第144話 古代エルフ族の試練
誤字報告ありがとうございます。
「ていてるぅー」
……そして 少年は大人になる。
◇◆◇
エルフの里編2話目です。
最後の部分で視点が切り替わります。
弓使いとの勝負には勝ったが、里長は俺の実力を認めてくれなかった。今度は自分で条件を出すと言っていたが、一体どんな無理難題を要求してくるんだろう。
「ここから少し離れた場所に巨岩があるのを、スファレも知ってるな?」
「確か数世代前じゃったか、誰にも気づかれることなく一夜にして現れたと言われとる岩じゃな」
「あそこは良質な土がある場所で、先祖が畑にしていたと言い伝えられている。その当時は今とは比べ物にならないほど、大きくて旨い野菜が栽培できたそうだ。その邪魔な巨岩をどかしてみろ、それが出来れば実力を認めてやらんこともない」
「どんな大きさの岩かわからないが、やってみるよ」
「ふっふっふっ、見て驚くなよ」
「不気味な笑い声を上げとらんで、さっさと行くのじゃ」
スファレもイライラしてるのか、里長に対して言葉が刺々しくなってるな。その気持ちは俺もよくわかるし、頭の上に戻ってきたヴィオレたちからも、何となく不機嫌オーラが出ている。
◇◆◇
里長の案内で訪れた場所には、巨大な岩が横たわっていた。以前収納した落石の三倍以上ありそうだが、真白のマナメーターであの大きさなら複数個入ると確認できている。地面に深く埋まってなかったら余裕だ。
「これを取り除けばいいのか?」
「どうだ、驚いただろう」
「確かにこれは大きいな」
「竜族や精霊の力を借りたら反則だからな、お前一人の実力でやってみろ」
「もちろんそのつもりだが、この岩はもらって帰っても構わないか?」
「お前は何を言ってるんだ、どう見ても動かせるわけはないだろ」
「いや、収納して持って帰ろうかと思ってる」
「……はぁ!? 何を言っているんだお前は。ワシらでもこの大きさを収納できる者は居ないというのに、マナの量で劣る人族が出来るわけがないだろ。この大きさだと竜族のマナでも持っていないと不可能だ」
それがわかっているのに、こんな無茶振りをしてきたのか、本当にめんどくさい人だな。
だが、その竜族のマナを俺たちは持ってるんだ。
「とにかく挑戦してみるよ。うまく収納できたら持って帰るから、後で返せなんて言わないでくれよ」
「そこまで言うならやってみろ。こんな邪魔な岩はワシらに必要はない、好きにするがいい」
エルフがどんな鍛冶技術を持っているか知らないが、この里では利用価値のない岩なんだろう。収納できたらピャチに行って鑑定してもらおう。
俺は岩に手を当てて呪文を唱える。
《ストレージ・イン》
目の前にあった巨岩が一瞬で消え去り、その場には大きく窪んだ地面が露出した。本当に上に乗っていただけのようで、収納する時の抵抗も皆無だ。
近くに集っていた人たちは、一体何が起きたのか理解できないという風に、巨岩のあった場所をぽかんと眺めている。
「……なっ」
「どうじゃ、これでリュウセイの実力を認める気になったか?」
「なかなか大きなマナを持っているようだな、人族としては多いようだ」
「これはそんな次元の話ではないと思うんじゃが……」
「だが、まだ認めるわけにはいかん! 次は里の女たちを喜ばせてみろ」
『そろそろ焼き払っても良いであるか?』
「いや、それは最終手段にしておいてくれ」
『ならば余はここで休んでおくのである、終わったら起こしに来るのである』
「わかったよ、このあと霊山にも行かないといけないし、ゆっくり休んでいてくれ」
巨岩を収納してできた窪みにオーボが横たわり、そのまま目を閉じると寝息を立て始めた。一秒以下で眠ってしまう、どこかのメガネ男子みたいな寝付きの良さだ。
「それで、次はリュウセイに何をやらせるつもりじゃ。先ほどから無理難題ばかり言いおって、ちと大人気なさすぎじゃろ。あまり無体を重ねると、本当に焼き払われてしまうのじゃ」
「わっ、われ、我ら誇り高い古代エルフは、竜族の脅しなどに屈することはない!」
「時間もないし、次は何をすればいいんだ?」
「少しマナの量が多いからといい気になりおって、次こそギャフンと言わせてやる」
何やら子供のケンカみたいになってきたな、漫画じゃあるまいしギャフンってなんだ。
「ほれ、早く条件を出すのじゃ」
「いちいちワシに指図するんじゃない!
空を飛んできたならわかっていると思うが、ワシらの里は森の中にある。この里で海産物を口にできる機会は、百二十八年に一度開かれる神樹祭の時だけだ」
「その時はどうやって手に入れるんだ?」
「この里には神器と呼ばれとる魔道具があるのじゃ。それを使うと中に保存した物の腐敗を防げるのじゃよ」
「それは凄い道具じゃないか」
「保存できる容量は小さいのじゃが膨大な量のマナが必要でな、一度使うと次に利用できるまで百年ほどかかってしまう、使い勝手の悪い魔道具なのじゃ」
「それで百二十八年ごとに祭りが開かれるのか」
どんな祭りなのか一度見てみたいな。なにせその間隔だと、よほどタイミングが良くなければ、生きている間に見られる可能性すら無い。
「お前にはそれを用意してもらおう、期限は今日の昼食までにだ。さすがにこれは無理だろう、もちろん竜族や精霊――」
「それはもうわかったから言わなくていい。それで、どれくらいの量を揃えればいいんだ?」
「人の話は最後まで……って、用意できるだと? ハッタリもいい加減に――」
「昼食までには時間がないだろ、すぐ買いに行きたいからさっさと必要な量を教えてくれ」
「くっ……よかろう、ではこの桶が一杯になる量を手に入れてみろ」
里長は大きな桶をその場に出したが、この人も収納魔法を持ってるのか。それならさっきの巨岩を収納するのに、どれほどのマナが必要かも大体わかってるんだろう。
「リュウセイ君、私が出しちゃおうか?」
「ヴィオレの手を借りたら文句が出そうだから、チェトレまで買いに行くよ。朝市はもう終わってるだろうけど、店にはまだ売ってるしな」
「われはここで留守番でも構わぬか?」
「スファレにも積もる話があるだろうし、ここでゆっくりしていてくれ」
『儂らはオーボの近くに行っとるよ。リュウセイのそばにおったら、あらぬ疑いをかけられそうだしな』
『気をつけて行ってきて下さいませ、リュウセイさん』
「ありがとう、バンジオ、モジュレ」
「私も近くにある花を見てくるわ、また後でねリュウセイ君、スファレちゃん」
「すぐ戻ってくるから、これが片付いたらお昼にしような。
みんなはさっきの広場に戻っておいてくれ、じゃあ行ってくる」
《ゲート・オープン》
それぞれ挨拶をすませた後に転移門を開き、俺はチェトレに移動した。
―――――*―――――*―――――
龍青が転移したあとの現地は、戸惑いと驚きの空気に包まれていた。何かの呪文らしきものを紡いだ瞬間、どこか別の場所の風景が現れ、そこに龍青が入ると跡形もなくきれいに消えてしまったからだ。
「こっ、今度は何の魔道具を使ったんだ、姿を消してなにか企んでいるのではあるまいな」
「何故そう穿った見方しかできんのじゃ、あれは転移魔法じゃよ」
「古代遺跡に設置された魔道具ならまだしも、転移魔法などこの世に存在するわけない! またワシらを騙そうとしてるのか」
「ついさっき巨岩を収納する瞬間を見たじゃろ、いい加減目の前で起こっとることを受け入れたらどうじゃ」
「あれは消えたように見せかけているだけだ、あんな大きな物が収納できるわけ無いだろ、ワシらエルフ族でも無理なんだぞ」
「赤竜のオーボが寝そべっとるではないか、消えたように見せかけたと言うなら、あれはどう説明するのじゃ」
「ぐぅ……っ」
竜族のマナは大容量だが、通常の魔法が使えないことはエルフたちも知っている。それに精霊や妖精の使う魔法は、マナ以外の力を利用するものだ。そう考えると、あの巨岩が消えたのは収納魔法以外にはありえないが、それを簡単に認めるわけにはいかなかった。
人型種族の頂点に立つ竜人族にならまだしも、弓を使った戦闘や魔法に関して、人族に負けるなど今までありえなかった。特に魔法に関しては、マナの量も古代エルフは恵まれている。真白と同程度の量があるスファレですら、この里の中ではマナの量が少ない部類に入る。
「世界はとてつもなく広いのじゃ、古代エルフ族はもっと外に目を向けるべきなのじゃ」
「あのような色欲にまみれた場所はお断りだ、どうしてお前は他種族の男といても平気なんだ」
「われとて男に色目を使われるのはゴメンじゃが、リュウセイは決してそうはならんのじゃ」
「あいつは人を愛せぬような特殊な性癖でも持っているのか?」
「リュウセイはどんな種族であっても、別け隔てなく接してくれる懐の深い男なのじゃ。そうでなければ、精霊王や妖精がそばにおるなど考えられんじゃろ?」
精霊の気配が感じられるエルフ族ですら、その頂点に立つ存在に会えることなどない。そもそも精霊王とは、人の世に出てこない存在として語り継がれているほどだ。それが同時に二人も現れ、しかも人族と一緒に生活していると言っている。
周りに集まっている野次馬たちが大人しいのも、竜族や精霊王といった上位存在と共にいる者を怒らせて、報復されるのが怖かったからだ。
「それでお前はどうなんだ、精霊王などが近くにいて恐ろしくないのか」
「一緒に風呂に入ったり、同じベッドで眠ったり楽しくやっとるのじゃ。それに、われは緑の精霊王から祝福をもらっとるのじゃ」
「なっ……精霊王の祝福だと!? あれは実在するものだったのか」
「今のわれには精霊の気持ちも伝わってくるし、大抵の願い事は全て聞き届けてくれるのじゃ」
そう言って意識を集中させたスファレには、丸く光る精霊たちが見られるようになり、手を差し出すとすり寄って甘えてくれる。普通の人には、何もない空間に手に差し伸べているだけにしか見えないが、エルフ族にはスファレの近くに精霊たちが集まってくる気配を感じることが出来た。
「信じられん、周りの精霊たちが全てスファレのもとに集まりだした」
「やはりこの里にいる精霊たちは、皆のんびりしておるのじゃ。それに精霊王が近くに来て、とても嬉しそうなのじゃ」
「その力、お前は一体どうするつもりだ」
「精霊王の祝福は、リュウセイたちに出会ったおかげで授かることが出来たのじゃ。この力は彼とその家族を守るために使うのじゃ」
里長や周りに集まった野次馬たちに向けて浮かべた優しい笑顔は、誰もが見惚れてしまうほどの輝きを放っていた。それはスファレがこの里にいた頃に決して見せることのなかった、本当の幸せを手に入れた者にしか出来ない極上の微笑みだった。
自滅への序曲(笑)




