第124話 貸し切り温泉宿
誤字報告いつもありがとうございます。
こうして書いてる前書きや後書きにも誤字がありそう(汁;
お昼を食べた後に宿屋で空き室の確認をして、王都の自宅に戻ってきた。十日以上離れていたが庭も玄関もきれいで、家妖精のありがたさを実感してしまう。
帰還を察知したイコとライザが、玄関ホールで待ってくれているのもありがたい。やっぱりただいまを言える家というのはいいものだ。
「ただいま、イコ、ライザ、バニラ」
「お帰りなさいませなのです、旦那様、皆さま」
「お帰りなさいですよ、旦那様、皆さま」
「ただいま、バニラちゃん!」
「キュキューイ!」
一緒についてきたバニラが、ジャンプしてライムの胸に飛び込んでいる。留守の間もお風呂に入れてもらっているので、モフ係数はいつもどおり抜群だ。
『ほほぅ、お主が霊獣か』
「キューイ?」
「こちらのお客様は、どんな種族なのです?」
「見たことのない種族ですよ」
「この人は緑の精霊王バンジオといって、旅の途中で知り合ったんだ」
「精霊はスファレ様しか見ることが出来ないと思ってたですが、お話まで出来るなんてびっくりなのです」
「私は家妖精のライザ、隣りにいるのは姉妹妖精のイコですよ。よろしくお願いするですよ、バンジオ様」
妖精にも精霊の気配は感じられないから、お互いの交流が全く無いせいで、イコとライザも驚いている。この先の予定もあるので簡単に経緯の説明と自己紹介をすませ、一旦リビングに集まることにした。
『しかしここは驚くほど霊気に満ちあふれておるな』
「生まれたての霊木があれほど馴染んでおるし、われも驚いたのじゃ」
『精霊たちが自主的に手助けしとるようだし、ここの暮らしを楽しんどる霊獣の存在が大きく影響しておる』
「キューイ!」
「われらの里に足りなんだのは、その辺りかもしれんのじゃ」
少し落ち込んでしまったスファレを軽く抱き寄せ、頭をそっと撫でる。バニラの場合は自ら一緒に来たいと望んでいた分、ここの生活を存分に楽しんでくれているんだろう。
「それでバンジオさん、バニラちゃんを外に連れ出しても大丈夫ですか?」
『これほどの力を宿しとるなら、二・三日くらい外におっても大丈夫だ』
「やったー! いっしょに温泉にいけるね、バニラちゃん!!」
「キュキューイ」
「そうと決まればイコとライザも私服に着替えてくれ、温泉宿に泊まりに行こう」
「私たちも一緒に行っていいのです?」
「お留守番でも構わないですよ」
「みんな家族、一緒に温泉はいる」
「家族で入れる温泉なんだから、イコちゃんとライザちゃんも一緒じゃないとダメよ」
「うれしいのです! 旅行に連れて行ってもらえる家妖精なんて、他にいないのです!!」
「私たちはとても幸せですよ、すぐ着替えてくるので少しお待ちくださいですよ!」
二人にしては珍しくダッシュでリビングを後にし、二階まで駆け上がっていった。せっかくの温泉なのだから、誰かに遠慮しながらではなく思いっきり楽しめるほうがいい、そのためには家族全員参加が必須だ。
◇◆◇
白いワンピースに着替えイコとライザが戻ってきたので、シェスチーにつながる転移門を開く。こちらから誰もいないことを確認して順番に門をくぐると、目の前には源泉が吹き出す崖がある。
「旦那様の魔法は本当に凄いのです」
「この川が全部お湯なんて信じられないですよ」
「まずはみんなで湯浴み着を買いに行こうね」
「マシロ様、それは一体何をするものなのです?」
「言葉の響きは服っぽいですよ」
「お風呂に入る時に着る服だよ。今日は別に無くてもいいんだけど、明日は露天風呂も行ってみたいしね!」
真白がどさくさに紛れて何か言っているが、今日だって湯浴み着か水着は必須だからな。
「さすがマシロ、温泉三昧計画発動してる」
「あの、マシロさん……他人と一緒にお風呂に入るのは、ちょっと恥ずかしいんですが」
「大丈夫だよ、コールさん! あっちに見えてる露天風呂も、みんな湯浴み着で入ってるし、水着より露出は少ないからね」
ビシッと指差した先には、何かの人工物になってるものがあるが、この距離だと利用してる人や着ているものは判別不能だ。まさか真白には、それが見えているというのか……
「マシロちゃん凄いねー、獣人族の目でもあそこで何をしてるかまでは見えないよー」
「マシロさんの情熱には、獣人族を超える身体強化が働くのかもしれません」
「……マシロちゃん、恐ろしい子ね」
本当にヴィオレの言うとおりだ。
お湯の噴出口を熱心に見ていたイコとライザを抱き上げて、全員分の湯浴み着を購入した後に宿屋へと向かう。事前の打ち合わせ通りバニラをライムの守護獣として紹介して、特に何も言われること無くチェックインが完了した。種族の多彩さと守護獣持ちが二人いるのは、驚かれてしまったが。
◇◆◇
貸し切り宿になっている白煙の秘境は非常に大きな敷地だが、部屋数はそこまで多くない。高い塀で完全に仕切られた区画に、ベッドルームとリビングに食堂兼キッチンが付いた一軒家が建ち、裏に大きなお風呂がついているという構造になっているからだ。
浴室は家より低い場所にあって、周りを塀に囲まれているので景色を楽しむことは無理そうだが、家族だけで気兼ねなくお風呂を楽しめるの点が素晴らしい。
「シンプルにお湯を溜めるだけの浴室を想像していたが、かなり凝った作りになってるな」
「天然の石を組み合わせたような部分なんか、日本の露天風呂みたいだよね」
「泳げそうなくらい大きいね」
「お風呂で泳ぐのは行儀が良くないが、倍の人数でも入れそうなくらい広いのは予想外だった」
「洗い場も広いのです」
「お風呂場で木や植物を育ててるのは驚きですよ」
「空見えるとこある、屋根も途中までになってる」
湯船の一部は天井が開放されていて、空に浮かぶ星や月を楽しめるようになっているし、隅の方には低木がいくつも植えられているので、圧迫感がかなり抑えられている。宿泊代金をそれなりに取る宿らしく、設備や広さは文句なしのクオリティーだった。
「せっかくこんな宿を借りたんだから、まずは温泉だね」
「そうだな、温泉にゆっくり入った後にご飯を食べて、寝る前にもう一度入るか」
「さすがお兄ちゃん、温泉の楽しみ方はバッチリだよ」
「リュウセイさんまでこうなってしまうなんて、温泉って依存性がありそうで怖いです」
「それだけの魅力が詰まっとるなら、われも楽しみなのじゃ」
「私も楽しみになってきたわ、さっそく着替えてお風呂にしましょうか」
着替えの簡単な俺はベッドルームで服を脱いで、腰に巻きつけて紐で止める湯浴み着を身につける。元の世界にあったバスタオルのように、ループ状の糸がついている布ではないが、ふわふわとしていて肌触りがいい。
女性陣の着替えが終わって脱衣場に集合すると、水着姿のヴィオレを除いて全員が肩紐のついた袖のないワンピースタイプの湯浴み着を身にまとっていた。真白とコールは上半身がまろやかすぎるので、裾が危険水域まで持ち上がっている。
じっと見つめていると、湯浴み着の下には何も身に着けてないと意識してしまい、何かがゴリゴリ削られていく気がする。なるべく直視しないようにしよう。
『ところでリュウセイよ』
「どうしたんだ? バンジオ」
『儂まで一緒に風呂に入って構わんのか?』
「誰からも反対意見が出ていないし、バンジオも今は家族なんだから一緒に入るのは当然だ」
「バンジオおじーちゃんも、いっしょに温泉にはいろ」
「娘もこう言ってるから、思う存分温泉を楽しんでくれ」
『お主たちの価値観は、本当に面白いな』
「この家族はみんなリュウセイ君とマシロちゃんに感化されているし、あなたもそのうち慣れるわよ」
こちらに飛んできたヴィオレがニッコリ微笑んで、背中を押すように浴室に移動していった。何だかんだで、あの二人は仲がいい。
「あるじさまー、先に体を洗ってから入るのー?」
「この温泉は常にお湯が継ぎ足されてるから、体をさっと流してから入れば大丈夫だ」
「家のお風呂とは作法が違うんですね」
クリムの疑問に答えた後、全員でかけ湯をして温泉に浸かる。真っ白のお湯に体を沈めて深呼吸すると、お湯の中に入っている成分が放つ匂いがして、普通のお風呂より気持ちが落ち着く気がする。
「はぁ~……異世界に来て、にごり湯に入れるなんて思ってなかったよ」
「マシロ、にごり湯って何?」
「色のついたお湯のことで、私たちのいた国だと緑色かと茶色もあったんだよ」
「このお湯はまっしろだから、バニラちゃんとおんなじだね」
「キュキューイ」
お湯に浸かったバニラは完全な保護色になっていて、頭だけ水面に浮かんでいるように見える。アズルは育ての親に教えてもらった裸の付き合いが出来て嬉しいのか、クリムと一緒に俺の隣を確保してピッタリ寄り添っていた。
「おじいちゃんの言っている意味がわかりました、こうしてご主人さまと一緒に入るお風呂はとてもいいです」
「ほんとだねー、こうしてると溶け合って混ざりあって一つになれそうだよー」
「確かにこのお湯に浸かっていると、色々なものが溶けて流れていく気がするな」
「体が軽くなるような気がするのじゃ」
「このお湯、浮力多い?」
たしかに色々な成分が入ってる分、普通の水より体は浮きやすいかもしれないが、風情が無くなるので考察は程々にしておこうな、ソラ。
「流れに身を任せる入り方もいいわね」
『モジュレはよく水に浸かっておったようだが、これは悪くないものだな』
ヴィオレは水の上に背面の姿勢で器用に浮かび、バンジオはお湯から頭の部分だけ出して、流れに身を任せながら漂っている。二人ともサイズが小さいので、遠目には浮遊物のように見えてしまうが、あれはあれで楽しそうだ。
「このお湯に入ると、肌がツルツルしますね」
「それが温泉の薬効成分だよ、コールさん」
「温泉ってこんなにすぐ効果が現れるものなんですか」
「よく染み込むように肌に擦り付けたり、お湯の中で揉んだりするといいよ」
「妖精にも効果があるのかもしれないのです」
「イコちゃん、私たちもやってみるですよ」
真白が腕を水面近くに上げて、手でお湯をなじませるように擦り始めると、女性陣が全員真似をして同じことをやりだした。真白もかなり色白だが、他の家族も西洋人に近い白さがあって、全員肌がきれいだ。
ライムも真似をしだしたので俺がバニラを預かって、ヴェルデや近くに流れ着いたヴィオレとバンジオと共に、温泉をゆっくりと楽しんだ。
マシロ・Eye(兄に関する事なら獣人族を越える視力を発揮する)
マシロ・Ear(兄に関する事ならどんな小さな音も聞き逃さない)
マシロ・Wing(兄に対してなら羽が生えたようにテンションが上昇する)
超音波とか光線はありません。




