第109話 後ろ盾
スファレとシェイキアさんが言い合いを始め、執事の男性が家に来た二人の着替えを持って帰ってきたが、やはり今夜は泊まっていくことに決定した。今はソファーに座った俺の膝に、二人の古代エルフが乗っている状況だ。本当に一体どうしてこんな事になってしまったのだろうか……
「シェイキアは昔からそうじゃ、人のやっとることにばかり興味を示しおって」
「だってスファレちゃんって、居心地のいいとことか安全な場所を探すのが得意なんだもん」
「お役目で必要じゃったから、自然と身についただけなのじゃ」
「スファレおねーちゃんも、とーさんの近くが好き?」
「そうじゃな、好きか嫌いかと言われれば好きなのじゃ」
「もー、素直じゃないなー、スファレちゃんは」
「シェイキアこそ、どうしてリュウセイに興味を持ったのじゃ?」
「リュウセイ君とマシロちゃんが流れ人ってのは、スファレちゃんも知ってるよね」
「当然じゃ、皆と家族になったのじゃからな」
「私の知ってる流れ人は、リュウセイ君で三人目、マシロちゃんは四人目なんだけど、二人はこの世界にすごく馴染んでるんだよ、だからどんな人なのかなーって、とっても興味があったの」
それはきっと、ファンタジー好きだった父さんの影響だろうな。最近はライトノベルも多数買い揃えて家に置いていたし、俺も真白もかなりの作品を読了している。異種族やファンタジー生物に対する憧れは当然あったし、魔法だって使ってみたいと思っていたから、この世界で生活しているのは正直いってかなり楽しい。
「私とお兄ちゃんのいた国には、こんな世界を冒険する物語がいっぱいあったので、そのせいで馴染んでるんだと思いますよ」
「リュウセイとマシロの世界にある物語、すごく読んでみたい」
「そういった創作物が多数生まれるのは、国が安定しとる証拠なのじゃ」
「私とアズルちゃんも、あるじさまと同じ世界から転生してきたんだよー」
「向こうの世界では普通の猫だったんですけど、この世界で猫人族として生まれ変わったんです」
「あらら、それは私たちも知らなかったよ、うちの調査能力もダメダメだなぁ」
「お館様、諜報員の数も限られておりますし、皆しっかり仕事はしておりますので」
「わかってるわよー」
何となくだが、この執事の男性はかなりの苦労人じゃないだろうか。俺はフィクションでしか知らないが、上と下に挟まれた中間管理職といった立場の悲哀が、伝わってくるような気がする。
ただ、こんな軽いノリのシェイキアさんだが、なぜか憎めないところがある。ベルさんも母親として慕ってるし、スファレも決して嫌っているわけではないのは、見ていてもわかる。
「それで、実際に見てどうじゃったのじゃ?」
「そうだねー、ネロちゃんがこうして懐いてるのがすごくわかった」
「なぁーぅ」
「ヴェルデちゃんも懐いてるものね」
「ピピーッ」
「俺はそんな特別なものを持ってるとは思ってないんだがな」
「自信過剰になるのは良くないけど、自分を正しく評価できないと苦労するよ、リュウセイ君」
この世界に来るまで、俺の評価は怖いとか近寄りがたいとかだったから、まだ今の状況をどう捉えればいいのか、わからない部分が大きい。
「お兄ちゃんは無理に変わろうとしなくても今のままでいいよ、そうするだけで良い方向に向かってるんだから」
「さすが妹ちゃんだなぁ、リュウセイ君ったら幸せ者め、このっ、このっ!」
「ちょっとくすぐったいから、あまり突くのはやめてくれ」
シェイキアさんは俺の膝に座った状態で、脇腹に肘をツンツン当てててくる。ただ、国の仕事を長年続けてきた彼女は、俺なんかが想像できないくらい多くの生き様を見ているんだろう、そんな人の言うことだから心に刻んでおこう。
「なんだか今日のリュウセイさんって、いつもとちょっと違いますね」
「さすがコールさんも付き合いが長いからわかってきたね!」
「とーさん、ちょっと困ってる?」
「ライムちゃん惜しい!
お兄ちゃんの顔は困ってる時とよく似てるんだけど、今まで経験したことない事態に遭遇して、弱ったなどうしようかなって、ちょっと戸惑ってるだけだよ」
どこまで細かく俺の心理状態を読んでくるんだ真白は、的確すぎてグウの音も出ない。なにせこの二人は俺の数十倍の人生経験があるんだ、そんな人にこうして膝の上に座られて冷静でいられるわけがない。気づかれにくいのは、表情筋が仕事をしていないだけだ。
「あるじさまが何も言わないってことは、マシロちゃんの言ってることが正解だねー」
「ご主人さまのこんな所は、すごくわかりやすいですよね」
「今日はすっかりイジラレ役ね、リュウセイ君」
「リュウセイの貴重な姿、心に刻んでおく」
そんなものを心のメモリーに保存するのは、やめてくれソラ。
「キュー」
「なー」
「ピー」
バニラとネロとヴェルデは何となく慰めてくれてる気がする、優しいな守護獣と霊獣は。今夜は一緒にお風呂を満喫しような。
「色々ごめんね、リュウセイ君」
「リュウセイ殿も苦労人ですな」
ベルさんも、名前は秘密の執事さんもありがとう。
◇◆◇
晩ごはんのカレーは美味しかった、これは何度食べても同じ感想しか出ない、語彙が消失する旨さだ。一緒に食べた執事の男性も、何度もお礼を言いながら帰っている。もちろんスファレとシェイキアさんにも好評で、ベルさんも前回と同じように夢中で食べていた。
「さぁ、お風呂に行くよ! リュウセイ君」
「何が“さぁ”なのか理解できないんだが」
「お母様、本気ですか?」
「だってスファレちゃんと一緒にお風呂に入ったんでしょ? 私の方が年下なんだから、一緒に入っても何も問題ないじゃない」
「われも一緒に入って、シェイキアが悪させんように見張るのじゃ」
「旦那様、私たちも一緒に入るのです」
「ネロ様を石鹸で綺麗にしてあげるです」
「なぁーーーぅ」
「ピピーッ」
「キューイ」
「俺に拒否権はないのか?」
「昨日スファレちゃんと一緒に入った時点で、その権利は消失してるよ」
「リュウセイはわれと一緒に入るのは……嫌なのか?」
スファレはそんな悲しそうな顔をしないでくれ、昨日泣かれたこともあるし罪悪感が半端ない。
「お風呂の準備は完璧なのです」
「着替えも万全なので、すぐ向かうですよ」
有能すぎるな、うちのメイドさんたちは……
◇◆◇
「スファレちゃん、もっとそっち詰めてよ」
「シェイキアこそもっと端の方に行くのじゃ」
「旦那様、もっと近づいていいのですよ」
「あまり窮屈な格好だと、ネロ様とバニラ様が可哀そうなのです」
結局これまでにない大人数で、お風呂に入ることになってしまった。俺の他は小柄な人物ばかりとはいえ、さすがに五人+三人は少々手狭だ。
「シェイキアさんは家でもお風呂に入ってるのか?」
「毎日入ってるよー、ベルちゃんともよく入るしね」
「われは昨日が初めてだったのじゃ」
「エルフはお風呂の習慣がないもんね」
王都の暮らしが長いシェイキアさんは、手際よく準備して体を洗ったり、イコとライザのお世話までやってくれた。おかげで人数が多いにもかかわらず、すぐ湯船に浸かることが出来ている。
「しかし、風呂というのはとても落ち着くものじゃ」
「もうお風呂のない生活には戻りたくないのです」
「この幸せを知らない他の妖精たちが可哀そうですよ」
「この家に泊めてもらってから、ネロちゃんも毎日ベルちゃんとお風呂に入るようになったんだよ」
「なぁぁぁーぅ」
「うちは妖精も守護獣も霊獣も、みんなお風呂好きだからな」
「キュキューィ」
「ピピピーッ」
膝の上にへばりついたネロとバニラや、スイスイ泳いでいるヴェルデも気持ち良さそうに返事してくれる。こうして毎日泳げるヴェルデはちょっと羨ましい、夏になったらみんなで絶対に海に行こう。ベルさんやシェイキアさんも、誘ったら来てくれるだろうか。
「ねぇ、スファレちゃんは私の仕事ってどこまで知ってるの?」
「われが知っとるのは、不正を監視する重職に就いとるということくらいなのじゃ」
「国の重鎮とかスファレは言っていたな」
「リュウセイ君もベルちゃんから聞いてると思うけど、貴族や資産家の不正を調査する仕事以外に、色々な情報収集もやってるんだよ」
「流れ人のことも調べてたんだろ?」
「今日ここにお邪魔したのは、その一環でもあるんだ」
「やはりそうじゃったか……」
「ベルさんも自分の素性を話してくれたし、こうして教えてくれるのは俺たちを信用してくれたってことなんだよな?」
「理解の早い子はお姉さん大好き」
そう言ってシェイキアさんはこちらに近づこうとするが、スファレに羽交い締めにされている。昨日は成り行きだったが、普通に抱きつかれるのは俺としても困るから、スファレのおかげで助かった。
「それで結局シェイキアは、リュウセイたちをどうしたいのじゃ」
「どうもしないよ」
「それは不干渉ということなのか?」
「監視もしないし何かで束縛もしない、今まで通り自由にやっていいよ」
「竜人族の仲間のこともあるし、そうしてもらえると助かるよ」
「そもそもこの家って、イコちゃんとライザちゃんの力が強すぎて、監視なんて無理なんだもん」
「どんな敵でも排除するのです、お任せなのです」
「何人たりとも、この敷地はまたがせないですよ」
本当に頼もしいメイドさんだが、お客さんは普通に通してあげて欲しい。まぁ、ベルさんの護衛みたいにコソコソ隠れて近づこうとしない限り大丈夫だろう。
「でも、あなた達の力目当てで誰かに脅されたり、犯罪に巻き込まれた時は力になるから相談してね」
「とても心強いよ、ありがとう」
「素直な子はお姉さん大好きよ」
シェイキアさんは、またスファレに後ろから羽交い締めにされていた。やたら近づいてきたり抱きつこうとしてくるのはちょっと困る、そういったクセでもあるんだろうか。
ただ、この国で生活していく上で大きな味方が出来たのは確かだろう。イコとライザも以前言っていたが、後ろ盾のない俺たちにはとてもありがたいことだ。
主人公が割と平然としていられるのは、これまでの人生経験で小柄な女性を庇護対象として見てしまうから。その辺りの認識のズレは次回に。




