第106話 スファレ
誤字報告や感想ありがとうございます。
一言だけの感想でも、とても嬉しいです。
自宅があっさり聖域化できたことを聞いたスファレが泣き出してしまい、昼間に無礼を働いたお詫びに風呂の入り方を教えろと要求してきた。コールも雨に濡れているし彼女と一緒に入ったらどうかと提案したが、頑として受け入れてもらえず、結局一緒に入ることになった。
ソラはだいぶ怒っていたが、スファレと一緒にお風呂に入ることでなく、俺が彼女の耳を触ったことにご立腹のようだ。自分は止められたのに、俺だけ触ったのがズルいと言われた。
「今から頭を洗うけど、どうしても手が耳に当たってしまうぞ?」
「一度触られておるし今更なのじゃ、構わんからさっさとわれに奉仕するが良いのじゃ」
「石鹸が目に入ったらしみるから、お湯で流すまで開けないようにな」
よく泡立てた石鹸を髪になじませて優しく洗い、頭皮も指の腹で軽くマッサージしていく。お湯をかけて泡が流れ落ちると、スファレのきれいな金髪が浴室の明かりを反射してキラキラと輝きだす。
「もう目を開けても良いのか?」
「泡も全部流れたからもう大丈夫だ」
「ベタつきも無くなったし、スッキリしたのじゃ」
「スファレの髪は本当に綺麗だな」
「われの自慢ではあるが、長旅で傷んでしまっとるのじゃ」
「ちゃんと洗髪したら見違えるように輝いたから、すぐ元の状態になると思う」
「なら次は長旅で汚れた体をピカピカに磨くのじゃ」
タオルで背中や腕を丁寧にこすっていくが、さすがに体の前や足は自分で洗うようにお願いした。俺も頭と体をさっと洗って、二人で湯船に浸かる。
「エルフにはお風呂に入るって文化が無いのか?」
「エルフは森の中に住んどるから、火はあまり使わんのじゃ」
「料理くらいはするんだろ?」
「火を使うのは料理と鍛冶くらいじゃな」
湯船に入ったスファレは水深が合わなかったらしく、こちらに近づいてくると足の上にちょこんと座ってきた。年齢こそ俺たちより遥かに上だが、身長はコールよりわずかに低く体型も控えめなので、あまり意識せずに済む。
「このお風呂みたいな魔道具は使わなかったんだな」
「この手の魔道具は錬金術じゃからな、自然の摂理から逸脱するものをエルフは嫌うんじゃよ」
「もしかして、このお風呂にスファレを入れるのは失礼だったか?」
「われはそのような偏見を持っておらんし、ここは里とは違うのじゃ、気にせずとも良い」
「スファレが柔軟な考え方の出来る人で良かったよ」
ついその答えが嬉しくなって、ライムにするように軽く抱き寄せて頭を撫でる。おとなしく受け入れてくれているスファレの耳が少し赤くなったが、逃げようとしたり文句を言ったりはされなかった。
◇◆◇
しばらくなでなでを続けながら話をしていたが、スファレは聞いて欲しいことがあると言って語り始めた。
「最初の数十年は勉強と訓練ばかりしておったのじゃ」
「さっき言ってた“お役目”というやつか?」
「われが生まれた時に、里で無魔玉が発見されての」
「無魔玉というのは、聞いたことのない名前だ」
無魔玉というのは不透明な灰色の玉で、それを霊山に何度も運び少しずつ力を蓄えていくと透明に近づいていき、最終的には白くて虹色の光を反射する霊魔玉に変化する。邪魔玉を浄化した後にできた玉は透明で虹色に輝いていたから、かなり霊魔玉に近いものだったんだろう。
最初は何かわからなかったらしいが、エルフ族に伝わる古い文献を精査すると詳細が判明する。その文献に記載されていた通り、玉が発見されたのと同じタイミングで生まれたスファレが、お役目に任命された。
そして、様々な知識や技術を習得した後、年に一度ある霊気の活性化する時期に合わせて何度も山に足を運び、儀式を執り行ってきたそうだ。
「その儀式というのは、そんなに長い時間の勉強や訓練が必要くらい、難しいことだったのか?」
「我らは古代エルフというのじゃが、成長が非常に遅い種なのじゃ、このような姿になるのにその程度かかるんじゃよ」
「なるほど、数十年かけて学びながら成長して、霊魔玉を作る儀式を三百年続けてきたんだな」
「ひと月以上かけて霊山へ出向き、そこでひと月ほど生活し、それが終われば里に戻る、そんな生活を続けてきたのじゃ」
それだけ苦労して作った霊魔玉を俺たちがあっさり手に入れたと知ったら、それは怒りたくもなるし泣きたくもなるな。
「百年も生きられない俺には、その苦労は絶対にわからないと思うが、スファレのことはとても尊敬できるよ」
「何の疑問も持たずに、お役目を黙々とこなすだけなら幸せだったのかもしれんが、今の王国が大きくなるに従って様々な情報が里にも入るようになって、われの人生は本当にこれで良いのか悩む時間が増えたのじゃ」
「それでも最後まで責任を持って、お役目をやり遂げたんだな」
「聖域を作るのは里の悲願なのじゃ、そう簡単には諦められんのじゃ」
「そんな気の遠くなるような儀式は、きっとスファレにしか出来なかった、それくらい凄いことだと思う」
「われはずっと頑張ってきたのじゃ、じゃが里の者は出来て当たり前、やって当然としか言ってくれんのじゃ」
スファレの声がだんだん元気の無いものになっていき、何かを我慢するように肩が震えだす。
白竜のフィドから霊魔玉は世界の意志が生み出すと聞いているが、スファレはそんな大きな流れに翻弄されてしまったのかもしれない。もしそうだとするなら、突然この世界に飛ばされた俺や真白には、共感できる点が多い。
「誰にも出来ないことをよく頑張ったよ、偉いなスファレは」
「その言葉を……里の者から聞きたかった………のじゃ」
「お役目本当にお疲れさま、これからは自由に生きて欲しい」
「ふっ……ふわぁぁぁーーーーーーん」
足の上に座っていたスファレがくるりと反転して俺に抱きつくと、肩に顔を埋めて泣き始めた。その小さくて華奢な体をそっと抱きしめ、泣き止むまで頭を優しく撫で続けた……
◇◆◇
泣き止んだスファレとお風呂から出て脱衣所で体を拭いているが、二人の間には微妙な空気が流れている。その場の雰囲気に流されてしまったとはいえ、裸の男女がお互いに抱きしめあったのだ、思い出すだけで大胆なことをしてしまったと、落ち着かない気持ちになる。
「とんだ醜態を晒してしまったのじゃ」
「俺も年上の女性に対する態度じゃなかったと思って反省してる」
「まぁ、思いっきりぶちまけて気が楽になったのは確かじゃ、その点はお互い気にしないようにする方が良いのじゃ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
その後の経緯も簡単に教えてもらったが、霊魔玉が出来た後に森の最奥にある聖域に出向き、そこの霊獣に協力してもらうことが出来たそうだ。地脈の活性化を待つために時間はかかったが、後は俺たちが見せてもらった方法と同じで、霊木の枝と霊獣の分体を譲り受けて里で育て始めた。
霊木を里の環境に慣れさせるのは、スファレが精霊に協力をお願いして、徐々に馴染んでもらったそうだ。里の者は誰も気づいていなかったが、長年霊気に触れていたスファレは精霊に対する感受性が、非常に高くなっていた。
「精霊のことは秘密にしておく方がいいんだよな?」
「まぁ、お主の家族くらいになら構わんのじゃ」
「ちなみにこの家に精霊はいるのか?」
「エルフの里には及ばんが、かなり精霊が集まっとるのじゃ」
「家に来た時に何かに反応していたのは、精霊だったのか」
「まさかここが聖域じゃとは思わなんだから、あまり意識を集中しておらなんだが、懐かしい気がしたのはそのせいじゃな」
聖域は精霊も住みやすくなるとヴィオレが言っていたし、きっと色々な場所から集まってくれてるんだろう。この家が落ちつけて快適に過ごせるのも、妖精だけでなく精霊の力もあるに違いない。
「ここに精霊が集まりすぎて、なにか問題になったりはしないのか?」
「精霊とは数の差はあれどこにでもおる存在じゃからな、多少集まってきた所で問題など発生せんから安心するのじゃ」
「それなら良いんだが、俺も精霊を見てみたいな」
「風呂場にも数人来ておったが、意識しすぎると落ち着かん気持ちになるもんじゃぞ」
「あー、確かに誰かにずっと見られてるなんて考えると、気になってしまうか」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
そう言って俺の方を見ながら笑いかけてくれる。スファレが何百年も抱えてきたものを少しでも軽く出来たのなら、思い出しただけで顔が熱くなりそうな行為をやってしまった甲斐はある、そんな笑顔を彼女は浮かべていた。
◇◆◇
コールに借りた部屋着を身に着けたスファレを連れてリビングに戻ると、ライムが心配そうに駆け寄ってきた。入れ替わりにお風呂に行ったコールと、食事の準備をしてる真白にイコとライザはここにいないが、みんなも心配そうにこちらに視線を送ってくる。
「スファレおねーちゃん、もう大丈夫?」
「みな心配かけたの、われはもう大丈夫なのじゃ」
スファレが頭を下げると、その場の空気が一気に明るくなった。ライムを抱っこしてソファーに行き、そのまま膝の上に座らせると隣にソラがやってきて、スファレは反対側に腰を下ろす。ヴェルデとヴィオレは肩の上で、バニラはライムの膝の上だ。
「スファレちゃんが元気になって良かったよー」
「ご主人さまが一緒なので大丈夫だとは思いましたが、だいぶ仲が良くなったみたいですね」
「リュウセイだけ、スファレの耳触ってズルい」
ソラはまだご立腹のようだ。
髪を洗ったときや、抱きしめて頭を撫でた時もかなり触ってしまったし、これを言うとますます機嫌が悪くなりそうだから黙っていよう。
「ソラもそう拗ねるでない、少しくらいなら触っても構わぬから、こっちに来るのじゃ」
「ホント!? いいの?」
「掴んだり引っ張ったりはダメじゃぞ」
「スファレおねーちゃん、ライムもさわっていい?」
「一度に皆で触るのはダメじゃが、順番になら構わんのじゃ」
俺の前を横切って反対側に移動したソラがスファレの耳にそっと触れると、やはりくすぐったいのかちょっと体が震えている。
「私のと全然違う、柔らかくてちょっとひんやり」
「耳が長いゆえどうしても冷たくなってしまうのじゃ、寒い時期はちと辛いんじゃぞ」
「耳に被せる防寒具、わたし作る」
「ほう、ソラは裁縫が得意なんじゃな」
「ソラちゃんは私の水着を作ってくれてるけど、すごく良く出来てるのよ」
「なら今度の冬に一つ頼んでみるのじゃ」
「それまでいっぱい練習する、凄いの作ってあげる」
メイド服づくりも本格的に始めるみたいだし、ソラの裁縫技術はどんどん上達していってる。きっとスファレが満足できるクオリティーのものに、仕上げてくれるはずだ。
「ねぇねぇ、今度の冬ってスファレちゃんそれまでここに居てくれるのー?」
「確かに言われてみればそうですね、さすがクリムちゃん、よく気が付きました」
「任せてー、アズルちゃん」
スファレはしまったとでも言いたげに、口を手で押さえて体を固くしている。その場の雰囲気でついつい出てしまった言葉かもしれないが、もし彼女がそれを望んでいるなら歓迎したい。
一緒にお風呂に入って色々な話をした時、俺が行ったことのある街の話を興味深そうに聞いていた。俺たちと一緒にいることで、自由気ままに生きたいという目的に近づけるなら、共に手を取り合って暮らしていくことに問題はない。
「もしスファレが一緒にいたいと思ってくれてるなら、俺は歓迎するよ。いや違うな、むしろ一緒にいて欲しいと、こっちからお願いしたいくらいだ」
「ライムもスファレおねーちゃんがいっしょだと嬉しい」
「あっ、お兄ちゃん、私も賛成だよ!」
ちょうどリビングを覗きに来ていた真白も今の話を聞いていたようで、賛成の意思を表明してくれた。他のみんなも口々に歓迎してくれるし、お風呂に入っているコールも反対はしないはずだ。
「われは長い年月を霊魔玉と共に生きてきたのじゃ。離れてみてわかったのじゃが、やはりこの場所はとても落ち着くのじゃ。出来れば一緒にいさせてもらえんじゃろうか……」
お風呂から出てきたコールはもちろん賛成してくれ、古代エルフ族のスファレが家族として生活していくことになった。
ちょろインばっかりですので(笑)
これで基本メンバーが全員揃いました。
陸(森の踏破)・海(水中作業)・空(飛行スキル)の全てを制覇できます。
あとは宇宙人と戦うだけ(ぇ?
 




