第102話 ベルのお泊り
誤字報告ありがとうございます、生物になってた(笑)
ご飯を食べ終わった後、護衛の二人はトボトボと帰っていった。明日から出張らしいけど、今日のカレーを糧に頑張ってくれると嬉しい。
「ベルおねーちゃん、いっしょにお風呂にはいろ」
「えぇ、いいわよライムちゃん」
「私も一緒に入りたい、いい?」
「もちろんいいわよ、私の家に小人族はいないから、一緒に入るのが楽しみだわ」
ソラはちょっと人見知りなところがあるが、ベルさんとはすぐに打ち解けていたな。まぁ、男装の麗人だったり、いきなり女性らしい姿に変身したり、ソラの好奇心を刺激してしまったんだろうけど。
「今日は旦那様と一緒にお風呂に入るのです」
「そうすればお風呂は三回で終わるですよ」
「じゃぁ、私とコールさんとクリムちゃんとアズルちゃんで入るね」
「私もマシロちゃんたちとお風呂に入るわ」
「そうだな、俺は二人と一緒に入るよ」
「ピピッ!」
「なーぅ!」
「キュイッ!」
「ヴェルデとネロとバニラも一緒に入るか?」
「ピッ!」
「なー!」
「キュッ!」
三人とも短い鳴き声を上げ、同意の意思を示してくれる。今日のお風呂は人数も多くて、にぎやかになりそうで楽しみだ。
「妖精や守護獣や霊獣がお風呂に入るなんて、私の中の常識が音を立てて崩れていくわ……」
「うちの家族は全員、お風呂が好きだからな」
「ネロちゃんは今まで、お風呂に入ったりしなかったんですか?」
「そんなこと思いもつかなかったし、ああして強請ったこともなかったわね」
「ヴェルデもリュウセイさんに誘われて、お湯浴びをするようになりましたから、ネロさんもきっと同じなんでしょう」
「これからネロとの付き合い方が、大きく変わってしまいそうよ」
ベルさんは複雑な表情をして、ライムとソラに手を引かれながら風呂場へと向かっていった。守護獣や霊獣は汚れたりしないし、普通はお風呂に入れようなんて考えもしないだろう。その辺りは異世界人の非常識が招いた結果として、納得してもらうしか無い。
◇◆◇
椅子に座っているイコとライザの頭を洗い、そのまま体も洗っていくが、二人の膝の上にはネロとバニラがいる。ヴェルデとヴィオレの二人は仲が良いが、ネロも妖精になら触られても大丈夫みたいだ。
「ネロ様、泡々なのです」
「なーーー」
「バニラ様もしっかり綺麗にするですよ」
「キュィーーー」
石鹸で全身を泡だらけにしたネロもバニラも、気持ち良さそうな鳴き声を上げている。ヴェルデも俺の膝の上で、しっかり泡まみれだ。
「みんな、お湯で流すぞ」
「いつでもいいのです、旦那様」
「お願いしますですよ、旦那様」
二人の後ろからお湯をかけて泡を流していくと、真っ白だったネロの体も黒い毛が見えてくる。バニラは元々白いのであまり変わらないが、濡れてスマートになった体がちょっと可愛い。
俺の頭や背中も二人に洗ってもらい、きれいになったら湯船に浸かる。お湯の中で両膝を立てると、そこにネロとバニラが掴まって、顔だけ上に出して温まっている。ヴェルデはいつものように、羽を広げて器用に泳ぎ始めた。
「今日は人数が多くて、とても楽しいのです」
「ネロ様もお風呂好きの仲間になったですよ」
「なぁぁぁーー」
「ヴェルデとバニラも一緒に入れる仲間が増えて良かったな」
「ピピピーー」
「キュゥーーイ」
見た目は動物の三人だが、全員会話が成立するので話をするのがとても楽しい。以前の自分だと考えられなかったことだが、今では誰とでも普通に会話ができるようになってきたと思う。相変わらず敬語は苦手だが、この世界だと問題になったことは無い。
「ネロ様にも時々遊びに来て欲しいのです」
「ベル様も家族になってもらえばいいのですよ」
「あの人も自分の仕事があるし、それは無理だと思うぞ」
夕食前に教えてもらったが、ギルドの査察官という肩書を持ちながら、彼女は全く別の仕事をしていた。ベルさんは国から密命を受けて、貴族や資本家の不正を調査している。冒険者ギルトとも連携をとったりするので、ギルド長などの幹部クラスはその事実を知っているようだ。
ドーヴァの街でポーションの値段が高騰した時に、材料を横流しして値段を釣り上げていた悪徳業者を摘発したのが、ベルさんの家で雇っている調査員と彼女だった。旅の途中で出会ったのも、取り締まりに向かうのが目的で、食事どきに出会った人たちも連絡要員だったらしい。
「旦那様が色々な街に転移できるようになれば、一緒にいる機会も増えると思うのです」
「冒険者をやめるつもりは当面ないから、いつも手伝えるわけじゃないが、コールみたいに困ってるような人がいたり、誰かのせいで不幸になる人を救えるなら、協力はなるべくしたいな」
「さすが私たちの旦那様ですよ」
流れ人がこの世界に来たという情報は、王家にも伝わっているとビブラさんが言っていたので、こちらの素性もある程度は調査されているはずだ。その上で、お館様と呼ばれていたベルさんの母親が、俺たちになら秘密を打ち明けていいと言ったのは、それだけ信用してくれたということだろう。
「二人はベルさんに会ったばかりだが、どうしてそんなに気になるんだ?」
「旦那様やマシロ様はこの世界の人とは違うのです、それに王都には来たばかりなのですから、味方や仲間をいっぱい作るのがいいと思うのです」
「そうすれば、この家や皆さまの生活は、より安定するですよ」
「ベル様はとても真っ直ぐな心を持った方なのです」
「そんな方と繋がりを持てるのは嬉しいですよ」
こうやって、家やそこに住む住人を第一に考えてくれるのは、やはり妖精なんだなと思う。だが、そんな彼女たちに一目で気に入られるというのは、ベルさんの人柄ゆえだろう。彼女が困っている時は、なるべく力になってあげたい。
◇◆◇
ネロとバニラが寝そべるように肩からぶら下がり、ヴェルデが頭の上に止まり、イコとライザを両腕に抱っこするという、なんだかよくわからない格好で寝室へと入る。みんなはベルさんを囲んで、楽しそうに話をしていた。
「お兄ちゃんお帰り」
「あらあら、私の掴まる所がないわね」
最近ソラが作ってくれた寝間着を身につけたヴィオレが近くに飛んできて、時折見せてくれるようになった安心できる笑顔を浮かべてくれる。
「ネロったらすっかりくつろいじゃって……
リュウセイ君、お風呂の中ではどうだった?」
「全身泡だらけにして嬉しそうにしていたよ」
「私たちが洗ったあげたのです」
「すごく気持ち良さそうだったですよ」
「なぁーーーーーう」
ネロは俺の肩から飛び降りると、ベルさんの膝の上で丸くなって甘えだした。空いた肩には入れ替わりでヴィオレが座ってくる。
「本当ね、ネロからいい匂いがするわ」
「ネロちゃんもお風呂がすきになったんだね」
「なーーー」
「ネロちゃんも、あるじさまにブラッシングしてもらおうよー」
「私たちやバニラさんを骨抜きに出来るご主人さまのブラッシングは、是非体験してみるべきです」
「キュキューイ」
「猫は液体って本に書いてた、ネロはきっと溶ける」
元の世界でもそんな話は聞いたことあったな、鍋に入ってしまうとか体が異常に伸びるとか。この世界でも同じように言われているのはちょっと面白い、猫人族のクリムとアズルもブラッシングで液状化するし、検証のためにネロもブラッシングさせてもらおう。
◇◆◇
「な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「ネロの体がビクンビクンしてるのだけど、これ本当に大丈夫なの?」
「あらあら、ネロちゃんたら気持ちよすぎて、目がうつろになっているわね」
「今なら私たちでもネロちゃんに触れるかも」
「ライムなでなでしてみたい」
「な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛う゛」
膝の上に乗せてネロのブラッシングをやってみたが、全身を痙攣させながら鳴くので声も震えている。逃げたり嫌がったりせず、体も倍近くの長さに伸び切っているので、かなり気持ちがいいみたいだ。
ライムがそっと手を伸ばしても威嚇したりせず、撫でても触っても気持ち良さそうに目を細めるだけだった。みんなが次々近づいてきて、撫でたりモフったりしていたが、ネロはされるがままに受け入れている。ブラッシングは守護獣の警戒を緩める効果があるのかもしれない。
「本当に骨抜きにされてしまってるわ……私の守護獣なのに」
「あるじさまのブラッシングだから仕方ないよねー」
「お風呂上がりの体はー、ふわふわサラサラで気持ちよかったですー」
「ネロ可愛い、うちの子になる?」
「な゛ぁ゛ー」
「それだけはダメよ、絶対ダメだからね、ネロ」
遠くにいても召喚しなおせば手元に戻ってくるから、離ればなれにはなったりしないはずだが、焦ってこちらに近づいてくるベルさんはちょっと可愛い。
◇◆◇
ブラッシングを終えたネロは、ベルさんの膝でぐったりしている。ちょっと痙攣しすぎたのかお疲れ気味だ。
「今日は色々驚かされたけど、本当にみんな仲良しよね。私のところにも鬼人族はいるけど、こんなことは絶対にさせてくれないわよ」
「はふぅーーー、私もリュウセイさんや、この家族以外に触られるのは嫌ですよ」
「私の知っている小人族も、そんな風に甘えたりしないしね」
「コールの抱っこ好き、気持ちいい、他の小人族これ知らないだけ」
「背の低い私でも、ソラさんなら無理なく抱っこできるので、嬉しいです」
あぐらをかいた俺の足の上にコールが足を伸ばして座り、更にその上にソラが座っている。三体の亀が上に積み上がってる置物を見た覚えがあるが、ちょうどそんな状態だ。
「ライムちゃんは私が抱っこしてあげるのです」
「ありがとう、イコおねーちゃん」
「ライザちゃんは私が抱っこしてあげるね」
「ありがとうですよ、マシロ様」
ブラッシング後の余韻に浸っているクリムとアズルは、しっぽをゆらゆら揺らしながら俺の足を枕にしている。ヴィオレとヴェルデはすっかり乾いた頭の上に戻ってきたし、バニラはライムの膝の上だ。
この家に来てベッドを拡張してから、こうして抱っこしたりされたりして過ごす時間が増えた。それはイコとライザのおかげで、掃除洗濯に時間を取られることが無くなったし、洗い物や後片付けも短時間で終わるからだ。そんな二人が惚れ込んでいるベルさんとは、これからもいい関係でいたい。
「さっきお風呂の中で話してたんだが、俺たちはこれからここを拠点にして色々な街に行ってみようと思ってる。もしベルさんの行く先と重なったり、俺の転移魔法で行ける場所に出張があるなら、出来るだけ協力するよ」
「それはとても有難いんだけど、どうして私にそこまでしようと言ってくれるの?」
「秘密を共有する仲になったとか理由は色々あるが、一番大きなのは俺も含めて家族全員がベルさんのことを好きだからだな」
「ちょ……ちょっとリュウセイ君、真顔でそんな事を言われたら困ってしまうわよ」
普段は性別を偽っているとはいえ、ドーヴァの冒険者ギルドで熱烈な歓迎を受けていたりし、こんな風に言われることは多そうなイメージがあるんだが、違うんだろうか。
「まぁ、お兄ちゃんだからね」
「はふぅぅぅー、いつものリュウセイさんで安心しました」
「ライムもベルおねーちゃん大好き」
「ベルの話面白い、私も好き」
「あるじさまは流石だねー」
「とても頼もしいー、ご主人さまですー」
「本当にここにいると楽しいわ」
「ピピー」
「キュィー」
「なーーー」
「とてもいい旦那様に巡り会えたのです」
「姉妹妖精をやってて良かったですよ」
他人と普通に話ができるようになってきたと思っていたが、まだまだ経験不足なところが多いみたいだ。
脱がすのがダメなら、脱いでもらえばいいじゃない(ソラ・アントワネット




