第13話 真白の野望
三人で部屋に入ると、真白は珍しそうに辺りをキョロキョロと見回す。ライムは扉の近くに置いている部屋履きを持って、こちらの方に来てくれる。
「いつもありがとう、ライム」
「かーさんのぶんが無いけど、どうしよう」
「とりあえず真白には、父さんのものを使ってもらうよ、お昼を食べたら雑貨屋に買いに行こうな」
「それは部屋で履く靴なの?」
「まぁ、スリッパみたいなものだ。新しいのはすぐ買いに行くけど、それまで俺の使ってたので我慢してくれ」
「我慢だなんてとんでもない、凄いご褒美だよ」
「問題ないならいいんだ、この方がくつろげると思うし、慣れてない靴だと辛いだろ?」
やはりここに来てからの真白は、いつものテンションと違っている。異世界に来てしまった不安を、こうした事で紛らわそうとしてるのかもしれない。俺はドラムやライムの存在にずいぶん助けられたので、今度は自分が真白の力になってやろう。
「でもこうして見てると、お兄ちゃんはこの世界で生活してきたんだなってわかるよ」
「色々な人に助けてもらったから、何とかやっていけてるよ」
「不安になったり寂しくなったりしなかった?」
「この世界に来た時に初めて言葉を交わした、竜族のドラムに色々なことを教えてもらえたし、ライムもいたからな」
「竜族って、お兄ちゃんドラゴンとお話したの!?」
ベッドに並んで腰掛けていたが、こちらを見て微笑んでくれるライムの頭を撫でながら、最初に出会った黒竜のドラムについて話をしていく。彼のおかげで魔法の使い方を知ることが出来たし、流れ人についても重要な話を聞くことが出来た。
「そっか、五百年生きてる竜族のドラムさんでも、元の世界に戻る方法はわからないんだね」
「大丈夫か? 真白」
「私一人だったら泣いちゃっただろうけど、今はお兄ちゃんとライムちゃんがいるから平気だよ」
「かーさんが寂しくならないように、ライムがついててあげるからね」
「ん~っ! さすがお兄ちゃんと私の娘だね、ありがとうライムちゃん」
隣りに座っているライムを頬ずりしながら抱き寄せると、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
「食事は取り置きしてもらえるから、疲れたんなら少し寝てても大丈夫だぞ」
「ううん、今の話を聞いて心構えみたいなものかな、そんなのが出来た気がする」
「そうか、真白は強いな」
「私にご褒美をくれるなら、今夜は腕枕して欲しいな」
「わかったよ、それくらい構わないぞ」
「ほんと!? えへへ、異世界に来られてちょっと良かったかも」
少し無理して作ったような笑顔だが、喜んでくれてるのは確かみたいだ。いきなり現実を突きつけてしまったのは少し酷だが、三人で支え合っていけば、この世界でも幸せになれそうな予感はする。
「とーさん、かーさん、そろそろお昼の時間だよ」
「そうだな、食堂に行ってみるか」
「ここのご飯、楽しみだなー」
ちょっとしんみりしてしまった空気を断ち切るように、ライムがお昼どきを告げてくれたので、三人で一階の食堂へと移動を開始した。
◇◆◇
緑の疾風亭の食堂では、パンやスープに茹でた野菜のサラダが付く朝の軽食メニュー、お昼はボリュームのある単品料理がいくつか追加され、それにパンやスープを付けて注文する人が多い。そして、お昼にだけ提供される日替り定食が俺のイチオシだ。
「俺は今日の日替わりにするよ」
「あっ、私も同じのお願いします」
「ライムは白いスープにする」
「はい、かしこまりました。日替わり二つと、肉と野菜の白煮込みがお一つですね」
テーブルにピッチャーとコップを持ってきてくれたシロフに注文し、いつものように手ぬぐいを少し濡らしてライムに渡す。
「拭き終わったら、真白に渡してやってくれるか」
「うん、わかった」
手をきれいに拭いたライムが「はい、かーさん」と言って手ぬぐいを渡すと、真白は嬉しそうにそれを受け取って頭を撫でている。地球だとまだ未成年で学生だが、これまでのやり取りを見ていても、真白は母親という立場に凄く憧れを持っているように思える。
雑貨屋で買うものなどを相談していたら、テーブルの上に料理が並べられていく。ライムの注文したものは、ここで一番最初に食べたシチューみたいなスープで、一番のお気に入りになっている。そして今日の日替わりメニューは、サイコロステーキのように焼いた肉と蒸した野菜がお皿に盛られていた。
「すごく食べごたえがありそう」
「冒険者がよく来る場所だから、こんな感じのメニューが多いな」
「ライムちゃんの白いスープはどんな味?」
「地球で言うシチューみたいな感じだ」
「お肉と野菜がすごくやわらかくて、とってもおいしいよ」
「私も今度はそれにしてみようかな」
「全部そろったみたいだから、いただこうか」
「いただきます」「いたただきまーす」「いただきます」
さすがに同じ日本人だけあって、何も言わなくてもいただきますの挨拶をして食べ始める。四角く切って焼かれたお肉は柔らかく、少し濃い目のソースが掛かっている。蒸した野菜と一緒に食べるとちょうど良いくらいの味付けで、パンとの相性も抜群だ。
「濃いめの味付けだけど、すごく美味しいね」
「ここで料理をしているシロフの親父さんは料理の補助魔法持ちらしくて、いつも美味しいものを食べさせてもらってるよ」
「へぇーそんな魔法もあるんだ、私もちょっと欲しいかも」
「ライムもちょっと食べてみるか?」
「うん、食べてみたい」
小さめのお肉にソースをたっぷり絡め、蒸した野菜と一緒にフォークに乗せて差し出すと、ライムは雛鳥のようにそれをパクリと口に入れる。ゆっくりと咀嚼する姿は、いつ見ても可愛らしい。
「こっちのお肉もやわらかくておいしいね!
とーさんにもライムの料理をあげる」
「ありがとう、うれしいよ」
スプーンですくって息で冷ました白いスープを差し出してくれたので、それを食べると口の中にいつもの優しい味が広がる。
「かーさんも食べてみる?」
「うん、食べさせてライムちゃん」
同じようにスプーンに乗せられたスープを食べた真白は、よく味わうようにゆっくり咀嚼して食べている。
「……お兄ちゃんとの間接キスで、すごく幸せな味がする」
どうやら料理以外の部分も堪能していたようだ。
「おいしかった?」
「ミルクで良く煮込んであるし、使ってる調味料は少ないけど肉と野菜の旨味をうまく引き出してて、とても美味しいよ」
「相変わらず真白は凄いな」
「かーさん、そんなこともわかるんだ」
料理が得意なだけあって、ひとくち食べただけで調理法や味の付け方まで分析してしまった。
「でもライムちゃんは、スプーンの持ち方だ上手だね」
「いっぱい練習したんだよ」
「最初は上から握る持ち方だったんだが、徐々に今みたいに持てるようになったんだ」
「そっか、凄いねライムちゃん」
「とーさんの持ち方をまねするようにしてたら、できるようになったんだ」
文字や言葉、それに物の名前なんかもそうだが、ライムの学習速度は非常に早い。シロフの母もそのスピードに驚いていたと教えてもらったので、実際の子育て経験がある人から見ても、物覚えや適応力が高いみたいだ。
「私もこの世界の食材で料理を作ってみたいなぁ……」
「かーさんが作ったの、ライムも食べてみたい」
「寡黙で料理に対して真摯に向き合ってるような人みたいだから、真白の持ってる知識や調理法とか教えてあげれば喜ばれるかもしれないな」
「お兄ちゃんやライムちゃんに、私の手料理を食べてもらえるように、お願いして教えてもらおうかな」
「シロフが休憩時間になったら、一緒に頼んでみるか」
「そうする、ありがとうお兄ちゃん」
「俺も真白の手料理が食べたいからな」
この後は雑貨屋に服や日用品を買いに行く予定なので、それが終わって帰って来てからお願いしてみることにした。真白の料理がこの世界でも食べられるというのは、俺も楽しみだ。
◇◆◇
食事を食べ終わり宿屋を出てから、ライムを肩車して街を歩く。いつものように「かたぐるま、かたぐるま」とリズムに合わせて歌うようにはしゃいでいるライムを、ぴったり寄り添うようにして歩く真白が、優しい笑顔を浮かべ見上げている。
「ライムちゃん楽しそう」
「こうして歩くのがすごく好きらしい」
「とーさんにかたぐるましてもらうと、遠くまで見えるから好き」
「私もお兄ちゃんに肩車してもらいながら、お店を回ってみたいな」
肩車することは可能だろうが、真白の身長だと二メートルを超える種族に合わせて高く作られたこの世界の建物でも、ドア枠や梁に頭をぶつけてしまいそうだ。
「俺はこうして隣を一緒に歩いてくれる方が安心するよ」
「さすがに人前で肩車されるのは恥ずかしいから、私もこうしてる方がいいけど、お兄ちゃんの隣を歩くなら、もうちょっと身長が欲しかったな」
「真白の身長はだいたい平均くらいだから問題ないだろ?」
「お兄ちゃんとの身長差は十五センチが良かったんだよぉー」
「そんなこだわりがあったのか……」
俺の身長が百七十八センチあるので、十五センチ差だと百六十三センチになるのか。春に聞いた数値からだと、七センチ足りないことになる。
「中学の終わり頃から身長が伸びなくなって、代わりに栄養が全部胸にいっちゃったんだ……」
「そういえば以前も、そんな事言ってたな」
「ブラのサイズがすぐ合わなくなるし、大変だったんだから」
自分の胸元に恨めしそうな視線を落としているが、真白のプロポーションは同級生にもずいぶん羨ましがられていると聞いたことがある。
「ライムはおっきくて柔らかいから好き」
「これはライムちゃんとお兄ちゃんのものだから、二人ならいつでも抱っこしてあげるね」
よく腕に抱きついてくるので、そのまろやかさは十分理解しているが、さすがに抱っこは遠慮しておこう。色々な意味で危険だ。
それに往来でするような話題じゃないだろう、肩車をしたライムや目を引く容姿をした真白が並んでいるので、通行人の注目を浴びている。真白も他の人の視線には気づいていると思うが、元の世界で耐性ができているからか、ここでも平然と歩いている。だが、あまりこの状態が長く続いてしまうと、俺の目つきが更に悪くなってしまいそうだ。
これ以上意識しないようにしながら、雑貨屋へと歩いていった。
何だかんだ言いつつ、主人公も相当のシスコン(笑)




