三五 選択肢
「後悔、もうしたくないんです」
ほとんど聞き取れない声で、弥生は何度もつぶやいていた。
「……二つの未来が見えるってのは、珍しいことなの?」
「はい、弟のときと、あと一回、そして今回の件で三回だけです」
ようやくハンカチで涙を拭きながら、弥生は答える。
「あと一回ってのは、ほんとうに些細な出来事でした。中学生のころ、普段の道を通って帰るのと、近道をするために公園の中を突っ切って帰るという二つの選択肢により、夜食べるスーパーのお弁当が変わるってものです。ほんとうに、どうでもいい未来でしょ?」
目頭を押さえながら、弥生は笑っていた。
「その、未来を見るチカラってのは、いつでも使えるのかな? テレビを見るみたいに、見たい時に見ることができるの?」
「いえ、突発的です。でも、一度見た映像は、何度も見てしまいます。その未来が現実になるまで、何度も見ることもあります。世界が終るという映像は、それこそ何十回と見せられました。寝るときや、学校での授業中、ご飯を食べてるとき、なんの予兆もなく、パッと目の前が変わって、未来が見えてしまうんです。目をつむって抵抗することなんてできないんです」
再び弥生の瞳に涙が溢れそうになる。私は慌てて会話を続けた。
「そのチカラで、良い思いをしたことはないの? 僕なんかは未来が分かってたら、なんでも都合がいいような気がするけど」
「何一つありません。本当に、何一つありませんでした」
私がふった話題は逆効果だった。再び弥生は涙を流してしまった。
「未来が分かっても、それを変えることができるという機会はほんとに僅かなことだけ。二つの未来を見たときだけ、私はその選択をすることができます。それ以外は、ただ流されるまま。何度も抵抗することを試みましたけど、結局変わらなかった。結末を知っている映画を見ているようなものです。主人公が死んでしまうと分かっていても、客席にいる私にはどうすることもできない。ただ、見ていることしかできないんです」
涙を拭い。弥生は目に力を取り戻して私を凝視する。
「でも、塚下さんは、その映画の中にいるんです。結末を、変えることができる立場なんですよ」
今度は、私が泣きそうになってしまった。
彼女のチカラは十分見せつけられている。
そして、最悪の結末を回避できるのは、私だけなのだという。
しかし、私に人殺しなどできるだろうか。できるわけがない。想像することすらできない。
そして、私の人生はそこで終わるのだ。
ああ、どちらにせよ終わるのか。
「塚下さん?」
弥生が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
私はいつの間にか笑っているようだ。狂う前は、こんな心境なのかもしれない。