六 妻と息子が寝た後で
マンションのドアを開けると、息子が走り寄って出迎えてくれた。
「おかえりパパ」
どうやら誕生日をすっぽかしたことは許してくれたようだ。
匿名の手紙のせいで、鬱々としていた私の心は、これだけで救われたようなものだった。
「なんだ裕樹、まだ起きてたのか。もう遅い時間じゃないか」
叱りつけたつもりだったが、私は嬉しさを隠しきれず笑っていた。
「ねえパパ、明日遊園地連れてってくれるってホント? ママが言ってた」
聡子と約束した覚えはなかったが、裕樹の嬉しそうな顔見れば、もう否とはいえなかった。
「ああ、連れてってやる。ちゃんと早起きするんだぞ」
裕樹はやったーと叫びながら、寝室へと戻っていった。
「今度はちゃんと約束守ってよ、パパ」
裕樹を寝付かせるために一緒に寝ていたであろう妻が、ボサボサの頭で起きてきた。どうやら寝かせることに失敗し、自分だけ寝てしまっていたようだ。
「ほら裕樹、ちゃんとネンネしないと、明日もパパは早く会社行っちゃうんだからね」
妻に叱られても、裕樹は笑っていた。
どうやら誕生日のわだかまりは完全に消え去ったようだ。
裕樹が布団にもぐりこんだのを確認すると、妻は私の食事の準備をはじめてくれた。
私は着替え、テーブルにつく。そこには、昨日まであった例の手紙はもうなかった。
「なあ、今日はあの変な手紙来なかったのか?」
私が聞くと、妻は迷惑な顔をして答える。
「来てたわよ。相変わらず宛名はなし。そうとうしつこい悪戯よね」
「やっぱり来てたのか。どこにあるんだ?」
「もう見ないで捨てたわよ」
私は気にしていないふりをしつつ、食事を終え風呂に入る。
いつものとおり、缶ビールを一本開けて裕樹の隣に寝転がる。妻も息子の反対側に横になった。
私は待った。そして、規則正しい妻と息子の寝息が聞こえると、私は一人起きだした。妻に見つかったら、ビールをもう一本飲もうとしたと言い訳すればいい。
リビングの電気を灯し、私はごみ箱を漁る。そして、差出人の書かれていない、封をしたままの手紙を見つけた。見つけることで安堵している自分を発見し、嫌な気分になった。
私はその封を破りたい衝動を抑え、そのまま通勤カバンの中へと仕舞い込んだ。