第8話 魔法の勉強
本日三回目の更新の二話目です。
緑の疾風亭で朝食を食べ、ライムを肩車しながら冒険者ギルドへ向かう。洗濯物は指定のかごに入れてシロフにお金と一緒に渡すと、その日のうちに洗っておいてくれるらしい。昨日お願いしたライムの服は、今回の支払い分で構わないとサービスしてくれたのが助かった。
今日も「かたぐるま、かたぐるま」とリズムに乗って歌うようにつぶやいていて、とても楽しそうだ。この街に来た日とは違い、二人ともこの世界の一般人が着ている服装になったので、注目を集めることは無くなったが、代りに肩に乗っているライムを微笑ましそうに見つめる優しい視線が増えた。
そして冒険者ギルドの扉をくぐると、昨日と同じように一斉に視線が集まるが、今日はライムも怯えることはないし、俺も睨み返したりしない。
「おう、リュウセイおはよう」
「おはよう、シンバ」
「ライムちゃんは一段とべっぴんさんになってるじゃないか」
「昨日も可愛かったが、今日は更に可愛いな」
「服もよく似合ってるぞー」
「みんな、おはようございます。
服はとーさんに買ってもらったの」
入口の近くにいたシンバが真っ先に声をかけてくれ、奥にいた冒険者たちも口々にライムの姿を褒めてくれる。流れ人の俺や、竜人族のライムのことは冒険者の間に一気に広まったらしく、「あれが例の流れ人とライムちゃんか」という声も聞こえてくる。
突然有名人になってしまったようで驚いたが、室内にいる冒険者たちの話題は、もっぱらライムについてだ。自分が添え物みたいな扱いになっているのは少し寂しく感じつつ、妹といる時もこんな感じだったので、いつものことと割り切っておく。それより一度訪れただけなのに、ライムがすっかり冒険者ギルドのアイドルみたいな扱いになっているのは驚いてしまった。
でも、身内がこうして人気者になるのを嬉しいと思うのは、親心みたいなものなんだろうか。
「今日はどうするんだ?」
「今日は依頼の受け方や、魔法について教えてもらおうと思ってる」
「魔法についてか、元の世界でも同じようなことは出来たのか?」
「俺の住んでいた世界には魔法なんて存在しなかったから、知らないことばかりなんだ」
「色でそいつの役割がある程度決まっちまうのは面白くないが、魔法だって万能なわけじゃない。結局、最後に決めるのは自分の意志だ、リュウセイも色々挑戦してみるのがいいと思うぜ」
「ありがとう、参考にさせてもらうよ」
「ちなみに、俺は緑の身体系で風属性が付いてるんだぜ」
「宿屋の家族も全員が緑で、料理や掃除に洗濯の補助魔法持ちだったが、シンバの場合はどんな効果があるんだ?」
「緑の疾風亭に泊まってるのか、あそこの家族は緑の生活系だ。俺の持ってる身体系は、風だと俊敏性が上昇する」
「つまり速く動けるってことか」
「俺の装備が軽装なのは、それが理由だ」
近くにいる人も自分の持っている色と魔法を教えてくれたが、人族は緑色が発現しやすいらしい。獣人族は種族として身体強化を使えるせいで緑色はまったく出ず、赤色の攻撃魔法がよく発現するそうだ。鬼人族は魔法の適性は低いが、男女問わず体が頑丈なので冒険者をやる人が多い。小人族はすばしっこいので斥候役をやったりするが、戦闘力が皆無なので手先の器用さを活かした仕事をする人が多いなど教えてもらった。
「リュウセイはもう色を調べてもらったのか?」
「俺は紫色を持ってたよ」
「ほー、珍しい色が出たな、さすがは流れ人ってところか」
「まずはこれを活かせる仕事を探してみようと思うんだ」
「それなら依頼を掲示してる場所の、あの辺りだな」
シンバが指さした場所には色分けしたボードに紙がピン留めしてあり、それを外して受け付けに持っていくと依頼を受けられるらしい。それぞれの色に有利な条件でまとめられていて、とてもわかり易い掲示方法になっていた。基本的に早いもの勝ちだが、依頼は発生するたびに貼り出されるので、こうしてギルドでたむろしている人は、自分に有利な条件の依頼が出るのを待っているそうだ。
「竜人族はどんなことが出来るの?」
「竜人族はめったに会えないから俺も知らないが、ライムちゃんはそうやってにっこり笑ってくれるだけで構わないぜ」
「ライムも、とーさんの役に立ちたい」
「ホントにいい子だなライムちゃんは……
リュウセイの魔法で有利な依頼は、物を運んだり整理したりする仕事だから、ライムちゃんも手伝えるし頑張るといいぞ」
「ライムがんばる!」
みんなに応援されたライムは、俺の肩の上で気合を入れているみたいだ。その姿に、また場の雰囲気がほっこりとなっている。ついつい立ち話をしてしまったが、色々有意義なことも教えてもらえた。しかしずっとここで話し続けるわけにもいかないので、そろそろ受け付けに行くことにしよう。
シンバたちにそのことを告げ、ライムを肩から降ろして昨日と同じ受付嬢の窓口へ向かう。
「こんにちは、リュウセイさん。ライムちゃんすごい人気ですね」
「ライムのお陰で、みんなに良くしてもらって助かってるよ」
「これだけ可愛かったら、皆さんがああなってしまうのもわかります」
「ここはこんな小さな子を連れてきてもいい場所なのか?」
「今の時間はほとんどいませんが、もう少しすると子供でも出来る簡単なお手伝いの依頼が貼り出されるので、小さい子も来ますから問題ありませんよ」
「ライムにもできるお仕事あるかな」
「リュウセイさんと一緒なら出来る依頼があるから頑張ってね」
俺の膝の上に座ったライムに、受付嬢が手を伸ばして頭を撫でてくれる。ふと何かを感じて周りを見ると、帽子を脱いだライムのサラサラした髪を触っている受付嬢に、他のカウンターで業務をしている人たちが羨ましそうな視線を向けていた。中には「私も触れてみたい」と言わんばかりに手が伸びてる人もいるので、これからは訪ねる窓口を順番に変えていった方が良いかもしれない。
「今日は色々なことを教えて貰う約束をしてたんだが、大丈夫だろうか」
「はい、クラリネさんがすごく待ち遠しそうにしてましたから、いつでも大丈夫だと思いますよ」
昨日と同じ部屋に行って欲しいと言われたので、ドアをノックして中に入ると、本を何冊か手にして内容を確認しているクラリネさんがいた。
「リュウセイさん、ライムさん、お待ちしていました」
「色々面倒をかけてしまうが、今日もよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「私も楽しみにしていましたから、気になさらないでください。
それにしても、ライムさんは更に可愛くなりましたね」
「とーさんに服を買ってもらったり、体や髪もきれいに洗ってもらったんだよ」
「そうですか、それは良かったですね」
先程の言葉が偽りでないという風に、とても楽しそうにライムと話をしている。そして部屋に入った時に手にしていた本を一冊持って来て、机に置いてくれた。
「これはこの世界の魔法について、まとめられた本なんです。この国にある一番内容が充実したものをお持ちしましたので、ご満足いただけるかと思います」
「ありがとう、一番興味のあることだから、早速読んでみるよ」
パラパラとめくってみたが、ハードカバーの装丁が施されたその本は内容がぎっしり詰まっていて、それぞれの特徴や考察まで記載しているみたいだ。
「ライムさんにはこの絵本をどうぞ」
「ありがとう!」
そしてライムの前には、数冊の絵本が並べられた。多色刷りの版画みたいな本で色数もあまりないが、動物や植物が少しデフォルメした感じに描かれ、ちょっとしたストーリーになっているものもあるみたいだ。さっき机に並べれらていた本の大半は、ライムのために用意してくれていたらしく、描いてある絵の名前や説明もしてくれている。
こちらはちょっと放置プレイみたいになっているが、絵を指さしながらどんな動物なのか聞いているライムが楽しそうなので、良しとしておこう。しかしクラリネさんは動物の鳴き真似が上手だな……
◇◆◇
この世界の魔法は黒・赤・緑・青・黄・水・紫・白の八色あると既に聞いているが、この色の組み合わせはコンピューターやスマホが画面を表示させる時に使う、RGBの三原色を使った加法混色ではないだろうか。
これだと、赤・緑・青の基本的な三色と、赤と緑が重なった黄色、緑と青が重なった水色、青と赤が重なった紫色、そして三色重なった白と、何も色がない黒が表現できる。火・風・土・水の四属性が、赤・緑・青の三色にしか付与されないのも、単色で表せる色だからと考えたら何となくしっくり来る。
それに、この本によると黄色・水色・紫色の三色は発現する人が少なく、白に至ってはかなり希少らしい。つまり基本の二色を持った人は少なく、三色すべて備えた人は滅多にいないということだろう。
もっとも、それがわかったからといって魔法を使う上で有利になるとは思えないが、覚えておいて損はない知識に思える。
昨日ドラムにも聞いた複数の魔法が発現するのかという答えも、この本には書いてあった。やはりと言うべきなのか、さっき受付フロアにいた冒険者たちも魔法は一つしか使えなかったが、二つ使える人は名人や達人と呼ばれるような人物だけらしい。過去には三つ使えたという人物もいたらしく、その人たちは英雄や賢者と呼ばれたようだ。それ以上はもう物語の世界で、四つ使えるのは魔神だとか、五つ使えたら伝説だとか、六つは神話などと書かれていた。
ただ魔法を二つ使えるからといって別の色が発現することはなく、赤の色を持った人は同じ色の中で飛翔系か具現系か設置系が使えるようになる。加えて属性も固定なので、飛翔系で水球を飛ばす魔法を使ってる人は、具現系が発現したら水の剣を作り出したり、設置系が発現すると水壁を置くことが出来る。
◇◆◇
ついつい面白くて魔法の本を読みふけっていたが、隣に目をやるといつの間にかライムはクラリネさんの膝の上に座って絵本を読んでいた。一体いつ隣に座ったのか全く気づかなかったが、ライムを膝の上に乗せたクラリネさんの顔は至福の表情をしている。小さな子供が好きなのか、それともライムだからここまで気に入ってくれてるのかわからないが、場合によっては通報されかねないその表情はやめた方が良いと思う。
「面白いか、ライム」
「うん! 動物やお花の名前いっぱいおぼえたよ」
「俺もこの世界の動物や花の名前を知らないから、ライムに教わることにするよ」
「ライムに任せて!」
「ライムの世話を任せっぱなしで申し訳ない、この本はかなり勉強になったよ」
「小さくて華奢な体、そしてサラサラの髪の毛、それにとてもいい匂いがします……
こんなに素晴らしい時間が過ごせるのでしたら、毎日来ていただいて構いません」
クラリネさんの本音が、ポロリと漏れていた。
◇◆◇
しばらくして正気に戻ったクラリネさんに、依頼の受け方や冒険者ギルドのことも聞いていく。冒険者ギルドといっても、実態は街に住む住民たちの管理をする役所的な組織みたいだ。ここで発行してもらったギルドカードは、いわゆるマイナンバーカードや住民票みたいなもので、自分の魔法の色や適性をここで調べてもらい、冒険者活動をせずに商売をしたり船乗りになったりすると、今度はそれぞれの組合に追加登録するらしい。
そういった組織に属さなくても、ここで仕事の依頼や斡旋を受けたり、子供が店の手伝いやアルバイトを探しに来たりするので、ハローワーク的な役目も担っている。冒険者というと荒くれ者というイメージがあったが、そんな雰囲気とかけ離れていたのは、こうした組織運営のせいなのだろう。
途中でギルド長が部屋を訪ねてきたが、その顔は妙にツヤツヤしていて、口元も少しだらしなかった。これはドラムの鱗を持ち帰って、一晩中堪能したに違いない。ギルド長といいクラリネさんといい、大丈夫なんだろうか、このギルドは……
◇◆◇
その日もギルドから戻った後に宿屋でお昼を食べ、ライムと一緒に少しだけ昼寝をしたり、街を散策して店の場所や地理を覚えたりして一日を過ごした。
そして体をお湯で拭いて、ベッドでゆったりとした時間を過ごした後に、自分の魔法をもう一度見てみることにする。すると、最初に見た時に何が書いてあるかわからなかった、二つある枠の一つが読めるようになっていた。
元からあった“収納”の文字の下に書かれていたのは、“色彩強化”という今日読んだ本には記載されていない魔法だった――
ここで主人公の力が大きく変わりますが、いきなり無双したりはしません(笑)
明日早朝の更新で二章まで投稿し、時間があれば夜にもう一話投稿したいと思っています。
筆者の願望がダダ漏れになりますが、お付き合いいただけると幸いです。




