二六 黙っていられることと、黙ってちゃいけないこと
「弟が死んでから、私を見る両親の目が変わりました。そりゃそうでしょうね。でも、これは仕方のないことだったんです。でも、あの人たちは最後には、弟が死んだのを私のせいだと言い出したんです。運命だったのに、それが定めだったのに、あの人たちは私を責めたんです。お前のせいだ、お前が良太を殺したんだって」
自分の親を『あの人たち』と表現する弥生の言葉には、憎しみは感じられない。既にそのような段階を通り越し、諦めの心境に達しているように見えた。
「未来を、私は事前に見えてしまう。今にして思えば、それを教えなければよかったのでしょうね。知らなかったら、あの人たちはあの不幸を受け入れることができたんじゃないかと思うんです。でも、私だって悲しかったんですよ。七歳の女の子には、そんな悲しみを自分一人で抱え込むことはできなかった。だから、話ちゃったんです。そうして私は魔女のように扱われ、諸悪の根源とされ、家から追い出されたんです」
今にも泣き出すのではないかと私は身構えたが、弥生の表情は終始変化しなかった。
「それから、ずっと一人で生きてきました。もちろん、寮では世話をしてくれる人たちもいたし、今こうして一人暮らしをしている費用も、あの人たちから出してもらっています。でも、家を出されてから、家族の顔は誰も見ていません。もう、見たくもないし、見ても誰だか分らないでしょうね」
私は裕福ではなかったが、母の愛情を受けて育ったつもりだ。これまで付き合いがあった知人の中にも、彼女のような不幸な生い立ちをもつ人物はいなかった。そんな不幸は、映画や小説の中だけだと信じていたのかもしれない。だから私は、弥生の告白に対して、どのような反応を示してやればいいのか全く分からないでいた。
「こんな話に、意味なんてあるのかとお思いでしょうね」
弥生の問いかけに私は肯定も否定もできず、ただ彼女を見つめていた。
「私は見たくなんてなかった。でも、見えてしまうんです。一人になってからは、できる限り見たものを人に話さないようにして生きてきました。たまに未来と現在がこんがらがってしまって、人に話しちゃうこともあるんですけど、基本的には普通の女の子を演じてきたつもりです。せいぜい、さっきのクラスメイトに恋占いをしてあげる程度です」
クラスメイトとは、私をここへと案内してくれた女子高生たちのことだろう。彼女たちはメイクも濃く、髪の色も明るいものだった。クラス全体がどうか知らないが、弥生はさぞ浮いた存在に違いないと私は思う。
「何度も言いますけど、私も未来なんて見たくなかった。でも、黙っていられることと、黙ってちゃいけないこともあるんですよ」
ようやく弥生は、私が聞きたいことを話そうとしている。
「この世界が終ろうとしているのに、私は黙っていられないんです」