四一 死刑執行人
私の心は、僅かではあるが軽くなっていた。
殺めねばならない対象が、独身であったこと。ただそれだけで、私は救われた気がする。
大学を去ってからは、通常の業務をこなした。得意先を回る際にも、いつもどおりの笑顔を見せることができた。
私は薄情な人間だったのだろうか。西上に子供がいなかったというだけで、殺す覚悟ができてしまった。
彼は人類六十億を絶滅させるきっかけとなる。絶望的な犠牲を回避するため、彼を殺すことが正当な手段だとすら考えられるようになっていた。
思えば、当然といえば当然な成り行きだろう。
一人の命で人類が救われるのであれば、それは大きな犠牲だとはいえない。
結局一つの命など、たいした重さではないのだ。人の命は地球よりも重い、といった首相がいたが、実際問題として一人の命と人類を天秤に載せて、釣り合うはずがないのだ。
病気でも、交通事故でも、そして戦争でも、人は簡単に死んでしまう。しかし人類の存亡が危ぶまれる事態などは滅多にない。
死刑、という制度もある。
そうだ、私は死刑を行う執行人であると考えればいい。
西上は、人類事態に危機を及ぼそうとする罪で死刑である、と考えればいい。
もうなにも、悩むことなどないのだ。
そんなふうに考えていると、既に気分は救世主であった。私は人類を救う英雄だ。
私は携帯電話を取り出し、カードに書かれた番号を押す。二度目のコールで弥生が出た。
「塚下だけど……」
「はい、わかっています」
弥生の反応は早かった。この電話のことも、例のチカラにより知っていたのだろうか。
「決めたよ。君の希望どおりにする。段取りを教えてくれ」
「ありがとうございます……」
電話の向こうから、鼻をすする音が聞こえる。涙ぐむ弥生の顔が目に浮かんだ。
「きっと、きっと塚下さんに累が及ばないようにします。よろしくお願いします」
もう泣いている気配はなく、弥生の声には力がこもっていた。
「今週の金曜の夜に、私の家に来てください。私の仲間を紹介します。そこで、具体的にどうやってことを成すか、お話したいと思います」
私は、さよならも言わずに電話を切った。
足が震えていることに気がついた。
それが武者震いであることを、自分に言い聞かせた。