第99話 コールと散歩
誤字報告ありがとうございました、母親が姉になってしまうとは……
新章の開始です。
章題が某アレっぽいですが、ゾンビは出てきませんので(笑)
王都での暮らしにも徐々に慣れてきて、一般の依頼を受けたりダンジョンに潜ってみたりしている。新居のリフォームでかなり散財してしまっているし、水月になって雨が多くなったら、ベスとフィドにもらった鱗を、アージンまで持って行こうかと計画中だ。
家の購入の際に、なんだかんだとかなり割り引いてもらっているので、口座残高には余裕があるのだが、久しぶりにギルド長やクラリネさんやシンバにも会ってみたい。
―――――・―――――・―――――
今日は依頼もダンジョンも休みにして、それぞれが好きなことをして過ごす日だ。休息日は定期的に作るようにしていて、毎日の家事をこなしてくれるイコとライザにも、半休をとって私服で過ごす日を作ってもらった。
真白とヴィオレと俺は午前中にチェトレの朝市に出向き、食材や香辛料を補充して帰ってきている。またカレーを作ってくれるみたいなので、みんなが楽しみにしていた。
クリムとアズルとライムは、お腹を空かせるために午後から走りに出かけ、ソラはお昼ごはんを控えめにして書斎で読書中だ。イコとライザは真白の手伝いで家に残り、コールと俺は走るほどではないがお腹を空かせたいと、ヴィオレも誘って散歩に出ることにした。
目的地は特に決めていないが、森林公園にまで行ってみようと思ってる。
「コールちゃんは料理に参加しなくても良かったのかしら」
「スパイスを挽く作業は、イコさんとライザさんがやってみたいと言われましたし、材料を切ってナンを焼く準備をしたら後は煮込むだけなので、お腹を空かせる方を優先しました」
「せっかくのカレーはなるべく美味しく食べたいからな」
空腹は最高のスパイスという言葉もあるし、元々美味しい料理を更にレベルアップさせるために、しっかり歩き回って帰ろう。
「森林公園は私も好きな場所なんですが、まだ一人で行ける自信がないので、この機会に道順も覚えたいです」
「家から直通の経路がないから、ちょっと複雑なんだよな」
「上からだと公園は目立つからすぐ行けるし、こんな時は飛べるのが便利よね」
「すごく羨ましいですよ」
「ヴェルデも好きな場所みたいだし、こうして出かける機会を何度も作れば、自力で行けるようになるさ」
「ピピーッ!」
「その時はまた一緒に行ってもらえますか?」
「あぁ、コールから誘ってくれても構わないぞ」
小さな声で「近いうちによろしくお願いします」と言って、繋いでいる手をキュッと握ってくる。出会ってからそれなりの日にちが経っているが、相変わらず控えめなところが微笑ましい。黒くてきれいな髪の印象もあるので、何となく大和撫子という言葉が浮かんできた。
出会った頃と違い髪の艶も増し、陰りのあった表情が消えた今のコールからは、不吉だとか暗いといった印象を受けなくなった。多少は改善してきたものの、まだまだ自分を低めに評価しているため本人は認めていないが、若い鬼人族の男性から人気は高い。
「そろそろ公園が見えてくる頃よ」
「その角を曲がったら後は一直線だな」
「私は先に行ってお花を見てくるわ、ヴェルデちゃんも来る?」
「ピッ!」
春の季節になって公園には緑が増えているので、我慢しきれなくなったヴィオレが、ヴェルデを連れて飛び去ってしまう。残された俺とコールは、そのままのんびり道を歩いて公園へ向かった。
◇◆◇
公園には遊歩道が整備され、ベンチも所々に設置してある。道端にも少し花が咲いているが、花壇になっているところもあるので、ヴィオレたちはそこへ向かったんだろう。
「意外と人が少ないですね」
「散歩をするにはいい季節だと思うんだが、この世界の人にはそういった習慣がないのか?」
「そんなこと無いと思いますよ、前に来た時は歩いてる人を何人も見かけましたし」
「そういえばそうだったな、今はたまたま人の少ない時間だってことか」
遊歩道を吹く風は爽やかで、散歩をするにはちょうどよい季節だ。案内板には広場も描かれていたので、そこでお弁当を食べるのも良いかもしれない、今度はみんなを誘ってみよう。
「そういえばコールとこうして二人だけで歩くのって初めてじゃないか?」
「……はぅっ! いっ、言われてみればそうでした」
変に意識させてしまったらしく、コールは頬を染めてうつむいてしまった。繋いだ手を振りほどかれたりはしないが、寄り添うように歩いていた距離を少し開けられる。
「すまない、余計なことを言ってしまった」
「いえ、あの……リュウセイさんに言われて、今の状況に気づいたら、急に恥ずかしくなってしまって」
「嫌じゃないならいいんだ、俺はこうしているのが楽しいし、大切な時間だからな」
「はぅぅ……」
コールは耳まで赤くなってしまったが、離れていた距離はこれまでより縮まった。
「やっぱり、まだ種族の違いって気になるか?」
「クリムさんやアズルさんやソラさん、それにヴィオレさんを見ていたら、すごく小さな事にこだわっていたのかも、なんて思うようになりました」
「この世界の価値観は尊重したいと思うが、それに囚われすぎると大切なものを見失うかもしれないしな」
「普通の関係とは言えないかもしれませんが、今の家族を失うのは絶対に嫌です」
「その気持は俺も同じだよ、今の家族は絶対に守ってみせる。
それに、そもそも普通にこだわった所で、俺と真白は異世界人だから、その時点で世間とは違って当たり前なんだ」
「そうですよね、そう考えると何だか今更って気がします」
ちょっと冗談めかして言うと、コールの緊張も抜けて腕を抱きかかえるように密着してくる。空いている方の手を伸ばして、頭を軽く撫でてから散歩を再開した。
◇◆◇
腕にまろやかな感触を受けながら、公園の奥にある花壇を目指して歩いているが、すれ違う人もいないので二人きりの散歩を存分に楽しめている。
そんな時、遊歩道の生け垣になっている部分から、誰かがヒョイと道に飛び出してきた。優しそうな顔が少し驚いた表情になっているが、スラっと伸びた背のイケメンはドーヴァへ向かう途中に知り合ったマラクスさんだ。
驚いたコールが組んでいた腕を離してしまったので、ぬくもりが無くなってちょっと寂しい。
「おっと、驚かせてしまったみたいだね」
「マラクスさんじゃないか、そんな所から出てきてどうしたんだ」
「久しぶりだねリュウセイ君、それにそっちの……」
「この女性はコールといって、俺たちのパーティーメンバーなんだ」
「はっ、始めまして。私の名前はコールといいます、リュウセイさんたちと一緒に活動しています」
「すごく可愛らしい鬼人族の女の子じゃないか、僕が言った通り女性のメンバーを選んでくれたんだね」
コールにはマラクスさんの性別を伝えていないから、イケメンの褒め言葉を聞いて照れまくっている。この世界の人族目線で見てもコールは可愛いんだから、これが自信につながって欲しい。
旅の途中でパーティーメンバーの話題になった時、マラクスさんから可愛い女性を選ぶように強く言われた。ライムもいるし、今の生活の仕方を考えたなら、それは大正解だったわけだが。
「まぁ、結果的にその通りになっているよ」
「うんうん、その辺りを良くわかってるのは僕好みだよ」
「それより、そんな所から出てきたんだから、急いでるんじゃないのか?」
「あ、いや、家に帰ろうと思って近道してただけだから、急いでたわけじゃないんだ」
ギルドの査察をやっているマラクスさんは国の職員だから、やはりこの区画で働いているのか。それにしても公園を横切ってショートカットするとは、一人で旅をするだけあってなかなかワイルドな女性だ。
「もう仕事は終わったのか……」
「やっと休暇がもらえてね、家でのんびりしようかと思っていたところさ」
「確かドーヴァへ来る途中に、リュウセイさんたちと一緒に旅をされた方なんですよね」
「初めての旅だったから、この人に色々と教えてもらって助かったよ」
「ライムちゃんもすごく懐いていたみたいですし、マシロさんが言っていた通りとても格好いいです」
「あんまり男らしくないって言われるんだけど、そう評価してくれると嬉しいよ。
ところで、いつ王都に来ていたんだい?」
「二十日ほど前にチェトレから船で来たんだが、ここに拠点を作ったんだ」
「えっ!? 拠点って家を買ったのかい?」
マラクスさんと別れてから四ヶ月くらいしか経っていないし、いきなり王都に拠点を作ったなんて言うと驚かれるのも当たり前か。
「白銀土地建物商会にお世話になって、家を手に入れることができたんだが、もし時間があるならそこでゆっくり話さないか?」
「そうですね、こんな場所で立ち話もなんですから、家に来てもらった方がいいかもしれません。きっとライムちゃんもマシロさんも喜びますし」
「白銀土地建物商会って、貴族でもなかなか仲介してくれない所なんだけど……」
「その辺りの詳しい経緯も話したいし、他のパーティーメンバーも紹介したいから、家に来て夕食を食べてもらって構わないんだが」
「マシロちゃんの料理が食べられるなら、ぜひ行かせてもらうよ!」
旅の途中も何度かプロポースしていたし、真白の料理をちらつかせると食い付きが良いな。今夜はカレーだし、この世界に無い料理を存分に楽しんでもらおう。
「あら? 見たことがない人ね、リュウセイ君のお知り合い?」
「ピピッ?」
マラクスさんを家へ招待することが決まり、ヴィオレとヴェルデはどうしようかと思っていたら、タイミングよく戻ってきた。
「この人が以前も少しだけ話した、マラクスさんという人だ」
「リュウセイ君と一緒に旅をした人だったわね、それにしても変わった格好をしているわね……」
「あー、ヴィオレ、その話は家に帰ってからにしてくれないか」
「なるほど、訳ありなのね、わかったわ。
私は花の妖精でヴィオレというの、こっちはコールちゃんの守護獣で、ヴェルデちゃんよ」
「ピピー」
ライムもひと目で性別を見抜いたが、ヴィオレにも同じようにわかってしまったようだ。マラクスさんは俺の頭の上をじっと見つめたまま固まってしまい、目の前でしばらく手を振っていると無事復帰した。
「妖精や守護獣って……一体何があったんだい、リュウセイ君」
「その辺りも家で説明するよ」
「流れ人、ちょっと怖い」
コールに右手を、少し表情の抜け落ちてしまったマラクスさんに左手を差し出し、三人で手を繋ぎながら帰ることにした。家には妖精があと二人いるし霊獣までいるが、彼女の心は持ちこたえられるだろうか……
いよいよ次回でこの作品も100話目になりますが、ドッタンバッタン大騒ぎ回ですのでお楽しみに。




