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作者: たまゆら

辿り着けない。だから歩く。

今日、夢に見た。やっと着いた。これで終われる。

やっとねむれる、やっと眠れる

夢の中で体を丸めて静かに目を閉じる。

そして、朝が来る。何も変わってはいない。

今日はどこを目指して歩いて行けばいいのか。

歯磨き粉、苦い。前髪も決まらない。こんな日は西の方角。

なるべく人にも会わぬように。

サングラスは大きめ。帽子も大きめがいい。

暗くなるまで歩く。今日もやっぱり終われなかった。

夢をみた。どこまでもどこまでも、果てしなくつづく道。

悲しい程に、ただ、一本の道。その道を私は、見つめている。

歩き出せない。足は動かない。途方にくれている。

時は、止まっている。何とかしなくては、なんとかしなくては、

冷たい汗が、額から流れて目に入ってきた。とんでもなく滲みる。

心にまで滲みて、熱い涙が、溢れてきた。どんどんどんどん、涙は溢れつづける。どこから湧いてくるのか。とめどもなく湧いてくる。

私はまだ動けない。ただ道を見ている。溢れ出る涙で体が溶けそうになる。思わず悲鳴をあげた。朝が来ていた。夢から抜け出せた。

いつか自分は、夢の中で死んで行くのではと底しれぬ恐怖に縛られる。全身びっしょりの汗。

シャワーを浴びる。石鹸の清潔な匂い。正気が目をさます。

冷たいオレンジジュースと、クロワッサンを食べる。

今朝は雨。出たくない。

一日位歩くのをやめたっていいではないか。

もう辿りつけなくてもいいではないか。

もう終わったっていいではないか。

頭の中、くらげの様。これはこれで悪くはない。

こんなのも悪くはない。

溜まっていたビデオを見るのもいい、

東側の部屋の模様替えもしたい、

ハンカチのアイロンがけも気になるし。

ベランダの花の手入れも。

だからこうして一日過ごすのは何も悪くない。

なのに雨の日は、南に行け。南だ。頭の中のくらげを追いやる様に真っ赤な南の文字が私を攻め立てる。

やはり逃れられない。辿り着かなければ許されないのか。一体誰に、一体何に。

赤のレインコートをはおる。エナメルの黒のレインシューズ。

これはある友人がプレゼントしてくれた物。かなり良い物、

だからと言って浮きたつものでもない。歯磨きをするように私は家を出て南を目指した。

雨は静かに降り、霧がかかる。私はただ前だけを見つめて歩く。

たぶん、いや絶対今日も何の手応えも無く終わるのだろう。

グルグル、ぐるぐる同じ道を回りつづけているだけなのだろう。

歩けなくなるまで。閃く事もなく、弾む心も知らず、腹の底から絞りだす声も出ず。

来る日も来る日も、只歩くのだ。

歯磨きをするように。歯磨きは止められない。

雨は静かに降り続く、霧も濃くなる。今日は帰ろう。やはりいつもと同じだし、と、方向転換をしようとした、その時、霧の向こうから声が聞こえた。金属的な声。でも嫌な感じではない。引きこまれそうな声。どこか懐かしい様な、声の方に踏み出して行く。濃い霧の為、何も見えない。見えないと言う事は、人の心に限りなく恐怖を呼ぶ。

引き返そうか、いやもう少し進んでみよう。それで警笛がなったらさっさっと帰ろう。声は高く大きくなる。なんだろう。なんだろう。この声は覚えがある。自分の細胞の一つが反応している。金属音に共鳴している。人の聴覚には耐えられない音。それでも私は耐えていた。私の細胞が欲している。その声を自分の身体に取り込めと。

さらに、金属音は高く大きくなり、ついに私は耐えられなくなり、耳を塞いでその場にしゃがみ込んでしまった。すると、私のお腹の底が震えだし、頭のてっぺんから、ものすごい勢いで音が入ってきた。音を呼んでいたのは、お腹の中の細胞だったのだ。と思ったとたん気を失った。

気がつくと私は家の前にいた。どの位時間が経ったのか、どうやってここに帰って来たのか、記憶が無い。とにかく部屋に入り水を立て続けに二杯飲んだ。そしてそっとお腹をさわってみた。なんと言う事もない。頭も痛くない。いつもと変わりはない。では一体あの出来事は何だったのか。確かに、頭のってっぺんから我慢出来ないあの音が入って来たのだ。そこまでは、はっきり覚えている。

食欲も無いので、シャワーを浴びてベットに入った。眠れないだろうと思っていたのにすぐに、深い眠りに落ちていった。

私は草原に居た。どこまでも続く丘。地平線。空は高く、青く澄み渡っている。空気は冷たく張りつめていた。一人でいた。私は待っていた。私の行くべき所を教えてくれる者がいるのだ。その者を待っていた。小さな私だった。まだ手も足も、とても小さい。赤い頬をしている。地平線をずっと見ている。もうすぐ、もうすぐだ。冷たい空気が動いた。その者は来た。地平線から息をするより速く私の前に現れた。まばゆく輝くその者。それが何か、私は知っていた。輝きは益々明るくなり螺旋して行く。私は何をすべきか知っていた。そっと、その螺旋して大きく輝く光の玉を抱きしめた。すると、ものすごい金属音がして、頭のてっぺんから私の身体の中に熱いエネルギーが入り、身体の隅々まで満たしていった。その時私は、自分の行くべき所がどこかを知った。光の玉は、深い優しさを込めて、私の進む道を照らしてくれた。その光は、果てしなく続いている様だった。小さな私は、きっと自分もいつか、その光の玉に入るのだと・・・一部になるのだと、感じていた。小さな私だから知っていたのだろう。そして私は歩き始めた。小さな足で。

ひどい空腹を感じて目が覚めた。長い事味わった事の無い深い眠り。

そして、目覚めた時の空腹。朝の喜び。冷蔵庫を開ける。ハム、卵、トマト、レタス、豚肉、キャベツ、固くなったパン、ソース、etc,etc.私はこれらを、調理する。テーブルの上に並べる。並びきれない。床に並べた。そして猛然と食べ始めた。ひたすら食べる。いくらでも食べる事ができる。最後のお皿が空になり大きなげっぷが出た。満ち足りた自分が居た。部屋をぐるりと見渡す。綺麗に片付いている。それでもさらに片付け磨いた。台所、冷蔵庫の中、食器だな、引き出し、風呂場、トイレ、ベランダ。玄関全て。爽やかな空気が流れた。私は白のワンピースに着替えバックを持ち部屋を出た。隣の子持ちの女が、大きな包みを下げ、淋しそうに、私に言った。「お払い箱になったの。何が悪かったのか分からないけど、私これからどうしょう、ねぇどうしたらいい・・・・かしら。」この女は、この女には来なかったのか。


白いワンピースの女性は何も答えず歩いていった。後ろも振り返らず。女は何か言っていたが聞こえなかった。ずんずん歩いて行く。迷いは無い。自分の道が見える。女性はその明るく光る道を胸を張って歩いて行った。


女は途方にくれていた。呆然とそこに突っ立っていた。長い事そうしていた。そして、ふとあの女性の出て行った部屋のドアに手をかけた。ドアはすっと音もなく開いた。入って行った。清潔な匂いが漂っている。リビングまで来た。大きなダイニングテーブルがある。その上に鍵と、こんにちはと、書かれた便箋が一枚置いてあった。女は疲れた様子で椅子に腰掛け、頬杖をついた。何も考えられないようだった。自分が誰なのかもはっきりしないようだった。時計の音だけが部屋に響いていた。外で子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。そしてそれを叱る母親の声が聞こえた。

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