四三 パパ大好き
その後、益本からいくつかの質問を受けた。得意なスポーツや格闘技の経験などの質問は、これから我々が行うとしていることに多少係わりがあろうとも思えたが、アレルギーやトラウマの有無など、どのような意味があるのか見当もつかない質問も多かった。
「じゃあ、連絡するから」
聞きたいことだけ聞くと、益本は一人さっさと帰って行った。
「本当に大丈夫かな」
「大丈夫です。益本さんはああ見えてしっかりした人です。ちゃんと仕事ができる人ですよ」
私の呟きを、弥生は勘違いしているようだ。心を読む、というチカラは持っていないらしい。
「僕が心配しているのは、本当に僕が、そんな大それたことができるのかな、ということ。当たり前だけど、初めてなんだよ」
コーヒーカップを口に運ぶ手が震えていた。
そんな私の手を、弥生が包み込むように掴んだ。
「大丈夫です。だって、私は見えるんですもの。塚下さんが事をやり終え、世界を救ってくれる未来が見えます。あなたが止めようとしても、もう運命は変えられません。大丈夫。絶対に成功します」
私が警察に捕まらないという未来は見えないようだ。西上を殺めるまでは、彼女は自信たっぷりな言葉を吐くが、私自身の未来に関しては、いつもあやふやな表現をしていた。
その点に関しては、もう諦めねばならないだろう。
日本の警察は優秀だ。
「……僕も、そろそろ家に帰るよ。残り少ない時間を、家族と過ごしたいからね」
弥生はなにも喋らなかった。ただ、悲しそうな顔をしていただけだ。
流石に今日中に益本から電話があることはないだろう。しかし、その時は刻々と近づいているのは確かだ。
電車を乗り継ぎ家に帰ると、珍しく裕樹も起きていた。
「ねえパパ、明日動物園行こうよ。アライグマの赤ちゃんが生まれたんだって。ショウちゃんが見てきたんだって。ぼくも見たい」
聡子が料理を温め直している間に、私は缶ビールを飲んで、息子の話を聞いていた。
「ママには話したのか?」
「もちろん、パパがよければ行こうってさ」
「じゃあ行こうか」
裕樹はバンザイをして喜んだ。
「でもな裕樹、パパ急なお仕事が入るかもしれないんだ。その時は、パパだけ先に帰ることになるから、ママの言うことをよくきくんだぞ」
不意に嗚咽が込み上げてきそうな気配を感じたが、ビールで無理やりに飲み込む。
「パパ大好き」
私の足に縋るように、裕樹が抱きついてくる。
裕樹の小さな頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、私は応える。
「パパも裕樹が大好きだよ」と。