第113話 捜索
最後の部分で、同一時系列の別視点に変更されます。
森の中で迷っているかもしれない子供の捜索に協力するためギルドの受付フロアに移動すると、シンバを中心として手の空いた冒険者達が捜索隊の編成をやっていた。
「シンバ!」
「リュウセイ、話は聞いたか?」
「あぁ、俺たちも捜索に参加する」
「エルフが加わってくれるのは有り難い、よろしく頼む」
「感知魔法の使えるメンバーがいるから、一気に森の奥に入って捜索してみる、みんなは浅い部分を頼めるか?」
「了解だ。
みんな聞いたな! 俺たちは森の端から捜索するぞ、必ず集団で行動して決して一人になるな!」
「「「「「おー!!!!!」」」」」
全員でギルドを飛び出し街の外へつながる門へ向かうが、空には雲が広がり日も完全に陰っていた。この時期は急に天気が崩れることも多い、急いで探さないと雨で身動きが取れなくなる恐れがある。
ギルド長が連絡をしてくれているおかげで、街から出る時の手続きが免除され、ソラを抱きかかえたまま植林地まで続く道を駆け足で進む。
「リュウセイ、平気?」
「全力疾走してるわけじゃないから、全然余裕だ」
「足遅くて体力ない、こんなとき足手まとい」
「なに言ってるんだ、俺たちにはソラが必要だし、支え合っていくのが家族だろ。ライムの熱が出たとき、ソラは俺を落ち着かせてくれた、そうやってお互いを補っていけばいいさ」
「うん、ありがとう」
ソラは首に回している手に力を込めて、キュッと抱きついてくる。
スファレは長旅を頻繁に行っていただけあって体力があり、同じ体格のコールもヴェルデの二倍強化で補助されているので余裕だ。ライムは種族的に大人顔負けの身体能力があるし、クリムとアズルも獣人族なので心配ない。真白も平均的な女子高生より体力がついてきてるので、これくらいなら平気だろう。
植林地の端には動物よけの柵が張り巡らされていて、扉になっている場所から森に入る。木の密度が低い部分には獣道のように踏み固められた通路ができているが、ある程度奥に進むと大小様々な木が生えた原生林のようになっていた。
「ここから奥は俺たちで行くよ、シンバも無理して迷ったりするなよ」
「この奥は倒木が多い上に見通しも悪くて俺たちじゃ手に負えないんだ、こっちも無理しないようにするがお前たちも気をつけろ」
「まずは子供でも通れそうな経路を探して、キノコの生えていそうな場所を当たっていくじゃ」
「はやく見つけてあげようね、スファレおねーちゃん」
「無事に見つけ出して、皆を安心させてやるのじゃ」
森の浅い部分に散っていった冒険者とは別方向に進み、スファレを先頭にして子供の捜索を開始した。
◇◆◇
小学生くらいの年齢でも通れそうな道を選び、障害物を迂回したり隙間を通り抜けながら歩いているが、既に方向感覚が怪しくなっている。不規則に曲がったり戻ったりすることに加え、刻々と変わる風景が距離感も狂わせる。
陽の光が届きにくいほど鬱蒼としていても、太陽が出ていればまだ方向は掴めたかもしれない。しかし今の空模様だとそれも望めす、コールが照明魔法を発動するほど薄暗くなっている。
「もう元の場所に戻れる自信がないよ」
「お兄ちゃんでもその状態なんだから、私なんて入って数回曲がっただけでお手上げだよ」
「まさか照明魔法が必要になるほど暗いとは思いませんでした」
「天気の悪い日はこうなることも多いのじゃ、そんな時はあまり動かぬようにするのが得策なのじゃ」
「見通しも悪いし、ソラちゃんの魔法が頼りね」
「まだ小さい反応だけ、近寄ると逃げてく」
ソラが拡張版の感知魔法で生体反応と敵性反応、そして危険な場所を調べてくれているが、まだ動物のような小さな反応しか見つかっていない。
「誰かいないー?」
「いたら返事して下さーい!」
「助けに来たよーっ!」
クリムとアズルとライムは、時々こうして呼びかけてくれる。耳のいい獣人族の二人なら小さな声でも聞き逃さないが、そちらも今のところ反応無しだ。
スファレの誘導に従い、人が入り込んでしまいそうな場所を何か所も回っていると、頬に冷たいものが当たる。葉っぱに溜まっていた雫でも落ちてきたのかと思ったが、森全体にサーッという雨音が響き出した。
「これはまずいな、ローブを出すから全員羽織ってくれ」
「雨脚が強くなると我らも危険なのじゃ」
「今日は野営用の小屋も持ってきてないし、お兄ちゃんの転移魔法で戻るしか無いね」
「まさか森に入るなんて思ってませんでしたからね」
今日はアージンのギルドに竜の鱗を持っていき、緑の疾風亭で食事をして可能ならどこかで一泊する予定しか立ててなかった。野営で使う小屋を家の倉庫に置いておくと、イコとライザがメンテナンスや掃除をやってくれるので、今は収納で持ち運んでいない。
これから遠くに出かける時は、万全を期して収納しておくほうが良いかもしれないな。
「ギリギリまで粘ろう、ここ探せるの私たちしかいない」
「これ以上は危険だという判断はスファレに任せるよ、滑りやすくなるから慎重に行こう」
「わかったのじゃ、ここからは雨宿りできそうな地形を重点的に探すのじゃ」
次第に本降りになってくる中、俺たちは捜索を再開した。
◇◆◇
雨に濡れたローブも次第にしっとりとして、足元も泥だらけになってしまっている。みんなの顔にも疲労の色が出始め、辺りも一層暗くなってきていた。
「ソラは大丈夫か?」
「この森、小さな反応多い、でもこれくらいなら処理できる」
ソラは俺の腕に抱かれながら目を閉じ、ずっと感知魔法に集中してくれている。昆虫は反応が微弱なので無視できるみたいだが、小動物は生体反応の彩色石で感知される。二倍強化で拡張された感知魔法は、対象の大きさや強さがある程度判別できるので、それを頼りに子供を探し続けてくれていた。
「ソラの感知はかなり優秀なのじゃ、われの里にも使い手はおったが、方向ですら曖昧じゃったぞ」
「ソラちゃんは距離も正確だしねー」
「曲がり角の向こう側でも、間違ったことはありません」
「抱っこされてるから集中できる、リュウセイのおかげ」
「みんなが仲良しのおかげね」
「ピピッ」
俺の身に付けてたローブに隠れている、ヴィオレとヴェルデにもそう言われたソラの顔が嬉しそうにほころび、場の空気も少し軽くなった。
「なんか居る! 赤くて強い反応二つ、大きな青の近く」
「方向はどっちじゃ!」
「あっち!」
ソラの緊迫した声で緩んでいた空気は一瞬で引き締まり、指し示す方向に慎重に移動する。障害物のせいで遠回りになったが、少し開けた場所に大きな木があり、そこに二匹のクマとよく似た動物がいた。
「あれは森の中で野生化したハグレじゃ!」
片方は地球で見るクマの倍近い大きさがあり、もう片方も一回りほど大きい。その二匹に共通しているのは赤く光る目だ。
「ヴィオレとヴェルデは俺から離れてくれ」
「わかったわ」「ピピッ!」
「コールとクリムとスファレで小さい方を頼む」
「わかりました」「わかったー!」「了解じゃ」
「木の根元に小さな穴がある、そこに誰か隠れてるかもしれない。真白とソラはそれを確認してくれ、アズルは残ったメンバーの護衛を頼む」
「わかったお兄ちゃん」「任せて」「私の力で必ずお守りします」
「ライム、父さんと一緒に戦ってくれ」
「うん!」
《とーさんといっしょ!》
ソラを地面におろしてライムの手を取る。
俺の目を真っ直ぐ見たライムが呪文を唱えると、その体が光になって肩の上で形になり、また世界が変わった。
『行くぞライム』
『いつでもいいよ』
木を爪で引っ掻いたり揺らしたりするハグレの姿を確認し、体の大きな方に向かって足を踏み出す。
一瞬でその距離が縮まり、俺は足をそのまま前方に振り上げ、ハグレの腹のあたりに蹴りを入れた。技術も何もないただのケンカキックだが、竜人族のパワーが乗ったその蹴りは大きな体を吹き飛ばす。
―――――グガァッ!
前方に立っていた割と太さのある木にハグレが激突し、メキメキ音を鳴らしながら根元付近で折れてしまう。辺りにいた動物たちが一斉に逃げ出すのを感じ、ちょっと派手にやりすぎたかと反省する。
蹴り飛ばしたハグレは体の大きさに比例して耐久力もあったようで、ゆっくり立ち上がるとこちらを睨みつけてきた。
『流石に頑丈だな』
『でも、とーさんと一緒なら負けないよ』
『油断は禁物だが、父さんもそう思う』
『早くやっつけて、おねーちゃんの手伝いに行こうね』
『あの三人なら心配ないと思うが、そうしようか』
『うん!』
ハグレは四足歩行になってこちらに猛ダッシュで近づいてきたが、躱すだけだと真白たちの方に突っ込んでしまうので、横に回り込んで腹にパンチを叩き込む。
分厚いゴムを殴るような感覚がして、ハグレの進行方向が九十度変わり、転がりながらまた木に激突した。体はちょっと揺らいだようだが、まだ致命傷には至っていない。
『今度はこっちから行くぞ』
『次で終わりにするからね』
目が回っているのか、ちょっとふらついているハグレに一瞬で近づくと、顎の下からパンチを叩き込む。
―――――グガフゥッ!!
何かが砕けるような感触がしてハグレは体ごと上方に弾き飛ばされるが、そのまま縮地で上空に飛び、追い打ちをかけるように両手を組んで上から叩き込んだ。
地響きを伴いながらハグレの全身が地面に叩きつけられ、その形が大きく揺らぐと野球ボール大の白い魔晶を残して消えた……
○○○
龍青と別れたコールとクリムとスファレの三人は、小さい方のハグレに向かって走っていく。大きなハグレが龍青に蹴り飛ばされると奥の方にあった木に激突し、派手な音を立てながら途中で折れてしまう。
「相変わらず無茶苦茶ですね」
「われは初めて見たが、とんでもない力なのじゃ」
「あるじさまとライムちゃんって、大陸最強じゃないかなー」
クリムの言葉に他の二人も納得してしまう、それほどのパワーとスピードが、同化した二人にはあった。
「私がハグレを一度引き剥がしますから、動きが止まった時にスファレさんの魔法をお願いします」
「わかったのじゃ」
「麻痺して固まった所に、私の全力攻撃をお見舞いするよー」
付与魔法は動いているものにかけるより、止まっている対象にかけた方が効果が高くなる。龍青が相手をしているハグレよりサイズは小さいとはいえ、万全を期すためにスファレは黄色の彩色石を二つ持ち、より効果が高くなるようにしていた。
「ヴェルデ、お願いね!」
「ピピィーーーッ!!」
龍青によって二倍に強化されたヴェルデの身体補助魔法が、守護獣の契約者であるコールに適用され、全ての能力を一気に引き上げる。
小さなハグレは近くにいた仲間が襲われたことより、木の中に隠れている獲物に夢中だった。大きく振り上げた手が木の幹に当たる瞬間、そこに割り込んだコールによって止められる。
ハグレは一瞬なにが起こったのかわからず視線を動かすと、下の方に小柄な人間がいるのを発見した。自分の行動を阻害され頭に血が昇ったハグレは、攻撃の矛先を目の前の人間に変更する。
「こっちに来て下さい!」
コールは籠手を構えながら挑発するようにゆっくりと後ろに下り、ハグレとの距離を開けていく。それを見たハグレは四足歩行の状態になると、助走に必要な距離が開くまで回り込むように移動し、一気に走り出した。
ビブラの指導を受けたコールは、突進してくる巨体から一瞬も目を離さず、冷静に紙一重でそれを避ける。ハグレも驚異的な反射神経ですれ違った瞬間に急停止し、今度は上半身を起こして立ち上がった。
「スファレさん、今です!」
《付与の力を!》
スファレが呪文を唱えると、ハグレの体が一瞬ビクリと震え、地面に縫い付けられたように動かなくなってしまう。必死に体を動かそうとして筋肉が蠢動するが、視線だけしか思い通りにならない。
《硬いおしおきハンマーーーーーッ!》
助走をつけて大きくジャンプしたクリムが、土の上位魔法で具現化された石のハンマーをハグレの脳天に叩きつけ、その体が大きく揺らぐとテニスボール大の黄色い魔晶を残して消え去った。
別名〝ヤクザキック〟。
主人公が手加減無しでやると、某ヤサイ星人のような戦い方に(笑)
ソラの身長は110cmしか無いので、抱っこされながら感知に集中できるという、他にはない大きなアドバンテージがあります。




