五二 平穏な日曜日
帰宅した時間は午前零時をまわっていた。
妻は寝ないで待っていた。
接待だと言って出掛けたにも関わらず、全く酔った素振りのない私を見ても、聡子は何も言わなかった。尋常ではない顔つきで家を出た私を見て、何かしらの不穏な気配を感じているだろうが、何も聞いてこない彼女の心づかいはありがたかった。帰ってきたとき既に、私は極度の緊張からは解放されていたため、妻も安心したのかもしれない。
風呂に入り、私は直ぐに布団に入る。
寝付けなかったが、酒を飲む気分にはならない。
西上はちゃんと救急車を呼ぶことができただろうか。肩の骨を砕いただけでも、死に至る危険性はないだろうか。
今にもドアホンが鳴り、警察から逮捕状を突きつけられるのではなかろうか。
もうすでに、パトカーがこのマンションを包囲しているのではないだろうか。
そんなことを危惧しながら、私は眠った。
翌朝、私は妻が淹れたコーヒーに目もくれず、朝刊を隅々まで確認した。
テレビのニュース番組もチェックし、インターネットでも調べた。
昨日、帝都大学の助教授が襲われて怪我を負ったという事件は、どこにも見つけることができなかった。
「ねえパパ、野球しようよ野球」
朝食のあと、裕樹がおもちゃのバットを持って私にねだる。昨日私が殺意を持って振り下ろした金属バットとは似ても似つかぬプラスチック製の太いバットだったが、西上の肩に沈めたときの感触を思い出し、私は吐き気を覚えた。
「野球は駄目だ!」
つい大きな声を出してしまった。裕樹の目に涙がうかんでゆく。
「サッカーしよう、な?」
取り繕うように甘い声を出し、私は裕樹の機嫌を取った。
公園で裕樹と遊んでいる間に、一度だけパトカーが近くを通った。私は身構えてしまい、裕樹のパスを受けそこなう。
昼食後も、夕食後も、ネットでニュースのチェックを続けた。
しかし結局、その日曜日は平穏に終わった。




