第104話 雨の王都
ベルさんが家に泊まりに来て数日たち、今日は王都内で雑貨屋の配達業務をやっている。大きめの家具を商業区の周りにある住宅に届けているが、以前資材類を大量購入した時に収納容量に目をつけられていたので、追加料金を払うからと言われ、多めの軒数に配達している。
ここは中心地や住宅区と違い、行きあたりばったりの区画整備をしているので、真っ直ぐな道が少なくて迷路のような場所だ。だが、こんな場所を攻略するというのは、未知のダンジョン攻略みたいでちょっと楽しい。
水月に入った途端に天気が崩れだし、今日もどんよりと曇って雨が降り出しそうな空模様だ。さっきすれ違った人も、フード付きのローブを深くかぶっていたが、恐らく雨対策なんだろう。
◇◆◇
細い路地を通って配達場所に向かっているが、確かにここは荷車で通れるような場所でもないし、収納魔法か一旦バラバラにして現地で組み立てるかしないと無理な立地だ、今回の配達はそんな場所ばかりを担当している。
「おぅ、ありがとよ、こいつが無いと仕事にならなくてな」
「こんな大きな机を一体何に使うんだ?」
「うちの工房は大きな型を使って材料を切り出す仕事をやってるから、そいつを広げられる場所が必要なんだ」
「なるほど、天井にあるあの大きなものを、この上に押し付けて切り出すのか」
「あれが結構重くてよ、頑丈な机を使ってるんだが、とうとう壊れちまってな」
天井には鈍く光を反射する大きな板が吊り下げられているが、あれが常に頭の上にあるのはちょっと怖い気がする。まぁ、長年やってるみたいで年季の入った工房だから、これまで事故が起きたことはないんだろう。
最初はどうやって大きな机をここに運び込んだのか疑問に思って聞いてみたら、昔は周りに建物がほとんど無かったらしい。王都の住人が増えるに従ってどんどん埋まっていき、この場所も細い路地だけの通路になったようだ。
材料は柔らかいから丸めて運べるが机だけはどうしようもなく、納品できなくて困った雑貨屋が冒険者ギルドに依頼を出した。無計画な都市開発のとばっちりを受けた形だが、何件か納品に回った限り誰も文句はないみたいだ。日本にもあった雑多な下町みたいな感じで、住人同士のつながりも強そうな印象がある。
「設置場所にも問題なかったら、納品書に署名をしてもらっていいか」
「雑貨屋にいつ納品できるかわからないって言われてたんだが、あんたが来てくれて助かったよ」
納品完了のサインをもらって建物を出ると、いよいよ降り出しそうなほど空は暗くなっていた。あと少しなのでさっさと終わらせようと地図を見ていると、さっきすれ違ったローブ姿の人物が路地の先の方を横切っているのが目に入った。もしかして道に迷ってるんだろうか……
◇◆◇
最後の納品を終えて建物を出ると頭に何かが当たる感触があり、道もところどころ雨粒で濡れていた。
「とうとう降り始めたか……」
いつもなら頭の上にいるヴィオレが答えてくれるが、今日は一人だけで依頼を受けている。雨の降ってない時間を目一杯使って作りかけの花壇を形にしたいと、ヴィオレとライムそれにクリムとアズルが家で作業をしているからだ。イコとライザが手伝ってくれてるので、そろそろ終わっている時間だろう。
真白はギルドで治療を請け負っていて、ソラも事務処理の手伝いをしている。コールは森に入っているが、雨に濡れていないかちょっと心配だ。
「この世界の傘は持ち運びが大変だからな」
開閉式の傘が一般には売られておらず、貴族などが特注で作るものしか無いので、庶民は帽子やローブで雨をしのぐ。ビニールのない世界なのでそれも完璧とはいかず、撥水性の高い素材を使っていても、長時間雨に当たるとじっとり湿ってしまうのが難点だ。
他には、撥水塗料を染み込ませた布を骨組みに張り合わせてお皿のようにし、持ち手を差し込んで使う安価な傘もあり、俺はそれを収納から取り出す。とにかくかさ張るのであまり持っている人はいない道具で、ついつい取り出しながら愚痴が漏れてしまう。
雨宿りしていた軒下から出ようとした時、配達の途中に二度ほど見た覚えのあるローブ姿の人物が、軒下に走り込んできた。どこかで転んでしまったのか、ローブが泥だらけになっている。
「突然話しかけてすまない、泥だらけになってるが大丈夫か?」
「心配して声をかけてくれたのじゃ、気にせずともよい。ちとぬかるみに足を取られてしまっての、ご覧の有様なのじゃ」
「この辺りの道路は舗装されてないから、雨が降ると滑りやすくなるしな。良かったらこれを使ってくれ」
雨の時期対策で持っていたカバンからタオルを取り出して、目の前の女性に差し出す。身長差とフード付きローブのせいでここからは見えないが、泥の付き方からして恐らく顔も汚れているだろう。
「いやいや、お主もこの雨だと必要じゃろ、われなどに差し出す必要はないのじゃ」
「収納魔法で余分に持ち運んでるから、遠慮は無用だ」
「なんと、収納持ちじゃったのか。なら好意に甘えさせてもらうのじゃ」
タオルを受け取ると俺に背を向けて顔を拭き始めたが、耳のあたりに手を差し入れた拍子にフードが脱げてしまう。その女性は金色のきれいな髪の毛の間から、小人族や妖精よりも長い耳を覗かせたエルフ族だった。
「そういえば今日この近所で何度も見かけたと思うんだが、もしかして道に迷って困っていたりするか?」
「道に迷っとったのは確かじゃが、他にも言うことがあるじゃろ」
当たり障りのない話題を選んだつもりだったが、対応を間違ったのだろうか。目の前の女性はこちらを振り返り、緑色のきれいな瞳でじっと見つめてくる。
「噂では聞いていたが、本当にきれいなんだな」
「それだけなのか?」
「寿命が長い種族らしいから、こんな事を言うのは失礼になるかもしれないが、どちらかと言うと可愛い印象のほうが強いな」
「われは寛大じゃからその程度で怒ったりはせんのじゃ」
エルフの女性は可愛いと言った方に反応して、ちょっと嬉しそうな顔になった。外見から年齢が全く判断できないが、話し方もちょっと古風な感じがするし、それなりの時間を生きてきた貫禄みたいなものがある。
「エルフ族というのは、鬼人族の女性や小人族みたいに、大人でもそのくらいの身長なのか?」
「エルフにもいくつか種があるのじゃ、われはこの姿で長い時を生きられるんじゃよ」
「そうだったのか、それなら人生の大先輩でもあるし、こんなタメ口で話すのは良くないな」
「そんな事は気にせずとも良いが、お主の反応はちょっとおかしいのじゃ」
「いや、そんなこと言われてもな……」
珍しい種族を見られてちょっと感動しているが、今の状況ではこの女性の手助けをしようという考えくらいしか思い浮かばない。とりあえず広い道に案内する旨を伝えようとした時、俺はあることが気になってしまい、カバンからもう一枚タオルを取り出した。
「耳の後ろに泥が付いてるから、ちょっと動かないでくれ」
「まっ、待たんかお主、一体何をしようと……ひやぁっ!!」
背の高さがコールと同じくらいなので、ついつい相手に確認せず世話を焼こうとしてしまったが、耳を触った瞬間に変な声を上げて全身をぶるっと震わせた。力が抜けてしまい崩れ落ちそうになった体を慌てて支え様子をうかがうと、女性の顔が耳まで真っ赤に染まっていた。
「すっ、すまない、つい汚れが気になって手が出てしてしまった」
「エルフの耳は敏感なのじゃ、そこをいきなり触るとは、どれだけ非常識なヤツなんじゃ」
「本当に申し訳ない、俺に出来ることなら何でもするから許して欲しい」
「その言葉に嘘偽りはないのじゃな?」
「もちろんだ、女性の体をいきなり触った俺が悪いのは確かだからな」
支えていた俺の腕からスルリと抜け出し、こちらを見つめる女性の目は、ちょっと悪い笑顔のようにも見えた。
◇◆◇
お互いのことを軽く自己紹介したが、エルフの女性はスファレと言う名前で、西の方にある自分たちの里から、森を一直線に抜けて王都まで来たらしい。
かなり失礼なことをしてしまったが、好意でやったのだからと一応許してもらえた。さっきの笑顔はからかっていただけらしく、名前も呼び捨てでいいと言ってくれたし、かなり心の広い女性のようだ。
とりあえず予備の傘を渡して、スファレを冒険者ギルドまで案内をしている。
「近道をしようと路地に入ってみたが思いのほか複雑な道での、気がついたら何処におるかわからんようになってしまったのじゃ」
「大きな道を進むより、斜めに突っ切ったほうが早いと思ってしまうからな」
西門から入って南門に抜けようとする時なんか、そのルートのほうが早いと思うのは仕方ない。ただ、商業区にある住宅街に入り込んでしまう前に大通りに抜けないと、慣れないうちは迷ってしまう。
「おかげで財布を落とすわ道に迷うわ、とんでもない目にあってしまったのじゃ」
「良ければ財布を探す手伝いをしようか?」
「いや、われもあちこち探し回ったのじゃが、もう何処をどう通ったか覚えておらぬし、そろそろ諦めようと思っておったところなのじゃ」
「なら、今日はどうするんだ?」
「まぁ、この街にも同郷の者がおるし、そいつを頼ることにするのじゃ」
不動産業に関わっているラチエットさんの情報でも、何人かのエルフが王都に住んでいるらしいから、その人たちのことをギルドで教えてもらえるといいんだが。
「冒険者ギルドには遺失物が届けられることがあるし、財布のことも聞いてみたら良いと思うぞ」
「カードも作らんといかんし、とっとと着替えたいし、雨の季節は本当に厄介じゃな」
「濡れたままだと風邪を引くかもしれないが、体が冷えてたりはしないか?」
「多少しっとりしとるが心配無用なのじゃ」
「なるべく早く着替えたほうが良いだろうし、もし他の仲間が見つからなかったら宿代を立て替えるくらいはするよ」
「われとは会ったばかりなのに、お主は少々お人好しすぎじゃな、そんなことでは誰かに騙されてしまうのじゃ」
お金の目処が立つまで家に泊まってもらってもいいが、男の俺が誘っても警戒されるだけだろう。さっきの行為は完全にアウトっぽかったし、それを許してもらえただけでも立て替えの理由になると思う。
「まださっきのお詫びも出来てないし、スファレは誰かを騙そうとするような人じゃないのは、何となくわかるからな」
「まぁ、その評価は有り難いのじゃが、なんとも不思議なやつなのじゃ」
「いろいろ世間知らずなのは実感してる」
「全くじゃな、往来であのような破廉恥な行為をしおって……」
「あれは反省してるし、もうやらないよ」
「うっかり被り物を取ってしまったわれにも非があるのじゃから、それはもう良いのじゃ」
「でも、姿を見られたら騒がれる危険があるのに、どうして人の多い王都に出てきたんだ?」
「われは今まで森から出たことが無かったのじゃ。お役目が終わった後に外の世界を見てみたくて里を出たんじゃが、折角じゃから一番大きな街を目指してみたのじゃ」
「観光目的ならパーティーに誘われることは少ないと思うが、今の時期は雨が多くて街を見て回るにはちょっと向いてないな」
「その点は失念しておったのじゃ……」
身長差があるのでここからはスファレの傘しか見えないが、その声のトーンから落ち込んでいるのは良くわかる。好奇心を優先させて無計画に里を飛び出してしまった辺り、ちょっとお茶目で可愛らしい。
雨のせいで道を歩く人もおらず、二人だけで話をしながらギルドに向かっているが、スファレが語ってくれる森の話はとても面白い。ソラやライムに話したら、喜んで聞いてくれそうだ。
とりあえずギルドで待ち合わせしている三人に相談してみよう、そんな事を考えながら雨の王都を歩いていった。
のじゃロリの登場!
設定では身長が140cmなので、日本人だと10歳くらいです。




