三三 殺人依頼
「ある男を殺してください」
飲みかけていたコーヒーを、私は噴出しかける。
「なんだって? もう一度言ってくれ」
「ある男を、塚下さんに殺してほしいんです」
問い直しても、答えは同じだった。
「殺してほしいって、僕に人殺しをしろっていうのか?」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、私は力なく笑っていた。
「冗談はやめてくれ。そんなことできるわけないだろ。どうしたって無理だ」
「最後まで聞いてくれませんか?」
弥生は、私が落ち着くのを待っている。
すぐにでも逃げだしたい衝動にかられたが、それでは昨日の繰り返しになってしまう。温くなりかけたコーヒーを一気に呷り、私は平生を取り戻す。
弥生は続けた。
「ウィルスが蔓延することで、人類は絶滅するという話はしましたよね。塚下さんに殺してもらいたい男とは、そのウィルスの発明者です。日本人で、この街に住んでいる男です。名前は西上敏尚、帝都大学の助教授をしている男です。年齢は三八。西上は偶然にウィルスを発明するのだと思います。思いますっていうのは、私のチカラではそこまで詳細に未来を見ることができないからです。でも、確実に、その西上のせいで、人類は滅亡してしまうのです」
ようやく彼女の言わんとすることが見えてきた。ターミネーターという映画があったが、そこではコンピューターにより人類社会が滅亡することとなる。主人公たちはそのコンピューターの発明者を殺してしまおうと試みていた。弥生はその役割を、私にさせようとしているのだ。
「そこまで特定できているんなら、君が、君でなくても、チカラを持った君の仲間が、西上という男を殺せばいいじゃないか。いや、殺すだなんて過激なことをしなくとも、その研究を止めさせるか邪魔するだけで充分じゃないか。なんで、ただのサラリーマンの僕が、そんな役目を負わなきゃならないんだ」
「それは、私が見てしまったからです。私には二つの未来が見えます。ひとつは、西上の研究のせいで、人類が一人残らず死んでしまう未来。そしてもうひとつは、あなたが、塚下さんが西上を殺し、平和な世界が続く未来。世界はこの二つ、どちらかの選択しかないんです」
弥生がその未来を見たといえば、私には反論ができなかった。
彼女のチカラは見せつけられている。もう、それを疑うこともできなかった。
黙り込んだ私に、弥生は更に語りかける。
「実は、既に今塚下さんがおっしゃったようなことは試みているんです。別のチカラを持った私の仲間が、西上の研究を邪魔したり、殺めようともしています。でも、どんな手段を試してみても、西上の研究は止まらず、彼自身も怪我を負ったりしないんです。やっぱり、運命は変えられません。最悪の未来を防げるのは、塚下さんだけなんですよ!」
最終的に、弥生は怒鳴っていた。