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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

switch

作者: ぐるぐる
掲載日:2018/11/05

卑怯だと思ったらもう卑怯。

スイッチを手放したとき、"私"はきっと"先輩"の前から消えるでしょう。

 ぐちゃり、ぐちゃりと音がする。それはジャムを作る時の果肉が潰れる音。

 悲鳴が小さく木霊する。それは潰された果肉の上げた断末魔。

 ごりごり。ごりごり。果肉は潰れて、その形を失っていく。つま先からてっぺんまでジャムにされてしまうのだ。

 ごりごり。やがて、つぶされていく音もなくなった。

 また、駄目だった。

 



 ふとうっすらとこちらを見る瞳と目が合った。綺麗な琥珀色の瞳。そしてその瞳の主が次に告げる事も解っていた。

 だから、全部壊れちゃう前に。

 スイッチ、オン。


 勢いよく、ベッドから先輩が跳ね起きる。そしてガチガチと歯を鳴らして自身を抱すくめた。

「おはようございます、先輩」

 私はと言えば、いつものことなので備え付けの椅子に腰かけながら手垢のついた小説を読み、紅茶を一口。もう何度も感じているけど相変わらず新鮮な内容と味に吐き気を覚える。

「ねえ」

 2~3ページ程捲ったところでようやく、先輩が歯を鳴らしながらもこちらに口を開いた。

「なんですか」

 先輩は私が覚えているずっと昔の先輩よりも弱弱しい。出来れば、そんな姿は見たくなかったけれど立場上仕方がない。

「今、何日目?」

「さあ、覚えていません。私はカレンダーでは無いので。もしかしたらまだ2日目かも」

 嘘だ。既に200と12日目。

「今、何回目なの?」

「それも……私はカウンターではありません。少なくとも10回目よりは少ないかな」

 これも嘘。三桁の壁は優に超えて1290回目。臆面も無く先輩に嘘を吐けるようになったのは我ながら恐ろしい心境の変化だと思う。

 返答に、綺麗な琥珀色は私では無く窓枠から覗く空らしき何かを見据えている。視界が思うように定まっていないみたいだからまだ回復に時間がかかるかもしれない。

 なので、私はベッドに腰掛ける先輩にいつものように問う。

「紅茶にしましょうか」

 先輩は、まだ少し怯えた目つきで頷いた。

「まだ10回目にもなってないなら、大丈夫、まだ、頑張れる。うん、頑張らなくちゃ」

 紅茶を口にした先輩はこちらから何も言ってないにも関わらず急にそんな事を口走った。私はと言えば、同意も否定もしない。ただ先輩の目を見ているだけ。綺麗な、綺麗な、琥珀色。

 先輩が綺麗なのは瞳だけじゃない。例えばそう、今ティーカップを大事そうに抱えている指だって、ピアニストのように嫋やかで繊細だ。初対面の頃私は思わずピアノやってるんですか?と訊いてしまったが、本人は顔を赤らめて全然、と返したのも記憶に新しい。

「先輩」

 声を掛けたけど、先輩から返答は無かった、いつの間にか細い人差し指を噛んでブツブツと大丈夫、大丈夫と繰り返している。

 全然返答が無いので先輩に思わず抱きついた。心音でパニクってるのがよく解る。それ以上に細い腰つきで肉はそんなについてない癖にやわっこい。反則だ。

「え、え?」

 ようやく我に返ったらしい先輩は目をぱちくりさせた。

「あの……」

「大丈夫、なんでしょう」

「う、うん」

「深呼吸しましょうか」

「……うん」

 先輩が私の呼吸に合わせてゆっくりと息を吸って吐く。吸って、吐く。繰り返す。呼吸が重なって、なんだかそれ以外も重なってる気がして、先輩と私が一緒になっているって実感できる。

 やがて心音は落ち着きを取り戻したように一定のリズムで穏やかになった。それに合わせて、私は声を掛ける。抱すくめた体制のまま、耳元で。

「先輩は偉いです」

「私は……」

「私にはとても出来ない事、いっぱいやってます」

「でも」

「だからもうやめちゃっても良いんです」

「それは」

「やめても誰も恨みません。私も」

「駄目だよ」

 きっぱりとした口調で、先輩は言う。

「止めたら、私が私を恨んじゃうから」

 先ほどまで頼りなく揺れていた綺麗な琥珀色が、今度は打って変わって断固とした意志を感じさるほどきっと、真っ直ぐを向いた。

 ああ、良いなぁ。

 私はうっとりとした気持ちを悟られないように淡々とした言葉で続ける。

「解りました。本当に嫌になったら、いつでも切って下さいね」

「うん、絶対ヤだ」

 凄く朗らかな笑顔で、そう返される。うん、いつもの先輩に戻った。

「ごうじょっぱりだなぁ」

「えへへ、それは嫌だけど……これは暖かいから継続」

 と、急にはにかんだ笑顔を見せたかと思うと私が抱きついた体制のまま、ベッドにもたれた。今度は私が先輩に抱きつかれる形になって、先輩の顔を見る事も出来ずに天井のシミだけが見える。

「お、ちょ、先輩?非生産的ですよ?」

 ちょっとだけ下品なジョークを挟んではみたものの、内心のバクバクが聞こえないかが目下の心配ごとだったりする。

 しかし、そんな心配は杞憂だ。当の先輩は秒速で寝息を立て始めたのだから。

「……小説の続き、読みたいんだけどな」

 先輩は、意外と自分勝手だ。


 先輩は眠り上手。でも眠りたいわけじゃなくて、夢を見るそうだ。

 なんでも、寝る度に同じものを見てしまうそうで、どうもその夢の中で私は先輩の目の前で死に続けているらしい。しかも夢の中で死んだ私は目を覚ますと本当に死んでしまうのだとか。しかしその瞬間に撒き戻しが起こって、先輩は『今』に帰ってくる。先輩が『諦めれば』撒き戻しは終わる。私が死んだという結果を残して。だから先輩は眠ることを諦めない。

 なんてチープな話だろう。

 現に今を生きている私にはどうにもしっくり来ない話だけれど、先輩がそうだと言うのなら、きっとそうなのだろう。なにしろ、先輩の言うことだ。

 だから今日も今日とて先輩は眠る。私を助けるために。今の私が居なくならないように。

 私の時間軸ではまだ一年も経っていない。しかし、先輩は眠るたびに繰り返しているようで、もう何度も何度も、起きては泣きじゃくってを繰り返してまた眠っている。私はそのお世話をする。

 先輩の助けになる為に二人そろって家出をした。まだ20歳にも満たない私たちに借りれるアパートはそう多くなかったからある程度訳アリでも借りられるウィークリーのアパートを借りて。それから私は出費をできるだけ最小限に抑えて、たまに日当のアルバイトをしながら生活して、起きては寝てを繰り返す先輩の身の回りのお世話をする。

 最初の一月は、先輩も申し分けなさそうだった。

 半年経つと、そんな余裕も無くなっていた。

 今では、先輩に日にちの感覚が消えた。

 私も少しだけおかしくなっていった。

 いつものように寝汗をかき始める先輩の白い肌に、まだ匂いの残るタオルを当てる。その度に、柔らかな唇が酸素を求める。吸い込まれるように顔を寄せて、気が付いたように、顔を上げた。

 ――これは、卑怯じゃないか?

 ――いやいや、何を仰る兎さん。私は正当な対価を得るだけですよ。こんなにも尽くしているんだから。

 自己嫌悪に自己弁護。話す相手もそう多くないからこういう一人遊びな自問自答が癖になっていた。

 それもこれも、私がおかしくなったから。

 私は先輩が好きだ。

 私は先輩が好きになってしまった。

 なって、しまった。

 ほら、ずり下がった眼鏡を上げて。ベッドから離れて椅子に座ろう。本の続きを読もう。紅茶もまだ備蓄はある。香りを楽しもうじゃないか。

 本を開いて……おやおや、最近のインクはじわりと広がるらしい。これじゃあぼやけて見えないじゃない。なんてサービスが悪いんだろう。

 じゃあ紅茶を呑もう。香りを楽しもう。

 お湯を沸かして。そう、茶葉なんて高級なもの呑みなれないからティーパックで十分。ちょちょいと色味がついたら、美味しい紅茶の出来上がり。ティーソーサとカップ位はお洒落だ、先輩も呑むんだから、これくらいはしないといけない。

 熱に当てられてあったかい、でも頬が冷たい。暖めなければ、紅茶を呑んで。

「……ああ、しょっぱい」

 塩味が利いてる。まったく、紅茶ひとつまともに呑めないなんて。

 これじゃあ駄目だ。もうそろそろ先輩が起きる頃。きっとまた、私を救えなくて泣いてしまう。

 ああ、うっすらと開きかけた瞼に先輩の琥珀色の瞳が見えた。

 ほら、全部壊れちゃう前にまた、スイッチを入れて。


「ねぇ」

 勢い良く跳ね起きた先輩に私は本に目を通しながら無愛想に答える。

「おはようございます、先輩。なんでしょうか」

 いつものように歯が鳴っている。体が震えている。私のために、だ。

「今、何日目?」

「さあ、覚えていません。私はカレンダーでは無いので。もしかしたらまだ2日目かも」

 先輩は過ぎ去った日のことなんて気にしなくて良い。

「……何回目なの?」

「それも……私はカウンターではありません。少なくとも10回目よりは少ないかな」

 卑怯者。と、私は自分に吐き捨てる。

「紅茶にしましょうか」

 なんでもないような顔で私は先輩を騙し続ける。

 本当は全部嘘。全部全部嘘だ。

 先輩はただの病気だ。

 大体、夢で死ぬ私が、夢の中で救うのを先輩が諦めたら本当に死ぬなんてSFみたいなことあるわけがない。

 寝ちゃうと記憶が巻き戻る。なのに眠らずにいられない。そんなただの病気。

 最初の頃は普通だった眠りの間隔はいつの間にか狭まって、酷い時には10分もたたずに眠りに落ちる先輩は同じ日の同じ時間から抜けられなくなっている。

 何度も何度も、同じ寝起きを繰り返す先輩は、何度も何度も同じ夢を見る。私が死に続けるらしい夢を。

 先輩に明日は来ない。ここにこうしている間は、絶対に。

 でも、それでいい。それがいい。

 先輩は今も私のために諦めずに頑張り続けている。そうでしょう。

 私はスイッチを手に入れたんだ、先輩が私だけを見てくれるスイッチを。

 カチッなんて安っぽい音はしない。私の意志も、先輩の意志も関係なくそのスイッチは入る。

 そのスイッチがある限り、私は先輩とこの狭い部屋に居られる。たとえ先輩を押し込めたのが私自身で今尚押し込め続けているのが私だったとしても。こんな趣味の悪いおままごといつか破綻すると理解していても。

 今私は幸福なんだ。それは間違いない。

 だから、また。

 スイッチ、オン。



あんまり本編には関係ない話。

リハビリのつもりで短く切ったの書こうと思ったら変な方向にすっ飛びました。

ヤンデレ?ヤンデレで良いのこれ?


投稿後一服して色々ミスが散見されましたが、戒めとして残す方針で。

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