三六 決断までの猶予
「考える時間が欲しい。結論を出すまでに、あとどのくらいの猶予があるのかな」
テーブルの上で置いていた手に力が入り、私の指先は白く変色していた。
「はっきりとした日時まではわかりませんが、あと一週間ほどしか時間はありません。ちゃんと説明できないんですけど、私にはわかるんです」
一週間、たった七日間で、私は人生の選択をしなければならないのか。
私が何もしなければ、人類は滅びるのだという。
当り前のことだが、私自身も、私の家族も皆死んでしまうということか。
そして、私がその西上という男を殺せば、世界は死から免れる。私も、私の家族も生き残ることができる。
その代りに、私の人生はそこで終わる。
私だけではない。聡子も裕樹も、人殺しの妻と息子というレッテルを張られ、もう普通の幸せを得ることはできなくなるだろう。仮に、その行為に及ぶ前に離婚するなど関係を絶っていたとしても、結果は変わらないはずだ。
私がどちらを選択しても、家族は不幸になってしまうのだ。
それならばいっそのこと、家族揃って死んでしまったほうがましなのかもしれない。
否、ひとつだけ道がある。
私が西上を殺め、その上で私が警察に捕まらなければ良いのだ。
「僕が西上を殺したあとは、どんな未来が見えるんだい?」
「今は、なにも見えません。もっと時が近付けば、見えることもあるかもしれませんが、今は全く分からない」
再び指先に力が入っていた。
私はテーブルの下に手を隠す。
「君や、君の仲間って人たちは、僕のその行為を手助けしてくれるのかい?」
「もちろんです。出来得る限りの手助けをさせてもらいます。私たち自身の命を助けることになるんですから、当然ですよ」
私が躊躇している理由を見透かしているかのように、弥生は言葉を続けた。
「私の仲間には、様々なチカラを持った人間がいます。彼らのチカラを使えば、塚下さんが刑務所に入れられるような事態は避けられると思います。まだ未来が見えないけど、多分大丈夫ですよ」
他人事のように言い放つ弥生に、私は苛立ちを覚えていた。
「とにかく、一週間の猶予があるなら、その間考えさせてくれ。とても即答できる話じゃあない」
千円札を一枚テーブルに置き、私は席を立った。
弥生は慣れた手つきで、名刺サイズのカードを差し出してきた。
「考えがまとまったら連絡してください。何時でも構いません。でも、一週間以内にお願いします。本当に、お願いします」
立ち上がり、弥生は深々と頭を下げた。
彼女の背中を見下ろしてから、私はカードを見つめる。そこには、携帯電話の番号だけが書かれていた。