第116話 二人だけの時間
前半はイコとライザの話になります。
お昼ごはんを食べた後に、この家の住人は全員が出かけていき、他の街で泊まる予定になっている。ここにできた聖域を護る霊獣のバニラは、いまはソファーの上で丸くなって眠っていた。
「ライザちゃん、これから何するです」
「家の中で出来ることは終わってるので、何も思いつかないですよ」
「旦那様は出かけてる間は好きに過ごしていいと言ってくれたですが、二人きりだと何をすればいいのか悩むのです」
「以前はこれが普通だったのに、もうその頃どうしてたか思い出せないですよ」
二人が意思を持ったのは、古い倉庫の中だった。
妖精が顕在化するのはいつも突然で、同じ場所で同時に生まれる確率は、とてつもなく低い。そしてイコとライザは、意思を持った瞬間からお互いに力の共鳴を感じている、更に特別な存在として生まれた。
「あの頃は半分諦めかけていたのです」
「このまま存在が消えてしまうと思ってたですよ」
「でも、こんなに力のあふれる家に宿ることが出来て嬉しいのです」
「ヴィオレ様のおかげですよ」
しばらくその倉庫で暮らしていたが、家の妖精として生まれたからには、どこかに宿って誰かの役に立ちたい。そんな気持ちを抱えながら、色々な家と契約を結ぼうとしたが、二人同時に宿るのは不可能だった。
大きな家なら力があるかもしれないと、貴族の屋敷や王城にある建物にも行ってみたが、どこも二人を支えられるキャパシティーがなく、家の妖精としての使命を果たせない日々を送っていた。
○○○
「あら? あなた達は家の妖精かしら」
「私は家の妖精のイコなのです」
「同じく家の妖精のライザですよ」
公園にある木の上でボーッと過ごしていた時に、声をかけてくれたのがヴィオレだ。
妖精は自分の関心あるもの以外に興味を示すことは少なく、どこかで出会っても普通はお互いにスルーしてしまう。しかしヴィオレは二人で寄り添っている姿を見て、とても興味を持ったと言って話しかけてくる、ちょっと変わった花の妖精だった。
「私は今、他の種族と一緒に行動していて、王都に家も買ったのだけど場の力は普通だったから、あなたたち二人同時に契約は無理ね」
「他の種族と一緒に生活してるなんて凄いのです」
「ちょっと想像できないですよ」
「私も少し前まではそうだったのだけど、知れば知るほど面白い子たちなのよ」
そうしてヴィオレは一緒に生活している家族のことを教えてくれたが、どこの家にも宿ったことがなく、二人以外の誰かと共に生きたことのない自分たちには、全く未知の世界に思えた。
ただ、同じ妖精族の彼女がこれほど心惹かれているという人たちには、ほんの少しだけ興味が湧いた。
「私たちは色々な場所へ旅をする予定にしているから、もし大きな力を持った建物が見つかったら教えてあげるわ」
「それはとてもありがたいのです」
「よろしくお願いするですよ」
家の妖精の数はあまり多くないが、建物に宿る時は早いもの勝ちだ。でも、住人に大切にされているうちは別の建物に移ったりしないので、自分たちのように野良妖精がたまたま見つけたりしない限り、棲み家に出来る可能性は十分ある。
他の妖精に世話を焼こうとする、変わった人物と出会えた二人は、自分たちの中に知らなかった感情が芽生えていることに、その時はまだ気づいていなかった――
○○○
ヴィオレと出会って次の日だった、二人で宿れそうな家ができたから来て欲しい、突然そんな事を言われて驚いた。王都にある建物は二人で廻り尽くしていて、そのどれとも契約ができなかったのに、大きな力を持った家が急に現れるなんてありえない。
そんな疑問を抱えながら黙って後をついていくと、少しくたびれた感じながらも力強く建っている家が見えてきた。ここも以前契約を試してみたが無理だった場所で、住人はどこかに引っ越していたはずだ。
しかし、その建物の敷地内に入った瞬間、信じられないほどの力の奔流を感じた。近くにいるだけで元気が出てくるような感覚は、今まで体験したことのないものだ。
「これは一体どういうことなのです?」
「この感じは王城に近いですよ」
「良くわかったわね、ここはついさっき聖域になったのよ」
「聖域って作ることが出来るのです!?」
「そんなの知らなかったですよ」
ヴィオレに聖域化の経緯を教えてもらったが、竜族や大陸最古の霊獣が協力してくれたなど、何度聞いても自分たちには理解できないような内容だった。ただ、この場にあふれている力は本物だ、ここなら自分たちを受け入れてくれるかもしれない。
そんな期待を込めながら、紹介してもらった家の住人に挨拶をした。
「私は野良妖精のイコなのです」
「同じく野良妖精のライザですよ」
◇◆◇
こうして二人はこの家で暮らしていくことになった。
家の妖精が持つ種族スキルである[人化]を常時発動していても尽きることのない場の力は、無尽蔵と言ってしまってもいいくらいだ。家の維持や家事も含め、何かに限定せず存分に力を振るえる幸せをもらい、二人はここに住む人たちに大きな感謝と敬愛を寄せている。
それは、他の家妖精には見られないほど、強くて明確な想いだった。
「私たちを普通の“人”として見てくれるのは、とても不思議なのです」
「でも胸のあたりが暖かくなる気がするですよ」
「ヴィオレ様がここで暮らしているのが良くわかったのです」
「旦那様の近くはとても落ち着くですよ」
この家に棲みだしてから、よく龍青と一緒にお風呂に入るが、それは二人にとって至福の時間だった。大きな手で頭を洗ってもらう時の気持ちよさや、抱っこしてもらいながら入る湯船の温かさは、いままで知らなかった安らぎと幸せを運んでくれる。
「今日もお風呂に入って、バニラ様を洗ってあげるのです」
「旦那様がいないのは残念ですが、この習慣はやめたくないですよ」
「それまで私服に着替えて、ゆっくりするのです」
「メイド服も可愛いですが、ワンピースだとバニラ様とお揃いの色になれるですよ」
この家に強い思い入れのある龍青と真白の思念から読み取ったメイド服は、二人のお気に入りになっていた。フリルを多用した可愛らしいエプロンや、ひらひらのついたカチューシャはこの世界には存在せず、他には類を見ないほど結びつきが深い二人の妖精を、より一層特別なものとして印象づけてくれる気がするからだ。
二人はメイド服を大事そうにクローゼットへとしまい、代わりに取り出した白いワンピースを着てリビングへと戻る。
夜になるとバニラと三人でお風呂に入り、ブラッシングを終えた後に龍青の枕で横になって、仲良く眠るのだった――
―――――*―――――*―――――
緑の疾風亭の離れに泊めてもらった翌日、午前中にギルドへと出向き詳細な報告や、シェスチーの情報を教えたもらったりした。昨日買い取りに出した魔晶は、両方とも上級ダンジョンの下層域に生息する魔物から出るものと同程度の大きさと品質があり、アージンにある中規模ダンジョンだと最下層でも滅多にドロップしないらしい。
子供にも事情徴収をしたが、夢中でキノコを探していたら、森の奥に入り込んでしまったようだ。雨宿りしようと大きな木の近くに向かう途中に突然なにかに襲われ、気がついたら治療室のベッドに寝かされていた。
噛みつかれて投げ飛ばされた時に、たまたま木の根元にあった穴に入り込んでしまったのだろうが、詳細に覚えていてもトラウマになりかねないので、このまま忘れてしまう方がいいだろう。
妹の方はキノコ料理をたくさん食べて、病気は快方に向かってるとのことなので、頑張った甲斐があったというものだ。もちろん、両親からかなり怒られたらしいが。
二枚の鱗を存分に堪能して、満面の笑みを浮かべるギルド長に改めて住人の捜索に協力したお礼を言われ、特別手当と買取代金を合わせてパーティー口座の残高がかなり増えていた。
◇◆◇
転移魔法で家に戻ってくると、イコとライザが玄関で待機してくれていた。二人は敷地内に転移ゲートが開くと感知できるらしく、魔道具で身を隠していたベルさんの護衛があっさり見つかったのも、仕方ないことだと理解できた。
この家で暮らし始めてから初めての外泊だったが、やはり自分の家が一番落ち着く。
「みんなただいま」
「お帰りなさいませなのです、旦那様、皆さま」
「お帰りなさいませですよ、旦那様、皆さま」
「キュキューッ!」
「ただいま、バニラちゃん」
二人の後ろをついてきていたバニラが、嬉しそうな鳴き声を上げてライムの胸に飛び込む。
「ここに帰ってくるとホッとするのじゃ」
「今回は思わぬ出来事が起こりましたし、余計にそう思いますね」
「一体何が起きたのです?」
「聞かせて欲しいですよ」
「アージンでもらってきたお茶があるから、リビングで飲みながらお話しようか」
「すぐお茶の用意をするのです」
「私は汚れ物を預かるですよ」
イコがキッチンへパタパタと走っていき、ライザが雨で濡れたローブを預かってくれる。出かけて帰ってきても、すぐ日常生活を送ることが出来る、これから長期間家を空ける事になるが、二人がいてくれるありがたさを実感してしまう。
◇◆◇
「それは大変だったのです」
「今日は家でゆっくり過ごして欲しいですよ」
イコとライザの二人を膝の上に座らせて、アージンであった出来事をみんなで話していった。バニラもライムの膝の上に寝そべって甘えているし、初めての外泊でやはり寂しい思いをしていたんだろう。
「俺たちが留守の間はどうだった? 何も問題なかったか?」
「旦那様に言われたとおり、私服でゆっくりしていたのです」
「バニラ様と一緒にお風呂に入って、ブラッシングもしてあげたですよ」
「キュキューイ」
「ありがとう、イコおねーちゃん、ライザおねーちゃん」
「こうやって安心して家を空けられるのはいいね、お兄ちゃん」
「本当に二人のおかげだな」
イコとライザの頭を撫でると、笑顔を浮かべて二人同時にキュッと抱きついてくれる。できれば旅もみんなで行きたいが、バニラを一人だけにすることは出来ないし、なかなか難しい問題だ。
ただ、転移魔法で行ける場所を大陸中に広げていけば、家族全員で観光に行く機会もどんどん増えていくだろう。
「皆さまがご旅行中も、家のことはお任せくださいなのです」
「バニラ様もしっかりお守りするですよ」
「キュイー」
「あるじさまー、北の街にはどうやって行くのー?」
「やっぱり定期便ですか?」
「それなんだが、この人数だと定期便を使うより、馬車を借りたほうが安上がりになるみたいなんだ」
「他の人に気兼ねなく旅をできるのはいいですね」
「ピピッ!」
「野営の小屋や食事のこともあるから、家族だけで移動するほうがいいよね」
定期的に各方面に出ている乗合馬車は、途中にある村や街道沿いに設置してある野営ポイントに寄ること前提の、かなり余裕を持ったスケジュールで移動するため、日数も余分にかかってしまう。
それにひと目の多い場所で携帯小屋を出したり、ヴィオレが収納してくれている出来たて料理を食べるのは気が引ける。北の街まではかなり距離があるから徒歩だと辛いし、それなら自分たちだけで移動できる貸し馬車を借りるほうがいい。
「馬車だとリュウセイに迷惑かけない、荷物いらないから馬も楽できる」
「船旅の次は馬車の旅なんて、楽しみだわ」
「われも馬車の旅は初めてなのじゃ」
「おうまさんと旅行、たのしみだね!」
馬車の破損で立ち往生していたビブラさんたちと一緒に旅をしたおかげて、馬の世話に関してはまず問題はない。あとは御者の知識や馬具の取り扱いを学べば、長旅でもやっていけるだろう。
天気のいい日に、みんなで貸馬車屋に行ってみよう。
次回「とってもウマナミ」。




