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五六 あなたに嘘をついていました

「私、あなたに嘘をついていました」

 うつむいたままの姿勢で、弥生は呟くように語った。

「そんなことは、もう分かってるさ」

 私は力く答える。既に怒る気力も失せていた。

 益本や、いっしょにいた大男に怒鳴るのならば、まだ格好がつくが、弥生は私の半分ほどの年齢の少女なのだ。これ以上、自分を惨めにしたくはなかった。

「今の男たちが言っていたことは本当かい? 君が、全てを企てたってことは、本当なのかい?」

 永遠とも感じられる間を開けて、弥生はコクリと頷いた。

 怒ってもいいのだろう。怒鳴ってもいいのだろう。しかし、私の口からは細く長い溜息しか出ていかなかった。

「あの人たち、益本っていったかな。彼らはヤクザかなにかなのか?」

「彼らは……彼らはたんなるチンピラです。少女買春を斡旋する、つまらない人たちです」

「なんで……」

 私は聞かずともよいことを聞こうとしている。

「なんで、君はそんな奴らと関わるんだ?」

 弥生は顔をあげ、初めて私に顔を見せた。目が、真っ赤に充血している。

「彼らが必要だったからです。生き残るために」

 私はそれ以上、彼女の口からなにかを聞きたいとは思わなかった。

 おそらく、彼女もあのパンダ目メイクの少女たちと、同じなのだろう。

「もう、終りですね」

「そう、終りだ」

 私は立ち上がる。まだ皮靴を履いたままだったが、構うことはしなかった。

 そして、腹に乗っていた封筒が畳に落ちた。もちろん、私がそれを拾うことはない。

「しかし、見事に騙されたよ。偶然もあったんだろうけど、手の込んだ仕込みをしたもんだよね」

 最後の意地として、私は笑いながらそう言ってやった。

「もう、終わったんです」

 同じ台詞を弥生は繰り返した。

「なあ、僕の母親を騙した奴、知らないか?」

 玄関のドアノブを握る前に、私は訪ねてみる。弥生は何の返事もせず、また俯いた格好に戻っていた。その肩が震えていた。

 泣きたいのはこっちだ、とひとりごちて、私は部屋を出た。

 この時はまだ、私は自分の過ちに気付くことができなかった。


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