第142話 訪問者
誤字報告ありがとうございます。
自分で校正すると抜け字や文字順を脳内補完して、Typoglycemiaみたいに読んでしまう……
海水浴から帰ってきて数日が経ち、赤月に突入した。シェイキアさんからも親書をもらったが、まずはスファレの住んでいた里にどうやって行くかが問題になっている。
水や食料を確保する必要ない分だけ移動に費やせる時間は増えるが、人数が多いのでどうしてもペースは落ちてしまう。だからといって転移魔法の使える俺を含めた少人数でまず移動して、その後に家族を迎えに行くという案は却下されている。
長旅をするならパーティメンバーが揃っていないと嫌、これは全員で決めた我が家のルールだ。
スファレの試算では一日の移動距離は、ソロで旅をしていた時と同程度になるだろうということだった。つまり里に行くまで半月程度、そこから霊山へひと月程度かかる。
ほぼ森の中の移動なので、これまで以上に入念な準備が必要だ。
しかしその懸念は思わぬ形で解消された。
◇◆◇
スファレとは何度か森の奥まで入っているが、まだ一日で戻れるような場所にしか行ったことはない。それでも天候などの悪条件が重なると、迷って出られなくなるのがこの世界にある森だ。
「エルフ族、どうして森、迷わないの?」
「種族的な理由ゆえ明確な説明はできんのじゃが、距離と方向が感覚的にわかるのじゃ」
「それって、お兄ちゃんが街やダンジョンで迷わないのと、同じ感じだよね」
「逆にわれは人工物や不自然な構造物が多い所は苦手じゃ」
「最初にギルドで会った時も、街で迷子になっていたんでしたね」
「とーさんとスファレおねーちゃんがいると、どんな場所でも迷わないね」
「父さんは自分の足で歩いて地図を頭の中に作り出すか、市販のものを利用する必要があるから、初めて行く場所でも迷わないスファレには敵わないよ」
膝の上に乗せて一緒に大陸の地図を見ていたスファレの頭を撫でると、もたれかかっている上半身を左右に動かして機嫌の良さを伝えてくれる。
「でもこの西部大森林って広すぎだよー」
「地図で見てもピンときませんが、船で旅した王都とチェトレがこの距離ですから、端から端まで歩くなんて考えたくないです」
「でも霊山の位置がここなら、直接行ったほうが近道なのよね」
「まったく、面倒な事この上ないのじゃ」
西の大森林というのはとにかく広大だ、その中で一番勢力を持っているのが、スファレの住んでいた里になる。そのため、森林全体を統括する立場にあるようだ。
「国に迷惑を掛ける訳にはいかないし、スファレにも嫌な思いはしてもらいたくないから、許可はしっかりもらわないとな」
『リュウセイよ、話の途中にすまんが、ちょっと良いか』
多目的ルームにいたバンジオとモジュレが揃ってリビングに来て、集まっていた俺たちを見回すようにして話しかけてきた。
「どうしたんだ?」
『王都の近くに竜族が来ておるらしい、精霊が慌てて儂に伝えてくれた』
『青竜のタムさんに、わたくし達が王都にいると伝えておりますので、何か用事があるのではないかしら』
「ふぉぉぉぉぉー、竜族にまた会える、今度は何色なんだろう!」
「誰かに見つかって騒ぎになる前に会いに行ってみようか。
イコとライザも一緒に来てみるか?」
「皆さまの話を聞いて、竜族には一度会ってみたかったのです」
「ぜひお供させて下さいですよ」
「バニラちゃんも、いっしょに行く?」
「キュキュキューイ!」
せっかく近くに来てくれたんだし、家族全員で会いに行ってみよう。
◇◆◇
精霊たちの話によれば、フィドと出会った丘の向こうに竜族がいるようだ。人目について騒ぎにならないよう、しっかり配慮してくれているんだろう。
「今回は俺が抱っこして丘を登るよ」
「うん、ありがとうリュウセイ」
「イコちゃんとライザちゃんは、坂道を歩いても大丈夫?」
「浮いて登っていけば心配いらなのです、マシロ様」
「あまり速度は出ないですが、楽に登れるですよ」
「じゃあ、私が手を繋いで引っ張ってあげようかー?」
「それならクリムちゃんがイコさんをお願いします、私がライザさんを引っ張っていきますね」
「ありがとうございますなのです、クリム様」
「アズル様に引っ張ってもらうのは楽しみですよ」
「ライムもイコおねーちゃんとライザおねーちゃんを、ひっぱってあげる」
ライムを真ん中にして左右にイコとライザが浮かんで手をつなぎ、反対側の手をクリムとアズルに握られて、横一列になって丘を登り始めた。ライムの身長が低いので浮かんだ二人の体は斜めに倒れてしまうが、後ろから見てもスカートの中は謎の暗黒空間なので安心だ。
俺もライムから預かったバニラを肩に乗せ、ソラを抱きかかえた手と反対側を真白とつなぐ。スファレは真白とコールに手を繋がれているので、こちらも横並びになって歩いていった。
◇◆◇
丘の頂上まで行って下を見ると、少しなだらかな場所に赤い竜が寝そべっているのが目に入る。名前はオーボで、年齢は確か八百歳くらいだったな。
『そなたらが噂の流れ人一行だな、余の名はオーボ。見てのとおり赤の竜である』
『精霊は色まで伝えられぬが、オーボが来ておったのか』
『久しいなバンジオ、息災であったか?』
『竜族に心配をされるほど耄碌しておらぬよ』
『こう言っておりますが、わたくしもバンジオも危うく消えかけるところでしたのよ』
『なんと! そのような事態に陥っておったのであるか。こうしておるということは、大事ないのであるな?』
『この者たちのおかげで、儂もモジュレも自由に動けるようになったし、今は聖域に暮らしておるから心配いらんよ』
『タムの坊主に王都におると聞いたが、聖域であれば安心して暮らせるのである』
「キュキューン!」
オーボは竜族では二番目の年長者だからだろう、とても面倒見のいい大人といった感じがする。
全員の自己紹介をしてここに来た目的を聞いてみたが、赤の精霊王の目撃情報を伝えに訪ねてくれたらしい。
地脈の淀みを解消していたときに赤の精霊王が偶然通りがかり、霊山で精霊が困っているから様子を見てくると、少しだけ言葉を交わして別れた。その時は気に留めなかったが、まさか邪魔玉絡みだとは思ってなかったようだ。
『ここに来る前に余も霊山に行ってみたが、不審な気配は感じられなんだのである。あれは赤の精霊王が封印をしていたのが理由であるな』
「モジュレが精霊たちから聞いた話を合わせると、エレギーがいるのは間違いないだろうな」
『余の体では風穴には入って行けぬ、そなたらが頼みである』
「ライムたちなら入れる大きさなの、オーボじーちゃん」
『細い裂け目の奥にあるのだが、人ならば十分通れるのである』
「岩壁に挟まれた通路の先に洞窟があると聞いておるのじゃ。かなり奥まった場所に入り口があるので、われも入ったことはないのじゃが、そこは常に風が吹き出す場所なのじゃ」
「こうして目撃情報も集まったし、本格的に出発日を決めようか」
旅の準備は少しづつ進めていたが、なるべく早く出発して冬の季節が始まるまでには帰ってこよう。なにせ霊山は夏でも結構涼しいらしいので、暖かいうちに訪れたほうがいい。
『少人数であれば、余が送り届けてやるのである』
「うぅっ、空の旅は遠慮しておきます」
「アズルちゃんは無理だし、私もお留守番かなー」
出発の準備に頭を巡らせていたら、オーボから意外な提案をされてしまった。アズルの顔が青くなったが、俺が場所を覚えてから来てもらおう。
「空の旅興味ある、でもリュウセイと真白とスファレは必須」
「その前にスファレの生まれた、古代エルフの里に行かないといけないんだ」
『何故そのような手間を掛けるのである、直接霊山に行けばよいであろう?』
出来るなら俺たちもそうしたいが、国の中枢に関わる人と知り合ってしまったから、あまり波風は立てたくない。その辺りをオーボに説明していった。
「霊山は古代エルフが神より授かったなどという伝承が残っておるのじゃ、それゆえ勝手に入ると面倒なことになってしまうのじゃよ」
『全く面倒な連中である、思わず焼き払ってしまいたくなるのである』
「オーボ様、意外に短気なのです」
「スファレ様の生まれ故郷ですから、焼くのは無しにして欲しいですよ」
オーボはマナの使い方が竜族の中で最も長けているそうだ。他の竜より強い攻撃ができたり、マナをシールド代わりに使えたりするらしい。空を飛ぶ時もそれの応用で守ってくれるので、風の影響を受けたり落ちたりする心配はないとのことだ。
『して、誰を連れていけばよいのである』
「エルフの里に大人数で押しかけたくないから、まずはスファレと俺の二人だけで行こうと思う」
「私は一緒に行かせてもらうわ」
『儂もついてゆくぞ』
『わたくしも行きますわよ』
『あいわかった、任せるのである。余も赤の精霊王が気になるのである。霊山にしばらくとどまるゆえ、飛びたい者がおれば、事が済んだ後に乗せてやるのである』
「ありがとうオーボ、わたし乗ってみたい」
「ライムものりたい、オーボじーちゃん」
「私も空の散歩をしてみようかな」
アズル以外はみんな興味あるみたいなので、何度か飛んでもらうことになりそうだ。少し短気なのはさっき判明したが、こんな所は面倒見の良いおじいちゃんという感じがして親しみやすい。
『そうと決まればさっそく出発するのである。グズグズしておると日が暮れてしまうのである』
「それじゃぁ、行ってくるよ」
「われの里の位置は知っておるのか?」
『西の森にある大きな里であったな、聖域化した場所で間違いないであるか?』
「まずはそこに連れて行って欲しいのじゃ」
『では、余の手の上に乗るがいいのである』
少し低い姿勢になって、水をすくう時のように曲げてくれた手に、スファレを抱きかかえるようにして乗り込んだ。
「とーさん、行ってらっしゃーい」
「頑張ってね、お兄ちゃん」
「リュウセイさん、スファレさん、よろしくお願いします」
「あるじさまー、スファレちゃーん、空の旅楽しんでねー」
「落ちないように気をつけてください、ご主人さま、スファレさん」
「エルフの里、ちゃんと覚えて私も連れて行って」
「行ってらっしゃいませなのです、旦那様、スファレ様」
「お気をつけて行ってくださいですよ、ヴィオレ様、バンジオ様、モジュレ様」
「ピピピーッ」
「キュイー」
みんなの見送りの言葉を聞いた後、オーボが低く浮き上がり加速をはじめる。森が見える場所まで到達すると一気に上昇して、更にスピードを上げた。
加速や上昇で体が引っ張られる感じはあるが、何かにそっと支えられているので飛ばされることはなかった。風切り音はするのに風は感じないし、これがマナを使ったシールドなんだろう。
こうして、竜に乗って二度目の空の旅をすることになった。
第3話で黒竜のドラムに乗せてもらった時にも書いていますが、竜族が本気で飛ぶと風圧や加速で簡単に吹き飛んでしまいます。




