第127話 手がかり
一緒に暮らし始めたバンジオは、多目的ルームを主な活動場所に選んだ。他の精霊たちともコンタクトを取って、精霊王の行方を捜索しているようだ。眠る行為ができないので家族に配慮してくれた形だが、リビングや寝室での会話に参加したり、毎日のお風呂は一緒に入ってくれる。
『リュウセイよ、少し構わんか?』
「どうしたんだ、バンジオ」
『青の精霊王の手がかりが見つかった』
リビングでおやつを食べていると、バンジオから声がかかった。青の精霊王モジュレの消息が途絶えた場所を絞り込めたらしい。テーブルの上に大陸の地図を広げ、みんなで取り囲む。
「最後の目撃情報はどこになるんだ?」
『この街に接しておる山には大きな滝がある、そこへ向かっていたのを見た者がいたようだ』
「実際にいるかどうかはわからないんですか?」
『儂らと違い精霊たちは大きな流れの中で暮らしておってな、自由に動けるわけではないのだ、マシロよ』
自然界にいる精霊は、ゆっくり流れる海流や気流のようなものに、身を任せている状態らしい。ある程度の範囲なら自由に動き回れるが、その流れを超えて移動することは不可能なため、たまたまこの場所にたどり着いた精霊に情報を聞けたそうだ。
「実際そこにおるかどうかは、行って確かめねばわからぬということじゃな」
「ピャチの街、竜人族の目撃情報ある、行きたいと思ってた丁度いい」
「問題はどうやって行くかだよねー」
「ご主人さまがついていてくだされば、狭い道でもへっちゃらです」
ピャチに行くには二つのルートがある、一つは大回りして馬車で移動する方法、もう一つが山岳地帯を越えていく方法だ。両者の所要日数には倍以上の開きがあり、時間を短縮するのなら断然後者がいい。
ただ何ヶ所か道幅の狭い崖道があり、高所恐怖症のアズルにはちょっと辛そうなのが問題だった。
「別に馬車で行ってもいいんだぞ?」
「もうすぐ海水浴の出来る時期です。あまり時間をかける訳にはいきませんし、私のことは気にしないで最短の経路を進みましょう」
「アズルおねーちゃんのことは、ライムも守ってあげるからね」
「ライムちゃんみたいな頼もしい子がいてくれれば、私はどんな苦難でも乗り越えられます」
「うふふ、愛されているわね、アズルちゃん」
アズルはライムを抱き上げて、膝の上に乗せて頭を撫でている。海水浴も楽しみにしているようだし、その気持と覚悟を汲んで山岳越えコースで行くことにしよう。
「準備はどうしますか、リュウセイさん」
「山岳地帯の旅だしロープとか用意しておく方がいいだろうけど、スファレはなにか知ってるか?」
「われの通っておった霊山は、人の手で整備されておる小さな山なのじゃ。すまぬがあまり役に立ちそうな知識は持っておらんのじゃ」
「その辺りはあまり気にしないでくれ、とにかく収納に詰め込んでおけばいいし、何かあっても転移魔法で帰ればいいから、安全性に問題は出にくいしな」
「旦那様、ベル様に相談してみてはいかがです?」
「色々な街に行っているベル様なら、良い助言をもらえると思うですよ」
「ナイスアイデアだよ、イコちゃんライザちゃん、お兄ちゃんそうしてみたら?」
「試作品の入浴剤を持って行くついでに、聞いてみるか」
シェスチーの街では入浴剤の試験生産がすでに開始されていて、それをいくつかわけてもらっている。王都で住んでる場所がわかっている人たちに、渡しに行こうと思っていたので丁度いい。
わずかな手がかりでも闇雲に探すよりだいぶマシだ、事故の無いように旅の準備はしっかり整えておこう。
―――――・―――――・―――――
翌日、手分けして買い出しをしたり、お土産を手渡しに行くことにした。ヴィオレは食料品の収納を請け負ってくれたので、ベルさんの家へはスファレと二人だけで向かっている。なんでも、シェイキアさんが変なことをしないように見張ってくれるそうだ。
別になにかされるとは思わないが、心配してついてきてくれるのは素直に嬉しい。
「こうして二人だけで歩くのは、初めて会ったとき以来だな」
「あの時はおかしなやつに出会ったと思ったのじゃ」
「いきなり耳を触ってしまったし、そう思われても仕方ないか」
「われに許可も取らずに近づいてきおったし、手篭めにされるかと思って少し怖かったのじゃ」
「あの時は家族にしかしないような事を、ついやってしまったんだよ、なんでだろうな」
「もうその事はどうでも良いのじゃ、それよりわれを抱っこして運ぶのじゃ」
こちらに両手を伸ばしてきたスファレを抱き上げ、そのままま通りを歩いていく。人族がエルフの異性を抱き上げている姿はかなり目立ってしまうが、小人族のソラや竜人族のライムでも程度の差はあれ注目されるので、ずいぶんそんな視線にも慣れてしまった気がする。
「しかしその後に凄いことを要求されたからな、あれはさすがに驚いたよ」
「あの時は取り乱しておった事もあるのじゃが、エルフを前にした時の態度が明らかに異なっとるリュウセイの真意を、確かめてみたかったのじゃ」
「さすがにあの状況で何かするような人間じゃないつもりだぞ……」
「われはもうリュウセイのことを信頼しとるし、こうして抱っこされとると落ち着くくらいなのじゃ」
少し落ち込んだ声を出してしまったので、腕の中にいたスファレが俺の頭をそっと抱きしめ、優しい手つきで撫でてくれる。背の高さこそ低いが、こうされているとやはり年上の包容力を感じる。
すれ違う人にガン見されてしまうけど、一体どんな風に思われているんだろう。以前この世界の価値観についても聞いたが、種族の壁については考えないようにすると決めているし、なでなでが心地良いので他人の目はスルー決定だ。
◇◆◇
初めてベルさんの家に来たが、門も立派で門番まで常駐している大きなお屋敷だった。アポイント無しで訪問したが、家の当主と同じ古代エルフのスファレがいるので、あっさり中に入れてくれたのがありがたい。一緒に来てもらって、本当によかった。
使用人の女性に応接室まで案内してもらっているが、廊下には壺や絵画が飾ってあり天井も高い。さすがに甲冑は置いてなかったが、あってもおかしくないくらいの趣がある。
「シェイキアのやつはこんな家に住んでおったのか」
「この廊下は野営用の小屋が出せそうなほど広いな」
「道から見える他の屋敷もみな大きかったが、貴族というのは贅沢な暮らしをしておるのじゃな」
庶民としては、廊下のような場所に高そうな調度品があると、壊してしまうんじゃないかと緊張する。掃除のときも気を使うだろうな、これ。
「リュウセイ君、スファレちゃん、いらっしゃい」
廊下の中心を二人で寄り添いながら歩いていたら、明るい声とともにシェイキアさんが階段を降りてきた。
「突然訪問してすまない」
「いいよ、いいよ、リュウセイ君とスファレちゃんなら、いつでも大歓迎だよ」
「お主に渡したいものがあったので寄らせてもらったのじゃ」
「二人が渡したいものってなんだろ、ちょっと想像できないけど楽しみ!
あっ、それより窓からチラっと見えたんだけど、スファレちゃんばっかりずるい、私も抱っこしてよー」
シェイキアさんが俺の近くに来て両手を伸ばしてくるので、しゃがんで腕に乗せて持ち上げる。使用人の女性が驚いた顔でこちらを見ているが、家の当主にこんな事していいんだろうか。
「お母様ったら、またリュウセイ君に甘えて……いい加減にしてください」
「だってスファレちゃんがやってもらってるの見て、羨ましかったんだもん」
「まったく、われのマネばかりしようとするのは、シェイキアの悪い癖なのじゃ」
今日のベルさんはシャツにズボン姿だが、口調は女性のものになっている。
「えっと、マラクスさんと呼んだほうがいいのか?」
「いらっしゃいリュウセイ君、スファレさん。家の中だし、ベルで構わないわよ」
「ベルさんにも聞きたいことがあったんだ、少し時間をもらっても構わないか?」
「えぇ、いいわよ」
了承の返事をもらえたので、四人で応接室に向かうことにした。
◇◆◇
部屋に案内してくれた使用人の女性がお茶を出してくれたので、ソファーに座りながら一息つく。この部屋もかなり豪華な作りになっていて、ソファーやテーブルも見るからに高級そうだ。
「これはシェスチーの街で開発中の特産品なんだ」
「これってお薬なの?」
「これは風呂のお湯に溶かして使う、入浴剤なのじゃ」
「シェスチーって白い温泉で有名な街だけど、これを入れたら同じになったりするの!?」
「全く一緒にはならないが、温泉成分の一部を粉にしているから、かなり雰囲気が似たお湯になる」
「それって凄いじゃない! 一体どうやって作ったのよ」
シェイキアさんとベルさんに湯の花のことや、露天風呂で出会った三人のことを説明して、商品化に向けて動いていると伝えた。話が進むに連れ二人とも微妙な表情になっていったが、俺はありのままを言葉にしているだけだ。
「なんで露天風呂に行っただけで、街の大物に出会って商品開発をトントン拍子に進めちゃうかなー、流れ人って怖いわぁ……」
「あやつらの方から声をかけてきたんじゃぞ」
「その時に地元の人だと聞いたから、湯の花をもらっていいか許可を取ろうとしたんだ。そうしたら、ゴミだから自由に持っていっていいと言われて、もったいない事をするんだと話したらこうなった」
「リュウセイ君って、とうとうこの大陸の経済にまで影響し始めたわね」
「もうその調子で国の三家を吸収して、国王になっちゃいなよ」
いやいや、それは絶対にお断りだ。
「それよりベルさんに聞きたいことがあるんだ」
「何かしら?」
「これからピャチの街に行きたいんだが、山岳越えの道を使おうと思うんだ。何か用意するものとか、注意点があれば教えて欲しい」
「残念だけど今はその道を通ることが出来ないのよ」
「一体どういうことなんだ?」
「つい最近、大きな落石があって道がふさがってしまってるの」
「とにかく大きくて硬い岩でね、簡単にどかしたり切り崩したり出来ないんだよ。みんな困ってるし、国にも何とかしてくれって陳情が届いてるんだけどね……」
細かい落石は全て取り除いたが、大きな石が完全に道をふさいでいて、人力で動かすのは不可能らしい。山の谷間のある道なので迂回路もないし、トンネルを掘るくらいしか解決策が無いみたいだ。
「それなら俺が収納で岩をどかしてみるよ。道の向こう側はヴィオレにお願いして上空から確認してもらえば、安全に作業できると思う」
「あっ……その手があったね!」
「だいぶ大きな岩みたいだけど大丈夫?」
「落石の大きさはわからないが、この屋敷くらいなら丸ごと収納できるし、いけるんじゃないか?」
「さすがにこの大きさのものが降ってきたら、もっと大事になってるよー。国にあがってる報告だと、大きくてもリュウセイ君たちの家程度だと思うよ」
「それくらいなら問題ない」
「話の規模が大きすぎて、私にはついていけないわね……」
「ベルの言うとおりなのじゃ……」
ベルさんとスファレは少し遠い目をしてしまってるが、大きな家を丸ごと収納というのは、ちょっとやってみたかった事だ。
「そうと決まったら国の方からリュウセイ君たちに指名依頼を出すわ、ベルちゃんも現場までついていってね」
「えっ!? 私も行くの?」
「国の依頼だから査察が必要だし、他の人にこの子たちの力を見られると都合が悪いでしょ」
「確かにそうね、わかったわ。私も一緒に行くことになるけど、構わないかしら?」
「ベルさんなら大歓迎だ、また色々教えてもらえるとありがたいよ」
「ベルちゃんはそのままピャチまで行って、報告もお願いね」
またベルさんと旅ができるのは楽しみだ。
国からの指名依頼を受けることになったが、成功すれば莫大なポイントがもらえる。みんなのランクも一気に上るだろう。思わぬ展開になったが事前に相談して良かった。
流れと言ってもその中を早く移動する精霊もあれば、長くとどまろうとする精霊もいます。
もちろん交差点や分岐点の存在もあるので、同じ場所にいてもバラけてしまいます。
すっかり準レギュラーになったベルですが、次章もイベント要員で登場します(笑)




