第118話 北へ向かって出発
最後の方で少しだけ御者台側の視点が挿入されます。
買い出しや作りおきの準備も終え、いよいよ北へ向かって出発することになった。事前に借りた馬車で一旦家に戻り、イコとライザに荷台の掃除や土禁化をお願いしている。床に厚手の敷物を広げてクッションを持ち込めば、快適空間の出来上がりだ。
「二人ともありがとう、これならゆっくり過ごせるよ」
「皆さまが快適に旅をできるのなら嬉しいのです」
「帰ったらいっぱいお話聞かせて下さいですよ」
「とーさんが魔法で行けるようになったら、イコおねーちゃんとライザおねーちゃんと、バニラちゃんもいっしょに行こうね」
「キュキュキューイ」
全員でお出かけの挨拶をすませ、留守番組のイコとライザにバニラの頭を撫で、まずは俺が御者台に乗り込む。
「とーさん、ひざの上に座っていい?」
「あぁ、構わないぞ」
「私もリュウセイの隣行く」
「われも御者台に座ってみたいのじゃ」
「私は馬の頭から景色を楽しんでみようかしら」
「ピピー」
俺を中心にして膝の上にライムが座り、左右にソラとスファレが腰を下ろす。ヴィオレとヴェルデが馬の頭に降り立ったのを確認して軽く手綱を揺らすと、馬はゆっくりと進みだした。
西門を出る時に門番にちょっと驚かれたりもしたが、街道へ出ると雲ひとつない青空が遠くまで見える。あと二日もすれば青月になるので、もう天気が崩れる心配はない。
「絶好の旅行日和だねー、あるじさま」
「空もきれいで風が気持ち良いです」
「これから過ごしやすい季節になるし、景色も楽しみながらのんびり行こうな」
「旅は何度やっても楽しいね、コールさん」
「家族も増えて初めての旅ですから、とても楽しみです」
「皆との旅は間違いなく快適そうじゃからな、われも楽しみにしておったのじゃ」
お役目で強制的に旅をさせられていたスファレには、特に楽しんで欲しい。そんな願いを込めながら頭を軽く撫で、日差しの降り注ぐ街道を進んでいった。
◇◆◇
「よし、俺は三枚交換だ」
「ライムは二枚にしてみる」
「えーい、私は五枚交換するよー」
「あらあら、クリムちゃんは大胆ね」
「う~ん、私もご主人さまと同じ三枚で」
「われは四枚変えてみるのじゃ」
「わかった、リュウセイが三枚、ライムが二枚――」
今は御者を真白とコールに任せて、荷台に集まったみんなでカードゲームをしている。こんな事が出来るのも、ここを土禁にしたおかげだ。
「みんな、一斉にカード出して」
「俺はワンペアだったよ」
「ライムはつーぺあ出来たよ!」
「ふっふ~ん、私はすりーかーどだよー」
「手札を全部交換したのに、クリムちゃんは相変わらず豪運です。
あっ、私もつーぺあでした」
「われは役ができなかったのじゃ……」
カードを配る係をやってくれているソラの合図で全員がカードを表向きに並べると、クリムだけ同じ絵柄が三枚揃っていた。
「やったー、私の勝ちだー」
「クリムおねーちゃんが一番強いね」
「その運をわれにも分けて欲しいのじゃ」
以前二セット揃えていた絵札を更に二セット買い足して、トランプと同じ四種十三組の五十二枚でポーカーもどきをやっている。数字やマークの種類が無いので、ストレートやフラッシュの役は出来ないが、覚えやすくなった分ライムでも楽しめる。
何度か対戦した結果、今のところクリムの勝率が一番高い。四枚交換してフルハウスを組み上げたり、アズルの言葉どおり豪運でもあるのか、尋常でない引きを見せている。
「毎回ちゃんと混ぜ直してる、クリムの引きの良さ異常」
「このまま負けっぱなしでは悔しいのじゃ、次こそ勝ってやるのじゃ!」
逆にスファレの勝率が一番低い。堅実に交換したり大胆に交換したり、色々試してみているようだが、なかなか結果につながらない。
「次は俺が配る係をするよ」
「打倒クリム、頑張る」
「一緒に倒そうね、ソラおねーちゃん」
「二人がかりでも負けないよー」
「私もクリムちゃんに負けっぱなしでは、双子の矜持に関わってきます、ご主人さま次の札をお願いします」
クリムを倒すべく気合を入れるみんなの前に、俺は五枚のカードを配っていった……
―――――*―――――*―――――
「どうして捨てた札と同じ絵柄を引いてしまうのじゃ、納得がいかんのじゃ」
カードゲームで盛り上がっている荷台から、スファレの悲痛な声が聞こえてくる。
「すごく楽しそうですね、マシロさん」
「今度は私たちも参加しようね」
御者台に座っている真白とコールが少しだけ後ろを振り返り、ポーカーで盛り上がる家族の姿を優しく見守っている。
「めくった場所の絵を覚えて同じものを集めていく遊びや、相手の札を引いて同じ絵が揃ったら捨てていく遊びも楽しかったですが、リュウセイさんが教えてくれた新しいものも面白そうです」
「私たちの世界にあった遊び方を少しだけ簡単にしたものだけど、そんな遊び方ってこっちの人はしないんだね」
「同じ絵札を複数組み合わせて遊ぶなんて、普通は思いつきませんよ」
「お兄ちゃんは既存のものをうまく利用するのが昔から得意だったから、みんなが退屈しないように考えてくれたんだと思うよ」
龍青の表情は普段と変わらないように見えるが、かなり楽しそうにしていると真白にはわかっている。この世界に来てから他人とよく話すようになったし、娘ができて家族が増えるに従って、包容力がどんどん増していくのを感じ取っていた。
それは兄のことが好きという理由の本質部分であり、自分の中で龍青の存在がますます大きくなるのを、真白は自覚していた。
「面倒見もよくて、ホントにいいお兄さんという感じがします」
「私の大好きな自慢のお兄ちゃんですから!」
「次の街では、マシロさんが以前言っていた“野望”も叶いそうですし、良かったですね」
「最近のお兄ちゃんは、イコちゃんやライザちゃんと一緒のお風呂に抵抗が無くなってきたみたいだし、今が絶好の機会だよ」
手綱を握ったまま両腕に力を込めたので、馬車を引いていた馬が何事かと少し足を緩めていた。そんな真白の姿をコールはちょっと苦笑気味に見ている。
「でもリュウセイさんは一緒のお風呂に入ってくれるでしょうか」
「この間チェトレの朝市に行った時、お兄ちゃんはスファレさんと二人で別行動してたんだけど、間違いなく水着を買いに行ってるはずだから、覚悟は完了してると思うよ」
相変わらず真白は、兄の行動パターンを完璧に読み切っていた。
―――――*―――――*―――――
街道の広い場所があるからそこで野営にしようと真白から声がかかり、カードゲームを切り上げて準備を開始した。
「今日は一日お疲れさま」
「いっぱいご飯たべてね」
コールの出してくれたおいしい水を飲んで、餌もたっぷり食べた二頭の馬をブラッシングして、野営用の小屋の横に連結した屋根付きの簡易厩舎に繋いでおく。
イコとライザが作ってくれたものだが、さすがに家の妖精だけあって職人が作ってくれた小屋と並べても、見劣りしない見事なものに仕上がっている。
「二人とも喜んでるみたいだねー」
「街道の途中なのに、屋根のある場所で眠れるなんて普通はないでしょうし、良かったですね」
クリムとアズルに撫でられた馬も嬉しそうに嘶いているので、この簡易厩舎は気に入ってもらえてるようだ。
その姿を確認して、みんなも小屋の中へと入っていく。
人数が増えてきたのでベッドは収納してテーブルと椅子だけ置いているが、コールの照明魔法で明るく照らされた部屋の中は、チリ一つ落ちていない程きれいに掃除されている。
「こんな旅の仕方を知ってしまうと、もう元には戻れなくなるのじゃ」
「家にいるのとほとんど同じ、これあればどこでも住める」
「ソラちゃんと一緒の考えは、私もしたことがあるよ」
「ベルおねーちゃんが、街ではダメって言ってたね」
ドーヴァの街に行って荷物の整理をした時にそんな話題になったが、これを見てしまうと誰でもその考えに行き着いてしまうな。
「スファレさんは森の中で野営する時、どうしていたんですか?」
「われは一人旅ばかりじゃったから、洞穴や木のウロで寝ることが多かったのじゃ」
「それはちょっと辛そうだな」
「慣れればそうでもないのじゃが、もう同じことはしたくないのじゃ」
コールの質問に渋い顔で答えるスファレを見ていると、自分でもあまり経験したくないと思ってしまう。収納魔法がなかったら一人で運べる量は制限があるし、テントや寝袋みたいなものを持ちすぎたせいで、余分な行程日数がかかったら本末転倒だ。
「ねえねえ、森の中でもこの小屋で野営できるー?」
「先日ハグレと出会った時のように、開けた場所は所々にあるんでしょうか」
「どんな森でも大抵そのような場所は存在するのじゃ、その時はわれに任せておくといいのじゃ」
あぐらをかいた俺の足の上に座っているスファレが、力強くそう答えてくれる。その頭をそっと撫でながら、野営一日目の夜を過ごした。
名水〝コールのおいしい水〟
(どこかの社長みたいに顔写真つきのパッケージでw)




