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三四 弥生の後悔

「ごめんなさい」と、弥生はすぐに謝った。

 いったい何に対しての謝罪だったのか。大きな声を出してしまったことか、私をこの非現実的な世界に連れ込んだことなのか、問い返すことはしなかった。

「君が見た未来では、僕はどうやってその男を殺すんだい?」

 やるかやらないかは別にして、と間髪いれずに付け足しながら私は尋ねた。

「具体的な方法までは見えないんです。ただ、血の海に横たわる西上の側に、塚下さんが立ちすくんでいる状態だけが見えます。その手は、真っ赤に染まっていました」

「なんだよ、そんなに漠然としてるのかい。それだけだったら、僕が殺めたか分からないじゃないか。他の誰かが負わせた怪我を、僕が介抱していたのかもしれない」

 私は無理やり自分に都合のよいストーリーを思い描いてみた。しかし、弥生は激しく首を横に振って否定する。

「その場所がどこかまでは分かりませんが、そこは他に人がいないトコロ。西上とあなたは、ただ二人だけでその場にいました」

「なあなあ、ちょっと待ってくれよ。君の予言はそんなぼんやりしたものなのかい? だったら、世界が終わるとか、僕が世界を救うとか、そこから疑ってしまうよ」

 私の声も次第に大きくなっていた。

「そうです。とても曖昧なビジョンしか見ることができません。それでも、世界が終わる画と、あなたが西上を殺す画は、見えるんですよ。見えて、しまうんです」

 そこで突然、弥生は口を押さえ嗚咽しだした。

「もう、後悔したくはないんです」

 女の子に泣かれると、男としてはそれ以上攻め立てることができなくなる。私は黙って、彼女の続く言葉を待っていた。懺悔を聞く神父は、このときの私のような心境なのだろうか。

「私は、以前にも二つの未来を同時に見たことがあります。弟が死ぬ未来と、弟が助かる未来です。言いましたね、弟が事故で死んだのは、私が七歳のときです。私は事前に知っていた。トラックに撥ねられて死ぬ弟の姿を。でもそれとは別に、弟が死なない未来も見ていたんです。私が弟と、家の中で積み木で遊んでいることで、弟は死から免れる、という未来です。私は弟がキライでした。両親の愛情を私から奪ってゆく弟が、憎くて憎くてどうしようもなかったんです。だから私は、弟が生きる未来を無視したんです。今なら、もしあの時に戻れるなら、当時の私をひっぱたいて、弟と積み木で遊ばせます。でもそんなことはできない。七歳の私は、ただ両親に愛されたかったんです。私がそれを選択すると、次第に弟が生きる未来が見えなくなってゆきました。はっきりと見えていた未来のひとつが、だんだん色あせ、輪郭がくずれ、音が聞こえなくなり、最後には完全に消えてしまいました。私はもう、あのときと同じ失敗はしたくないんです。正せる未来なら、正しておきたいんです」

 頬をつたう涙を拭うことなく、弥生は語り続けていた。


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