三二 二人きりで
「この子、昔からそうなのよ。悪いことは全部先にわかっちゃうの。ああ、おじさんなら当然ご存じよね」
全てを見透かしているママは、平然とした様子でカウンターの中へと戻ってゆく。
コーヒーが運ばれてくるまで、弥生は黙ったままだった。
「あのさ、僕の住所とかはどうやって知ったの。家族構成も知ってたようだけど」
「その話は、ちょっと待ってください」
沈黙に耐えられず私は質問したが、有無を言わせぬ口調で弥生は遮った。
コーヒーを運び終えたママは、しばらく新聞を読みながらタバコをくゆらせていた。他に客もおらず、退屈しているようだった。
「ねえ弥生ちゃん。お店ちょっと任せてもいいかな?」
「パチンコですね」
「そうそう、三丁目の店が今日改装なのよ。どうせお客さんも来ないから、今から並んでくるわ」
「ちゃんとバイト代くださいよ」
曖昧な返事を残し、いそいそとママは店を出て行ってしまった。
「これで、やっとお話ができますね」
音楽も流れていない店内は、静寂に包まれた。弥生の声が、驚くほど大きく響いた気がする。
「あの人が出て行ってしまうことも、君はその、見えていたのかい?」
「はい、わかっていました」
当り前のことを聞くなという、弥生の答えだった。
「さっきの質問に答えます。私は一人ではありません。私のようなチカラをもったコミュニティが存在しています。類は友を呼ぶというやつでしょうか。自然とチカラをもった人間が集まり、互いに情報交換なんかをしています。そのコミュニティに名前なんかありません。定期的な会合なんかもありません。ただ、お互いに必要が生じたとき、自然と交わりを持つんです。私は塚下さんが世界を救う未来を見ました。そのときは、その救世主、つまり塚下さんの名前も住所も知りませんでした。どこの誰かも知らないのですから、塚下さんと接触を持つこともできません。でも、仲間の一人がある日やってきて、塚下さんのことを教えてくれたんです。名前、住所、仕事、家族構成。最近ではこうした個人情報はなかなか手に入れることができませんが、その仲間は私が見た未来の映像を覗くことができるチカラをもっていました。その仲間の、更に別の仲間を通じて、塚下さんまで辿り着いたというわけです」
弥生は私の質問に答えたようで、何一つ答えていない。結局、そのわけの分からないチカラにより、私の個人情報を入手したのだという。弥生のチカラとは別のチカラをもった人々がいて、彼らは連携しているのだと、到底信じられるような話ではなかった。
それでも、私はその点に関してはそれ以上問い質すことを止める。検証することもできなければ、完全に否定する術も私にはなかった。そして、そんなことは今の私にとって大きな問題ではなくなっていた。
「もういいよ。細かいことはもう聞かない。僕がいったい、何ができるのかを教えてくれ。僕に、何をさせようとしているのかだけ、教えてくれ」
私の問いかけは、懇願に近かった。