第9話 色彩強化
朝の更新で三連投して、第二章の一話まで投稿します。
その一話目です。
昨夜は眠る直前で、ライムもウトウトしだしていたので試せなかったが、いつの間にか発現していた“色彩強化”という魔法の正体を知りたい。文字が読めなかった部分は、何かしらの条件で使えるようになると思っていたが、この世界の魔法について理解が進んだから、使えるようになったのではないかと推測している。
「とーさん、今日はなにするの?」
「新しい魔法が使えるようになったから、それを試してみたいんだ」
「どんなのが使えるようになったの?」
「それがまだわからないから、どこかで実際に使ってみようと思ってる」
「それでギルドの前を通り過ぎちゃったんだ」
「昨日読んだ本に書いてない魔法だし、何が起こるかわからないから、人のいない場所でやってみるのつもりだ」
「あぶない魔法なの?」
「爆発したり何かを壊したりってことは無いはずだよ」
「どんなのか楽しみだね」
「ライムは怖くないか?」
「とーさんと一緒だからへーき」
今日もライムを肩車して通りを歩き、街の外に向かっている。門の近くでは何人かの門番が通行人のチェックをしているが、その中に見覚えのある顔がいたので近づいていった。
「おう、あの時の流れ人と……確かライムちゃんだったな」
「この間はありがとう、おかげで不自由なく暮らしていけてるよ」
「おはようございます」
「それは何よりだよ、ところで今日は採集にでも出かけるのか?」
「自分の魔法を試してみたくて、人が来なくて安全な広い場所を探してるんだ」
「あー、それならここを出て左の方に行くと、大きな岩があるんだ。その裏側は安全だし人も来ないから、飛翔系の魔法も試し放題だぞ」
「わかった、行ってみるよ」
「行ってきます」
この街に入る時に冒険者ギルドの位置を教えてくれた男性へ二人のギルドカードを差し出すと、小さな道具を使って外出の手続きをしてくれる。ギルドカードには自分が本拠としている場所の位置情報が記録されていて、その街への出入りだと通行税はかからない。各地を転々としながら活動している冒険者は、行く先々の街に本拠を移しながら路銀を稼ぎ、また別の街へと旅を続けていく。
門番の男性にお礼を言って、教えてもらった方角へ向かって歩いていく。
「ライムの名前しってたね」
「こうやって冒険者が大勢出入りするから、きっと名前も伝わってるんだろうな」
「あっ、あのおっきなのがそうかな」
「多分そうだな」
遠くからでも目立つ大きな岩の塊が、街道から外れた場所に確認できる。長さもそれなりにあるので、裏に回り込めば誰かに見られる心配もないだろう。新たに発現した魔法について、冒険者ギルドで聞いてみても良かったが、あれだけ詳しく書いてあった本にも記載されていないので、恐らく誰も知らないだろう。それに未知の魔法を、まずは自分で確かめてみたいという好奇心には勝てなかった。
◇◆◇
岩の後ろに回り込んでみたが人が誰もいなかったので、ライムを肩から降ろしてその場にしゃがむ。
《アビリティー・オープン》
その呪文で左手の甲に自分の持っている魔法が浮かび上がり、そこには[収納|色彩強化|*****]の三つの枠が並んでいる。
「とーさん、なんて書いてあるの」
「一番上が“収納”で、その下に“色彩強化”っていう新しい魔法が出てるんだ」
「どんなことができる魔法かな」
「何かを強くするような効果を持っている感じがするが、まずは呪文を決めるか」
今までの呪文は全て英語にしているので、これもそうするのが良いだろう。強化とは少し違う意味だが、何となく押し上げるようなイメージが湧いてきたので、それを呪文にしてみる。
《カラー・ブースト》
その呪文を唱えた瞬間、左手の甲に浮かんでいた“収納”の文字が書き換わり、“空間[収納|縮地]”に変化した。収納は確かに空間を操作する魔法だが、それが拡張されて新しい効果が加わったということか。
それに“縮地”というのは、空間魔法的に考えると瞬間移動のことだろう。
「なにかわかった?」
「今まで収納が使えてたんだけど、それに加えて縮地というのが使えるみたいだ」
「それってどんなことが出来るの?」
「たぶん一瞬で別の場所に移動する魔法だと思うけど、ちょっと試してみようか」
立ち上がってライムから少し離れると、周りの安全を確認して思い浮かんだ呪文を唱えてみる。
《ショート・ワープ》
一瞬で目の前の風景が変わり、さっきとは違う場所に立っているが、慣れない感覚のせいでバランスを崩して倒れそうになる。
「とーさん、だいじょうぶ?」
「大丈夫だ、慣れてないからちょっと体勢を崩してしまった」
「すごかったよ! とーさんがあっという間にちがう場所にたってて、どうやったのか全然わからなかった」
「これは魔物とかに一瞬で近づくには便利そうだけど、練習しないとうまく使えないな」
とにかく一瞬で別の場所に立っているというのは、自分の思考が追いつかない。使いこなせるまでに時間は掛かりそうだが、この世界にある既存の魔法を拡張できるというのは、とても面白い。昨日読んだ本にも、魔法には熟練度のようなものがあって、使い込んでいくと効率や効果が上昇すると書いてあったが、この“色彩強化”というのはそれを更に推し進め、一段上のステージに上げる力があるのかもしれない。
「それって、とーさんしか使えない魔法?」
「他の人の魔法を強化できるかどうかは試してみないとわからないが、どんな影響を及ぼすかわからないから慎重に取り扱ったほうが良いだろうな」
「それならライムも他の人には言わないようにするね」
「俺とライムだけの秘密だな」
「ふたりだけの秘密って、なんかうれしい!」
嬉しそうにこっちに近づいてきたライムを抱き上げ、改めて自分の能力を確認してみたが、その表示は元の“収納”に戻っていた。どうやら一度使うと効果は切れてしまうみたいだ。
◇◆◇
その後は“縮地”の性能を色々と試してみたが、最大の移動距離は学校にあるようなプールの半分くらいだから、大体十メートル前後だろう。視線の先に瞬間移動できるが、狙った場所にピッタリと到達するには練習が必要のようだ。一度目測を誤って障害物に向かって瞬間移動してしまったが、突然目の前が壁になり肝が冷えた。おかげで進行方向に何か遮るものがあれば、その手前で停まってしまうことがわかったが、森の中や狭い場所で使うときは気をつけないと、致命的なスキになってしまう。
他にも他人と一緒に移動できることもわかり、ライムが遊園地のアトラクションに乗った子供のように、はしゃいでいた。自分のいる場所が急に変化する感覚が楽しいらしく、瞬間移動に関する適性はライムの方が上かもしれない。これは竜人族のスペックが人より高いせいだろうか。
縮地が使える状態でも、収納の呪文を唱えるとそちらの魔法が発動することもわかったので、魔法の無駄撃ちにも気をつけないとだめだ。
人にはそれぞれマナの容量があって、連続して使いすぎると体がだるくなったり、ひどい時には気絶してしまうみたいなので、適当なところで切り上げて街へ戻った。
◇◆◇
そのまま冒険者ギルドに行き中に入ると、いつもより遅い時間だからか小学生や中学生くらいの子供が、依頼掲示板を一生懸命眺めている。
「おうリュウセイ、今日はちょっと遅かったな」
「おはようシンバ、今日は街の外を少し回ってたんだ」
「おはようございます」
「ライムちゃんは今日も可愛いな。
それで、外になにか面白いものはあったか?」
「まだ森には入れないし、薬草の種類とか名前も知らないから、散歩みたいなものかな」
「ライムは昨日教えてもらったから、だいぶ覚えたよ」
「こりゃライムちゃんの方が、冒険者に向いてるかもしれねぇな」
「リュウセイも頑張らないと、ライムちゃんに養ってもらうことになるぜ」
「俺、ライムちゃんのヒモになりたい……」
何やらボソッと聞き捨てならない発言が聞こえてきたが、一体誰がそんなことを言ってるんだ。周りも見渡しても発言主はわからないし、流石に幼女に養ってもらうというのはダメ人間すぎる。
「にーちゃんが流れ人っていう人で、そっちのちっちゃいのが竜人族の子供か?」
「あぁ、俺は龍青っていうんだ」
「ライムだよ」
入口の近くで話をしていたら、小学校の高学年くらいの男の子が二人と、中学生くらいの女の子が近づいてきた。手には依頼票を持っているので、受け付けに行く前に俺たちを見つけて話しかけてきたみたいだ。
「竜人族って頭にツノがあるって聞いたけど、ホントなのか?」
「あるよ、見てみる?」
「すげー、カッコイイな!」
「バカね、これは可愛いっていうのよ」
「ボク絵本で竜を見たことあるけど、この子のツノと同じ形してた」
「模様がすごくきれいだよ」
ライムが帽子を脱いで床に立つと、掲示板の近くにいた子どもたちも集まってきて、あっという間に取り囲まれてしまった。女の子たちは可愛いとか綺麗とか口々に言っているが、男の子たちはカッコイイという意見で一致しているようだ。
「お前たち、ライムちゃんを怖がらすんじゃないぞ」
「ライムちゃんはまだ小さいんだから、優しくしてやれよ」
「このギルドの癒しだからな、ライムちゃんは」
「わかってるよー、怖がらせることはしねーって」
「ちゃんと優しくするよ」
「こんなに可愛い子をいじめるヤツがいたら、私たちが許さないわ」
子どもたちが無闇に触ろうとしたり詰め寄ったりしてこないのは、きっとこうして大人の冒険者たちが見守ったり指導してくれているお陰なんだろう。ライムも自分より背の高い子どもたちに囲まれているが、気後れせずに楽しそうに話をしている。
そんな姿を目の当たりにして、同じような年代同士がふれあう時間を増やしていくのは、ライムの健やかな成長につながるはずだから、生活面でも気をつけていこうと心に決めた。
主人公は小さな頃から妹の面倒をみるしっかりした子供でしたが、この世界に来て父親として少しづつ成長しています(笑)




