第121話 緑の精霊王の祝福
誤字報告ありがとうございました。
いつも助かっています。
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この話も中盤で視点が変わります。
精霊王のバンジオからスファレがもらった祝福は、過去に聖人や賢人と呼ばれる者に与えられたらしい。エルフ族にもその記録は残っていたが、伝記や英雄譚として扱われていたみたいだ。
「リュウセイと出会えたおかげなのじゃ、われの費やした時間に無駄はないと言ってくれた言葉が、実現した気分なのじゃ」
「本当によかったなスファレ」
「もっと頭を撫でるのじゃ、耳も思う存分触って構わんのじゃ」
時間が経つにつれて精霊王の祝福をもらえた実感が湧いてきたらしく、スファレの機嫌が天井知らずに上昇し続けている。ライムやソラがよくやるように、俺の胸に抱きついて甘えまくっている姿は、かなり可愛らしい。
「スファレおねーちゃん、ごきげんだね」
「今日はリュウセイの抱っこ、全面的にスファレに譲る」
「お兄ちゃんもすごく嬉しそうな顔だし、甘えてるスファレさんも幸せそうだし、それがいいね」
「この甘え上手な感じはシェイキアさんに匹敵しますー、短時間でこれだけ戦闘力が上がるとはー、この私の目をもってしても読めませんでしたー」
「出会ってすぐ、あるじさまと一緒にお風呂に入ってるから、最初から強敵だったもんねー」
相変わらずアズルは何かと戦っているし、最近はクリムも参戦しているようだ。
しばらく頭を撫でたり耳を触ったりしていたが、スファレの目がとろんとしてきて、今にも眠ってしまいそうになっている。
「スファレさん眠ってしまいそうです」
「その時はこのままベッドに寝かせてしまおう」
「エルフってもっと排他的な種族かと思っていたけれど、スファレちゃんやシェイキアちゃんを見てると、そんな感じは全く無いわね」
『古代エルフは最もその傾向が強いはずだ、それがこの様になるのは流れ人の持つ価値観や倫理観が、この世界の者とは大きく異なるからだろうよ』
元の世界で甘えてくれていたのは、妹や幼い子供か動物くらいだったので、今の状況は正直いって戸惑う部分も多い。しかし、こうして誰かに甘えられたり、ヴェルデやバニラに懐かれるていると、とても満たされた気持ちになる。
ただ、マナ共有で繋がりのなかったベルさんの守護獣や、妖精のヴィオレたちにも気に入られてる理由は、まったく不明だ。
「そういえばバンジオも俺の頭の上にずっといるが、やっぱり居心地が良かったりするのか?」
『妙に座りが良いのは確かだが理由はよくわからん、強いて言えば充実感のようなものを感じるな』
「ピピーピ」
「ちょっと抽象的すぎてわからないな」
『儂もこの世界に長く存在しとるが、全知全能ではない。一つ言えることは、そのままの自分で生きていけば良いということくらいだ』
「無理に理由を求めない方がいいわよ、リュウセイ君」
普通の精霊も集まってくる様ならスファレが気づいただろうし、こうしてバンジオが何かを感じ取っているのは、王という存在だからだろうか。わからない事だらけだが、例えそれが異世界人の持つ力だったとしても、考えた所で答えは出ないだろう、意識しすぎるのはやめておこう。
「私は大好きなお兄ちゃんのままで居てくれたら、他には何もいらないよ」
「ライムはどんなとーさんでも大好き」
「リュウセイさんは何があっても、根っこの部分はずっと変わらないと思いますよ」
「私とアズルちゃんが主従契約できたのは、二人の中に流れる古い血が、あるじさまの深い部分と繋がることが出来たからだと思うんだー」
「恐らくですがー、ご主人さまの本質的な何かだと思いますー」
「スファレがそうしてられる、きっとそのおかげ」
ソラに言われてスファレに視線を向けると、腕の中で寝息を立てていた。その顔は安心しきった穏やかなもので、この信頼を裏切らないようにしようと強く思いなおした。
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全員が寝静まって明かりの消えた小屋の中では、バンジオの体が淡く暗闇を照らしていた。ベッドのヘッドボードに立つバンジオの横には、腰を下ろしたヴィオレと羽を休めるヴェルデの姿があった。
『妖精のお主が人と一緒におるのは不思議だったが、理由がわかった気がするぞ』
「みんな凄くいい子たちでしょ?」
『この者たちでなければ、儂も祝福など与えんよ』
「竜族にも気に入られてるみたいだけど、精霊王も同じようになってしまったわね」
『お主とて妖精の中では、かなり高位の存在ではないのか?』
「花の妖精では一番上位になるかしら」
妖精は様々な種があるが、ヴィオレは花の妖精の中で女王と呼ばれる地位だった。聖域である泉の花広場を守っていたのは、そうした立場上の責任があったからだ。
『この者たちには話しておらんのか?』
「話しても今と変わらない態度で付き合ってくれると思うのだけど、何となく言いそびれてしまったから内緒にしておいてくれると嬉しいわ」
『精霊王の名にかけて約束しよう』
「でも、今までほとんど交流のなかった私とあなたのような種族同士が、こうして一緒に過ごしているなんて、なんだか不思議ね」
『ここにはほぼ全ての種族が集まっておるからな、このようなことは創世以来初めてではないか?』
「そんな快挙を成し遂げてしまうなんて、リュウセイ君たちはやっぱり面白いわ」
緑の精霊王であるバンジオは、大地を司っている。だが、近い立場にいる動植物に宿る妖精といえども、お互いに交流しようという発想にたどり着かなかった。精霊と妖精はそれほど見ている世界が違うのだ。
『しかし、こうして話してみると案外楽しいものだ』
「普通に出会っていたら、お互いに気にかけることすら無かったかもしれないけれど、話をしてみると意外にわかり合えるものね」
『儂は妖精とはもっと利己的なものだと思っとったからな』
「私も精霊は融通のきかない堅物ぞろいだと思ってたわよ」
二人はお互いの方を向き、ヴィオレは笑顔を浮かべ、バンジオは体を揺らして愉快な気持ちを伝えている。
『これもこの者たちが紡いだ縁か……』
「そうね……
そして、いま私にとって一番大切なものよ」
「ピッ!」
ベッドで眠る龍青たちに視線を向けたヴィオレの顔は、自身の存在理由である花を前にした時と同じように、愛おしいものを見守る表情をしていた――
―――――*―――――*―――――
翌朝、朝食を食べて馬の世話も終わり、街道に戻って北上する準備も完了した。予定に無かった行動をしてしまったが、スケジュールには十分余裕があるので問題ない。
『むっ……すまんが、少し待ってくれんか。どうやら知り合いがここに近づいとるようだ』
移動を開始しようとした所で、バンジオが俺たちにそう告げ、少し上空に離れていった。他の精霊王が心配して訪ねてきたのかと思ったが、視線の先っぽい空の方を見上げると、緑色の巨大な物体がグングン近づいてきている。
「とーさん、緑色の竜だね」
「確かにあの巨体で空を飛んでいるのは、竜族しかいないだろうな」
「ふぉぉぉぉぉー! また竜に会える!!」
確か緑色の竜は、グンデルという名前だったな。竜族としてはまだ若いみたいだが、それでも三百歳くらいのはずだ。
「バンジオさんに会いに来たんですよね?」
『あやつのことは幼い頃から知っとるのでな、たまたま近くでも通りがかったのだろう』
「グンデルちゃんは三百歳くらいだったかしら」
「われより年下じゃな」
なんというか年齢のスケールが大きくなりすぎて、三百歳でも子供扱いされてしまっていた。
スファレの年齢は五百十二歳だと具体的に聞いているし、バンジオもかなりの年月を精霊王として過ごしているのは間違いない。それに、ヴィオレも何だかんだと長く妖精として存在しているみたいで、船妖精のドーラやイコとライザにもお姉さんぽく振る舞っている。
『バンジオじーちゃーん』
『久しいなグンデル、元気にしておったか?』
グンデルが俺たちの近くにふわりと下り立ち、周囲に強めの風が舞う。馬たちは少し怯えてしまったようで、クリムとアズルが頭を撫でて落ち着かせていた。
『今までどこに行ってたのさ、あたいずいぶん探したんだよ』
『すまん、すまん、ちと厄介なものを封印しておったのだ』
『それって大丈夫なの?』
『ここにおる者たちに浄化してもらったのでな、もう心配はいらん』
『他の種族と一緒にいるからどうしたのかなって思ってたんだけど、一体何があったのさ』
バンジオが邪魔玉のことや、精霊に導かれて現場を訪れた俺たちの説明してくれているが、グンデルは興奮しているのか時々尻尾を動かすので、振り下ろされるたびに地面が揺れて馬が怯える。
「今まで会った二人とはちょっと違う感じだね、お兄ちゃん」
「すごく元気な竜ですね」
「黒竜のドラムも落ち着いた喋り方だったから、やはり若いからかもしれないな」
「竜は他の生き物を食べたりしないから落ち着いてねー」
「みんな優しい人なので大丈夫ですよ」
「竜も性格が色々、とても興味深い」
「われは竜族に会うのは初めてじゃが、皆こんな感じでは無いんじゃな」
「ドラムじーちゃんも、ベスじーちゃんも、フィドおばちゃんも、大人っぽい話しかただよ」
「バンジオもグンデルちゃんのことを孫みたいに扱ってるし、結構甘えん坊なんじゃないかしら」
二人の話も終わったのか、バンジオが俺の頭に戻ってきて、グンデルも歩いて近づいてきた。それを見たクリムとアズルは、馬を連れて少し離れた場所に避難している。いくら無害だといってもサイズが大きすぎて、馬にしてみれば恐怖しか無いだろう。
『グンデルじーちゃんが世話になったみたいでありがとね、竜族の一人として感謝するよ』
「たまたま近くを通りがかった時に精霊が困っているのを、ここにいるスファレが気づいてくれたんだ」
「邪魔玉を見つけたのはそこにおるソラじゃし、浄化したのは隣に立っとるマシロじゃが、精霊の役に立った上に褒美も受け取ったし、われも満足なのじゃ」
『じーちゃんに祝福してもらったんだって? 凄いね、歴史に語り継がれちゃうよ』
「有名になるつもりはないのじゃが、家族を守る力を得たのは嬉しいのじゃ」
歴史に名を刻む人物になってしまったスファレだが、こうして家族第一に考えてくれるのはとても嬉しい。頭をそっと撫でると、笑顔を浮かべながらこちらを見上げ、寄り添うように密着してくれた。
『あたいも何かお礼をしたいんだけど、じーちゃんみたいに一緒についていけないし、どうしようかなぁ……』
「その気持だけでも十分だが、もし良かったら抜けかけの鱗をもらえないか?」
『人族って変なものを欲しがるんだね』
「実は知り合いに竜の鱗が好きな人がいて、お土産に持っていくと喜んでくれるんだ」
『そうなんだ。じゃぁ、確か肩の辺りにグラグラしてた鱗が……これだ!
はい、これをあげるよ』
グンデルが自分の鱗を器用につまんで地面に置いてくれたので、それをそのまま収納へしまっておく。かなり大きな鱗なので、アージンのギルド長も喜んでくれるだろう。
四人目に会った竜は少し威厳が足りない喋り方だが、おじいちゃん子っぽくて親しみが湧く。バンジオのことをかなり心配していたみたいだし、安心できるようにもう少し話をしてから出発することにしよう。
次回でこの章が終了になります。
半生を費やしてやってきたことが、これで報われたんじゃないかなと思っています。
そしてヴィオレの素性もほんのりと(笑)




