第114話 森へ入った理由
最後の部分で視点が変わります。
大きなハグレを倒してコールたちの方を見ると、ちょうどクリムが具現化された石のハンマーを振り下ろすところだった。
『あっちも倒したみたいだな』
『おねーちゃんたちやっぱり強いね』
『俺たちも戻ろうか』
『魔法は解除するね』
ライムが肩車から降りる動作を始めると魔法が解除され、俺の感覚もいつもと同じものに戻る。地面に残った白い魔晶を拾い上げると、ライムを抱っこして真白たちが待つ大きな木の方へ歩いていった。
「みんなお疲れさま」
「リュウセイさんもライムちゃんもお疲れさまでした」
「おねーちゃんたちは、けがしてない?」
「大丈夫だよー、ライムちゃん」
「連携の訓練を重ねた三人の敵ではなかったのじゃ」
クリムが渡してくれた、テニスボールくらいの黄色い魔晶を白いものと一緒に腰のポーチに収め、五人で木の後ろ側に回り込む。ちょうど木の根元に開いた穴から、泥だらけになった子供が引っ張り出されたところだったが、ひと目で状態が良くないのがわかる。
「お兄ちゃん! 雨の中だと治療ができないから、転移門を開いて!!」
「この子の右手に毒が溜まってるわ、清潔な場所で取り除いてあげましょう」
「わかった、その子は俺が運ぶ、みんな門から移動してくれ」
アージンの街に転移門を開き子供の様子を見たが、右手には何かに噛まれた跡が付いていて、どす黒く変色していた。収納から毛布を取り出して小さな体を包み、それを抱きかかえて転移門をくぐる。
慌てて走ってくる俺たちを見た若い門番の男性がこちらに来てくれたので、子供を発見したが容態が良くないのですぐギルドに向かうと告げ、捜索隊への伝言をお願いした。
◇◆◇
冒険者ギルドに駆け込むと、受付嬢たちの視線が一斉に集まる。
「行方不明の子供を発見した、治療室を使わせてくれ!」
「わかりました、こちらに」
真白がこの世界に来たときに対応してくれた受付嬢に案内され、治療室へと移動する。確かこの人にも兄がいて、昔は俺と真白のように仲が良かったという話を聞いた人だ。
「マシロか、久しぶりだな」
「行方不明の子供を発見したんですが、ここで治療をさせて下さい」
「わかった、すぐベッドに寝かせてくれ」
治療室に入ると真白の知っているギルド職員がいて、治療の準備をテキパキと進めてくれる。その間に俺たちは濡れたローブを脱ぎ、汚れ物を入れるカバンに詰め込んでおく。
「行方不明の子供が見つかったらしいが、容態はどうだね?」
「右手の噛み傷が変色していて、かなり悪いですギルド長」
「私が治療します、汚れた服を全部脱がせて下さい」
ギルド長とクラリネさんが治療室に来てくれたが、部屋にいた職員の話を聞いて悲痛な顔になる。クラリネさんは誰かに知らせに行くためだろう、部屋から退出していった。
「真白、服は全部脱がし終えたぞ」
「そっちの桶の中に水が入ってるから、汚れた所を拭いてあげて」
「私が桶を持ってくるー」
「拭くものはこれを使わせて下さい」
クリムが水の入った桶を運んでくると、アズルが近くにあった布の束を持って濡らしていく。男の子の体は冷え切って真っ白になっているが、呼吸は熱が出た時のように荒い。
「マシロ、毛布を持ってきたぞ」
「ありがとうございます。コールさんに洗浄魔法をかけてもらってから、毛布でくるんであげて下さい」
「わかりました、マシロさん」
《きれいになれ》
コールの清浄魔法で体をきれいにし、これ以上冷やさないように毛布で体を包む。
「コールさん次は製水で傷口を洗い流してくれる?」
「かーさん、おけを下においておくね」
「ありがとうライムちゃん」
「一体何をするつもりなんだマシロ、この子の傷だともう手の施しようがないぞ」
「そんな事はありません、私が絶対に治してあげます」
「しかし、これは普通の傷じゃないんだ、それくらい見ればわかるだろ」
男の子の右手は牙で開けられた穴がいくつも付いて、色も真っ黒に変色して繋がっているのが不思議ほど酷い状態だ。
「一体どうしてこんな怪我をしたんだね」
「森の奥に野生化したハグレがおったのじゃ、恐らくそいつらは毒を持っておったのじゃろう、噛まれたところが変色しておるのはそのせいなのじゃ」
「それならまず解毒ポーションを飲ませないと……」
「すまないが今は緊急事態なんだ、このままだとこの子の右手は使い物にならなくなる、それを回避する力を俺たちは持っているから任せて欲しい」
真白の再生魔法には、制約があることがわかっている。それはある一定期間以上経過した部位欠損は、治療できないというものだ。その期間は正確にわからないが、カスターネさんが若い頃に負った怪我の跡は、なんど魔法をかけても治ることがなかったため、そう結論づけている。
治療を担当している職員はギルド長に説得され、俺たちを見守ることにしてくれた。
「マシロさん、傷口はすべて流し終えましたよ」
「ありがとうコールさん。それじゃあ、お願いね、お兄ちゃん」
「わかった」
真白は二倍強化の魔法がかかったことを確認すると、男の子の手をそっと握り呪文を唱えた。
《リジェネレーション》
男の子の手が白く光り、浄化効果で解毒をすすめると同時に、再生効果で変質した部分や無くなってしまった部分を元の状態に戻していく。ギルド長と職員の男性は、全く違う治癒魔法の効果に、目を丸くして驚いている。
「これで大丈夫だと思いますよ」
光が収まった男の子の右手は元の形を取り戻し、黒くなった部分も全て肌と同じ色になっていた。
「毒の方はもう大丈夫か、ヴィオレ」
「そうね、右手に溜まっていた毒も全て浄化されて何も感じないわ」
ヴィオレが子供の右手の近くに飛んでいって確認してくれたが、妖精のお墨付きをもらえたのならもう大丈夫だろう。
「呼吸もだいぶ安定してきたし、体温が戻って目が覚めれば大丈夫だと思う」
「……れ、霊薬の効果が魔法で」
「これは流れ人の持つ力なのかね、リュウセイ君」
「色々と制約は多いが、この世界の魔法とは全く違う力だ」
「制約というのは一体どういうことだね」
「失った部分を元に戻すのは、時間が経ちすぎると無理という制限がある」
「なるほど、それで急いでいたのか」
「消費するマナの量も多すぎるし、一人だと発動できないとかあるんだが、出来ればあまり大っぴらにしないでもらえると助かるよ」
「もちろんギルド長の名にかけて、冒険者の特技を口外することはしないから安心してくれ」
そんな話をしていたとき、治療室の扉が開き男性が駆け込んできた。クラリネさんが後ろにいるので、家族の人を連れてきてくれたんだろう。
「フルト大丈夫なのか! 目を開けてくれ、フルト!!」
「治療も終えて眠っているだけですので、もう大丈夫だと思いますから、落ち着いて下さい」
「そちらの女性にあまり状態は良くないと聞いたんだが、一体どうなっているんだ? 息子は助かったのか」
「息子さんを発見した冒険者が治療をやってくれたのでもう大丈夫だ、妖精にも診てもらったが体の毒は消えているようだから安心していい」
真白の言葉を聞いても焦ったままだった父親に、ギルド長が特殊な治癒魔法のことを省いてうまく説明してくれる。そのまま男の子を発見した場所や、二体いたハグレのことなども報告しておく。
野生化したハグレは、生まれてからの年月が経つほど巨大化したり、特殊な能力を持つらしい。今回のハグレもかなり大きかったし、毒性のある噛みつきをする点でも、長いあいだ森の中に生息していた可能性が高い。
「……ん…ここ………どこ?」
「フルト! 良かった目が覚めたんだな」
「あっ、お父さん、僕どうしてこんなとこにいるの?」
「お前は森の中で迷子になっていたんだ、それを冒険者の人たちが見つけてくれたんだぞ」
「そうだった! カリナの大好きなキノコをいっぱい見つけたんだよ……って、袋が無くなってる」
服を脱がせた時に腰につけていた袋があったので、それを手渡すと嬉しそうに中身を父親に見せている。話を聞いていると、体調を崩して寝込んでいる妹の好物を食べさせてやりたくて、天気が回復した時を見計らって一人で森に入ったらしい。
いつもは母や妹と一緒に採りに行くが、今は妹の看病で手が離せなかった。熱が出て食事もあまり食べられない妹の姿を見て、いても立ってもいられずに飛び出してしまったのが、一人で森に入った理由のようだ。
俺自身も妹が病気で寝ていた日の深夜、ゼリータイプの飲料を親に内緒でこっそりコンビニまで買いに行ったことがあるので、その気持は痛いほど良くわかる。
「妹を大切に思うその気持はとても素晴らしいが、危険なことをして悲しませるのは絶対ダメだぞ」
「うん、ごめんなさいお兄さん」
父親にも思いっきり怒られていたが、とにかく無事に目が覚めてよかった。何度もお礼を言ってくれた父親と別れ、俺たちも治療室を後にする。
ハグレから出た魔晶を買い取りに出して、とりあえず当初の予定だった緑の疾風亭に行ってみることにしよう。
―――――*―――――*―――――
龍青たちが部屋を出ていった後、治療室に残っていた担当職員とタンバリー、そしてクラリネが大きく安堵の息を吐く。真っ黒に変色し、一部原型をとどめていなかった男の子の右手は、二度と元には戻ることはない、それは誰が見てもわかるほど絶望的な状態だった。
「あんな魔法が存在するなんて驚いた」
「リュウセイ君もいろいろな制約があると言っていたし、消費されるマナの量もかなり多いのだろう」
「マシロの治療は何度も見ているからマナの量が多いのは確実だが、リュウセイがそう言うからには彼女にしか使えんのかもしれんな」
「私はその現場を見ていませんでしたが、一体何があったのですか?」
タンバリーと治療室担当職員が、この部屋で起きたことをクラリネに伝えていく。それは実際に見ていなければ一笑に付されるような荒唐無稽な話だ、しかしこの場にいる三人は魔法が発動した瞬間や、きれいに治った右手を見ている。
「とにかく子供が無事で良かった、これで心置きなく鱗を愛でることが出来る」
「程々にしてくださいよギルド長、黒竜の時のように一緒にお風呂に入って磨くなんて行為に及ばれると、価値が下がります」
「そうは言うがねクラリネ君、あの真っ白の鱗は汚れ一つ無いのが、より正しい姿だと思うのだ」
「なんだ、彼らはまた竜の鱗を持ってきたのか?」
「今回は水竜様と白竜様の二枚だ、今夜は興奮して眠れそうもない」
恍惚とした表情で話すタンバリーを、クラリネは冷めた目で見つめる。竜の鱗は多少乱暴に扱っても傷一つつかないが、龍青の持ってきた黒竜の鱗を家に持ち帰ってかなり丁寧に磨き、査定担当職員に烈火のごとく怒られた前科があるからだ。
「竜本人から頂いたと言っていましたし、八体の名前も教えていただきました」
「エルフや妖精がいるだけでも驚きだが、竜と知り合ったなんて流れ人ってのはとんでもないな」
「ギルドカードを持っている妖精は過去の記録にもありませんので、彼女一人だけなのは確実です。それに、エルフも同じ種族でパーティーを組むことはありますが、他種族と組んだ例は現役の冒険者だと階位に一つ存在するのみですね」
「しかし、あの容姿と体格は古代エルフだろ? 里から出てこないことで有名な種族と良く知り合えたもんだ」
「古代エルフが冒険者活動をしていた記録は残されていませんが、それ以外でしたら王都に一人いらっしゃるはずです」
「彼女に逆らうのは絶対にダメだ、こんな街のギルドなんて簡単に潰されてしまうからな」
急に真面目な顔になったタンバリーが、二人の職員にそう告げる。娘であるベルの話や同じ里の出身であるスファレの存在があり、龍青に対しては甘えまくっているシェイキアだが、冒険者ギルドの幹部には恐ろしい存在として語り継がれていたのだった……
資料集のサブキャラ項目、アージンの欄に迷子の男の子と妹を記載しています。一回限りのキャラ(予定)ですが、一応名前持ちで登場したので。
◇◆◇
(2019/12/10)
少し伝わりにくい表現になっていた所を、大幅に改変しました。
[260行目以降]
「ギルドカードを持っている妖精は彼女一人だけですし、エルフも同じ種族でパーティーを組むことはありますが、他種族と組んだ例は階位に一つあるだけですね」
「しかもあの容姿と体格は古代エルフだろ? 里から出てこないことで有名な種族と良く知り合えたもんだ」
「古代エルフは王都に一人いらっしゃいますね」
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「ギルドカードを持っている妖精は過去の記録にもありませんので、彼女一人だけなのは確実です。それに、エルフも同じ種族でパーティーを組むことはありますが、他種族と組んだ例は現役の冒険者だと階位に一つ存在するのみですね」
「しかし、あの容姿と体格は古代エルフだろ? 里から出てこないことで有名な種族と良く知り合えたもんだ」
「古代エルフが冒険者活動をしていた記録は残されていませんが、それ以外でしたら王都に一人いらっしゃるはずです」




