第143話 古代エルフの里
ここから3話に渡ってエルフの里編をお送りします。
少しきつい言動がありますが、本人たちもあまり気にしていないので、安心してお読み下さい。
赤竜のオーボが霊山まで俺たちを連れて行ってくれることになり、まずは入山許可をもらうためにスファレの生まれた古代エルフの里に向かってもらっている。
「まさか、このような体験ができるとは思っていなかったのじゃ」
「俺たちの世界には空を飛ぶ乗り物があったけど、小さな窓から外を見ることしか出来なかったから、こうして周囲を見渡しながら飛ぶのはすごく気持ちがいいよ」
「妖精族の飛ぶ速度はあまり速くないから、なんだかとても新鮮な気分ね」
『儂らとてこの速度は出せぬな』
『わたくしも水の流れる程度の速度で飛んだことしかありませんわ』
『タムの坊主には負けるが、余も飛ぶ速度には自信があるのである』
上空から見ても視界を置い尽くすほどの広さがある森に生えている木が、どんどん後ろに流れていくのでスピードはかなり出ているはずだ。これだけの速度で飛んでいるのに、シールドのおかげで風は一切感じず、風切り音も少ないので会話にも困らない。
「スファレの里に竜が降りられそうな場所はあるのか?」
「中央に催事用の大きな広場があるのじゃ、そこなら竜といえども降りられるのじゃ」
「しかし、まさか空から里帰りしてくるとは思わないだろうな」
「あやつらの驚く顔が目に浮かぶのじゃ、ひっひっひっ」
抱きかかえているスファレの顔を覗くと、やはりちょっと悪い笑みを浮かべていた。俺と一緒に行くとあらぬ誤解を受けてしまいそうだが、転移魔法のポイントを登録するためだから仕方がない。機嫌を損ねて入山できないような事態だけは避けられるようにしよう。
◇◆◇
ある程度の高度で水平飛行になって下を眺めているが、一言で森と言っても標高の違う場所もあり、大きな川や湖があちこちに存在する。
そうやってしばらく飛んでいると、眼下の森に周囲とは異なる模様のような場所が見えてきた。高度が高すぎてまだ良くわからないが、そこだけ木の生え方がまばらで、不自然に開けた部分が目立っている。
「あそこに見える少し開けた場所がそうなのか?」
「広い畑もあるし広場も見えるのじゃ、あそこがわれの生まれた里なのじゃ」
『中央に見える丸い広場に降りれば良いのであるか?』
「そこが催事用広場なのじゃ、よろしく頼むのじゃ」
オーボは上空で大きく旋回してから停止し、丸い広場に向かって垂直に下降しだした。地上にどんどん近づいていくと、上を見て騒いでいる人たちが見えてくる。赤くて目立つ竜が自分の里に降りてきているのだから、仕方がないだろう。
地上に到着したのでスファレを抱きかかえて地面に立つと、大勢の人が遠巻きにこちらを見ている。当たり前だが全員の耳は長く、容姿はとてつもなく整っているので、なんとも言えない迫力を感じてしまう。
男性のエルフは少し背が高いが、それでも真白と同じくらいだ。中年や老人の容姿をしている人が極端に少ないのは、青年期が特に長い古代エルフ族の特徴だろう。
「向こうから走ってきてるのは誰だ?」
「あれが里長じゃよ」
「ここの代表者ってわけか」
奥の方から三・四十代に見える男性が近づいてきたが、さすがにこの格好ではまずいので、抱いていたスファレを下ろして真っ直ぐ立つ。シェイキアさんから預かってきた親書を収納から取り出して、いつでも渡せるように準備しておいた。
「一体何の騒ぎだ!」
「久しぶりじゃな」
「お前はスファレ。これは一体どういうことだ、まさか竜に乗って帰ってきたというのか。それに隣に立つ人族はなんだ、そのような者を連れてきおって、自分が何をしたかわかっておるのか! そもそもお前は――」
「少しは落ち着くのじゃ、一度にあれこれ言われても答えられんのじゃ」
「くっ……女のお前が里長のワシに偉そうなことを」
シェイキアさんが泊まりに来たときに言っていたが、男性上位社会というのは本当のようだ。スファレは周りに集まっている男性たちにもキツイ視線を向けられているし、こんな場でなかったら抱きしめて守ってやりたいところだ。
「われの隣に立つ人族の男はリュウセイ、そして赤竜の名前はオーボなのじゃ」
「俺の名前は龍青、今日は突然訪問してしまって申し訳ない」
『余は赤竜のオーボ、縁あって知り合ったこの者たちを、ここまで運んできたのである』
「リュウセイの頭の上におるのが花の妖精ヴィオレ、そして緑の精霊王バンジオと青の精霊王モジュレじゃ」
「花妖精のヴィオレよ、よろしくお願いするわね」
『儂が緑の精霊王バンジオだ、今はこの者たちと共に暮らしておる』
『わたくしは青の精霊王モジュレといいますの、皆さま宜しくお願いいたしますわ』
「せっ、精霊王様が二人に妖精がどうして……」
周囲からは竜族に協力してもらえる俺の素性や、妖精や精霊王が頭の上にいることに、憶測や疑問の声が上がっている。女性はずっと離れた場所にいるが、お互いに顔を見合わせて何かを話していた。ここまで距離を開けられているのは、やはり他種族の男がいるからだろうな。
「今日はこの里の代表者にお願いがあって訪問させてもらったんだ、まずはシェイキアさんから預かってきた親書を読んで欲しい」
「シェイキアだと、王家に取り入ったあいつが、今更なにを要求してくるつもりだ」
「ほれ、これが預かってきた親書なのじゃ、裏にはちゃんと王家の紋章も入っておる」
スファレが王家の刻印で封蝋された手紙を里長に手渡すと、それを確認して渋々といった感じに読みはじめる。しかし、徐々にその顔が怒りの表情へ変化していった。
「ならん! 絶対にならん! 霊山にワシら以外が足を踏み入れるなど、あってはならん」
「親書にも書いておったじゃろ、この大陸に関わることなんじゃぞ、我らのわがままを通すわけにはいかんのじゃ」
「あの山はワシら古代エルフの祖先が、神から授かった場所だ。こんな得体のしれん連中が入り込むなど、神の怒りを買ってしまう」
『この者たちは儂らが認めた人物だ、それでも無理と申すか』
『わたくしたちと同じ精霊王があの場所に囚われておりますのよ、今回だけでも許可できませんこと?』
「いくら精霊王様の頼みとはいえ、ワシらより劣る種族を近づけるわけにはまいりません」
「あなたたち、ちょっと融通がきかなすぎるわよ」
『面倒なので、余が焼き払っても構わんのである』
「すまないが焼くのは勘弁してやって欲しい」
オーボの言葉で広場内が緊張に包まれ、中にはガタガタと震えだした人までいる。しかし、ここまで頑なに拒否されるとは思ってなかった。精霊王の言葉まで聞き入れてもらえないと、もう打つ手はないかもしれない。
「里長は先ほど“ワシらより劣る種族”と言ったが、リュウセイが古代エルフより優れていると証明できれば、入山を認めてくれるのじゃな?」
「そこの劣等種族がワシらより優れているだと? バカも休み休み言わんか、そんな事は天地がひっくり返ってもありえん」
「ならば今からそれを証明してやるのじゃ」
「良かろう、ワシら全員を納得させるだけの力を示すことが出来れば、入山を認めてやろう」
スファレの口元が少し釣り上がっているが、うまく言質を取れたからだろうな。
「ここに集まっとる者で、弓の腕が一番立つのは誰なのじゃ?」
「それは俺だ」
「なら一度リュウセイと戦ってみるのじゃ。弓に有利な距離は開けてやるから心配は無用なのじゃ」
「その男の色はなんだ、うまくワシらを誘導して有利な条件にしている訳ではないな?」
「俺は収納魔法持ちだ」
広場の中央に進んできた若い男性と里長の前に、収納していたいくつかの物を取り出してみせる。
「飛翔系でも持っていれば勝ち目はあったかもしれんが、収納魔法でどう戦うのだ。飛び道具でも出すつもりか?」
「いや、俺は素手で構わないぞ。武器を使ったら負けにしてくれてもいい」
「ナメやがって、俺の弓で穴だらけにしてやるから覚悟しろ」
「万が一にも無いとは思うのじゃが、急所は外してやるんじゃぞ」
「それくらいわかってる! それよりさっさと倒して、お前の目を覚まさせてやる」
スファレが俺と弓の上手い男性を先導して立たせてくれたが、さすがに縮地の有効距離を熟知しているだけはある。自分にこっそり強化魔法をかけながら、その策士っぷりに心の中で拍手をした。
「それでは始めるのじゃ、二人とも準備は良いな」
「俺はいつでも構わないぞ」
「素手で戦うなんてカッコつけやがって、後で言い訳するなよ」
「無駄口はそれくらいにしておくのじゃ」
「合図はワシが出す、スファレが小細工をするかもしれんからな。
……では、始め!」
里長の合図で弓を手にした男性は、流れるような動作で矢をつがえる。その動きに見入ってしまうが、スファレの所作より少し粗い感じがするのは、憤ってるからだろうか。
男性が腕に力を込めて弓を引き絞った瞬間に、俺は必勝の呪文を唱えた。
《ショート・ワープ》
一瞬で男性が目の前に迫り、その顔が驚きに変わるがもう遅い。そのまま後ろに回り込んで、羽交い締めにして体を持ち上げた。小柄な古代エルフだけあって、簡単に足が地面から離れてしまう。
「一体何が起こったんだ、ちくしょう離せ!」
「負けを認めるのじゃな?」
「くそっ、これ以上こんな無様な姿を晒したくない、負けを認めるから下ろせ」
腕力で劣るエルフ族では力押しに勝てないので、がっちりホールドすると為す術がなくなる、出来ることは足をばたつかせるくらいだ。
拘束を解いて地面に下ろすと、男性は悔しそうな顔で下を向きながら、集団の中に消えていった。
「今のは一体何だ、どんな魔道具を使ったんだ」
「魔道具など使っておらんのじゃ、これはリュウセイの持つ特技なのじゃ」
「どんな奇術を使ったのかは知らんが、やはり自分たちに有利な条件で勝負を仕掛けたな。そんなことで実力を認めるわけにはいかん、次の条件はワシが出す」
開始の合図も自分で出すと言いだしたり、勝負の結果にケチを付けたり、なかなか面倒くさい人だ。ちょっとオーボに焼き払ってもらいたくなってきた。
里長の出す試練とは一体……
次回をお楽しみ下さい。




