二四 手紙の理由
その部屋は六畳二間で、玄関の横に小さな流し台がついていた。外から想像していたよりも大分綺麗な内装で、流し台には古臭さを感じるものの壁紙に汚れは見えず、畳も真新しかった。隅々まで掃除がゆきとどき、散らかっているものが何一つない徹底ぶりも、その印象に影響しているのだろう。
「一人で住んでるのかい?」
「そうですよ」
「ご家族は?」
「一人暮らしです」
淡白な回答だった。必要以上の回答をする気はないらしい。しかし一人暮らしと聞けば、部屋に入り込むことは躊躇してしまう。その前に、私は彼女の名前すら知らないのだ。
「手紙を送ってきたのは、君だね」
私は玄関に、靴を履いたまま立っていた。
「とりあえず入ってください。長い話になりますから」
女子高生は有無を言わさぬ口調で言った。丁寧な言葉だが、命令されているに等しかった。
「座ってください」
座布団を取り出し、それを指差した後、彼女は流し台の前に立つ。ガスコンロに火をつけたところを見ると、お茶でも入れてくれるのだろう。
所在なく玄関に立ち尽くしているわけにもいかず、私はようやく皮靴を脱いだ。
「家でお茶を入れることなんてほとんどないんです。だから、お茶の葉も常備していなくて。でも、塚下さんみたいな目上の人に、お茶のひとつも出さないなんて失礼ですからね。私がここへと呼びつけたようなものですし」
その後湯が沸くまで、私たちは沈黙したまま待った。この部屋にはテレビもない。ちゃぶ台と衣装ダンスがひとつと、背の低い本棚がある他は、家具らしいものも見えなかった。生活用品は奥の間に見える押入れにでも入っているのだろう、と意味のない空想を働かせるしか、私にはすることがなかった。
「どうぞ」
ようやく湯が沸き、香り立つ緑茶が私の前に置かれた。
「私は、弥生といいます。弥生時代の弥生です」
両手で湯呑を持ってすすりながら、彼女はようやく自己紹介をはじめた。
「それで、その弥生さんは、なんで僕のところへ手紙を出してきたのかな? それも何通も。匿名の手紙なんて出せば、相手を不快にさせるとは、もう分かる年齢だよね」
本当に聞きたいことは他に山ほどあったが、まず私が発した問いはそのことだった。
「はい、気分を悪くされたなら謝ります。すみませんでした」
弥生は深々と頭を下げた。素直に謝られると、私が悪者のように感じられる。
「謝ってほしくてここへ来たんじゃないんだ。なんで、あんな手紙を出したのか。その理由を聞きたいんだけど」
「それは、信じて欲しかったからです」
「信じて欲しい? 何をだい?」
「私の、チカラをです」
弥生はまっすぐ私を見つめて、強い口調でそう言った。