アズルちゃん」
「色もきれいになって嬉しいです」
「二人とも良かったな」
「わーん、うれしいよー、あるじさまー」
「これでご主人さまと、もっといっぱい繋がっていられます」
瞳をうるませた二人が同時に抱きついてきたので、そのまま頭をそっと撫でる。ピンと伸びたしっぽもユラユラと揺れて、嬉しい気持ちを伝えていた。
「ありがとうエレギー、俺もこうして絆が強くなるのは嬉しいよ」
『なーに、いいってことよ!』
「精霊王の祝福を受けた人物が同時に五人もいるなんて、すごい時代になってしまったわね」
『それだけの資質を持った者が、この時代のこの場所に集まったというだけだ』
『こういった言葉を使うのは、わたくし達も初めてですが、これはとても素敵な奇跡ですわよ』
お風呂から戻ってきた四人にも祝ってもらい、その日のクリムとアズルはブラッシングを終えた後も、べったりくっついて離れなかった。そして二人は笑顔を浮かべたまま、腕の中で眠ってしまった。
―――――*―――――*―――――
全員が寝静まった後、精霊王の三人は一階にある多目的ルームに集まっていた。精霊は扉や窓のような場所に、わずかな隙間があれば通り抜けられる。
そうして家の中を移動してきた精霊王の周りには、同じ方法で外から集まった精霊たちが楽しそうに飛び回っており、その光景はまさに集会場だ。
『街の中にこんな楽園みてぇな場所ができるたぁおどれーたぜ』
『マシロが浄化した後に儂らが取り込んだ透明な玉から霊魔玉が生まれたらしいのだが、それがかなりの力を秘めておるようだ』
『バニラさんがここの生活を楽しんでおられるので、その大きな力がこの場に留まり続けておりますのよ』
『この玉は俺様たちの存在を消し飛ばしちまうほどの力を蓄えられるしろもんだからな、こいつを作ったヤツぁとんでもねぇバケモンだぞ』
『お主はこれが誰かに作られたものだと思うのか?』
『あったりめぇじゃねぇか、俺様たちが浄化できねぇ邪気なんざ、こいつが初めてなんだぜ』
長い歴史の中で、同じように邪気を放つものが生まれたのは、一度や二度ではない。精霊王たちは何度もそういった物を浄化してきたが、自分たちの存在を消すほどの力を蓄えられるなど、自然現象とは考えられなかった。
龍青たちはこれを邪魔玉と呼んでいたが、精霊王たちにはもっと別のものに見えていたのだ。
龍青が水中から拾い上げた玉を見た水竜のベスも、精霊王たちが封印していた状態のものを見れば、もっと別の印象を持っていただろう。あの時は聖水とも言える泉の水で邪気が多少薄くなっていたため、勘違いしてしまっていた。
『なれば妖精王のやつにも話を聞いたほうが良いかもしれんな』
『確かあいつも厄介なモンを見つけたってぇ噂を聞いたぜ』
『詳しいことはおわかりになりませんの?』
『俺様は又聞きだからわかんねぇけど、チェレンがなんか知ってるみてぇだ』
『その厄介事が同じものなら、リュウセイたちの助けを借りねばならんな』
『チェレンさんはどこにいらっしゃるの?』
『アイツぁぐーたらで数年同じところに居やがるし、ちょいと調べといてやるよ』
エレギーは近くにいる精霊たちと話をして、紫竜の居場所を調査することにしたのだった。
物語は少しづつ核心に近づいていますが、主人公たちのスタンスは基本的に変わりません。
次章も新しい街、新たな出会い、そしてお祭りと盛りだくさんでお送りします、どうぞご期待下さい。




