五三 野中の不幸
普段通りの月曜日を迎え、私は会社へと向かう。
朝刊にもテレビのニュースにも、やはり西上の事件が取り上げられることはなかった。
そして通勤途中の満員電車の中で、私はこの一連の出来事において、一人の重要な存在を思い出した。
会社の先輩である野中。
私は彼に導かれ、あの占いの館に足を踏み入れたのだ。そして占いの館の中で、パンダ目メイクの女子高生に話しかけられたのだ。彼女が売春に関わっていたことは明白であり、弥生の一味であることに疑いはない。すると、野中の婚約者である理恵子も仲間ではないだろうか。そして、野中自身も。
朝礼が終ると、私は野中のデスクに近付いていった。
野中は朝から得意先にアポイントを入れるため電話をしている。側に立つ私に気付くと、野中は喫煙コーナーを指差した。そこで待ってろという意味だろう。
私は缶コーヒーを飲みながら、同僚たちがもくもくと煙を吐きにくる空間で野中を待つ。
「ようっ」
と軽い挨拶をしてから、野中も自販機で缶コーヒーを買い、時間に追われるようにタバコに火をつけた。
「最近お前と話す機会なかったな。忙しいの?」
野中の態度はいつもどおりだった。
「そういや、お前理恵子さんとこ行っただろ。驚いてたぞ彼女。まさか俺も、お前が本当に店に行くなんて思ってなかったからな」
いや、いつもどおりではなかった。野中の顔には普段の突き抜けた明朗さが欠けていた。
「先輩、理恵子さんとの結婚式、いつでしたっけ?」
「お前、そのこと誰かに話した?」
逆に問いかけられてしまった。
私が頭を振ると、野中はため息のような紫煙を吐きだした。
「あの話さ、無くなっちまったんだ」
僅かに、野中の瞳に涙が浮かんでいるのを私は見逃さなかった。
「なんだか急にさ、彼女結婚するのは止そうなんて言い出したんだよ。たぶん、マリッジブルーとかいうやつだと思うんだけどな。じっくり話して説得したんだけど無理だった。そのせいで、ここ数日大変だったんだぜ。式場のキャンセルや、不動産のキャンセル、親戚連中への謝罪に、課長にも詫び入れなきゃなんなかったしな」
私のほうが大変だったんだ、と言いたかったが、野中の苦労も理解できた。
「結局、彼女とは別れることになっちまった。やっぱり占いなんていいかげんだよな。お前も何言われたかしらないけど、信じるなよ」
お前にも迷惑かけたな今度おごるわ、という言葉を残し、背中を丸めた野中は仕事へと戻って行った。
これで確定だ。理恵子も弥生の一味だった。