二二 崩壊への序章
占いの館を出ると、先ほど私の前で並んでいた女子高生のグループが、店の前でたむろしていた。彼女たちは自分の占ってもらった結果を、楽しそうに語り合っているようだ。
女子高生の一群を避けるように私は飲み屋街へと去ろうとした。しかし、私の通勤カバンを引っ張る者がいる。
振り向くと、先ほど私に話しかけてきていたパンダ目メイクの女子高生だった。
「おじさん、リサさんの占いどうだった? バシバシ当たるっしょ」
普通彼女たちのような年齢では、倍ほども歳が離れている。しかも初対面の相手に話しかけることを躊躇するものだが、彼女は全く気後れする様子がなかった。どうやら、私のようなおじさんの扱いに手慣れているようだ。
「まあね」
と曖昧な返事をして、私はさっさと立ち去るつもりだった。しかし、彼女はしつこく食い下がる。
「あれ? その顔じゃあ、満足できなかったんでしょ。あたしもっと凄い占い師知ってるよ」
興味はないというつもりで、私は小さく首を振った。しかし、次の一言で私は凍りつく。
「実はさあ、その占い師に言われたんだよね。おじさんみたいな人と出会うから、自分のところへ連れて来いって」
決して真面目そうには見えない女子高生だったが、彼女の眼はふざけてはいなかった。
「ねえなんなの? あの人とおじさん、あたしをなんか驚かせようとしたりしてるワケ? ドッキリみたいな?」
「どうゆうことか、ちゃんと教えてくれないか?」
私が急に態度を変えたことに、パンダ目の女子高生はたじろいでいる。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃん。あたしはただ、おじさんみたいな人、というより格好? をした人と会うことになるって言われただけだよ。そんな、犬の足跡みたいな模様のネクタイをした、ひょろりとした三十歳くらいのおじさんに会うってさあ」
私のネクタイを指差して、女子高生は言った。
今日のネクタイの模様は、確かに犬の足跡のようにも見える。
「その人がいる所、連れてってくれないか」
私は絞り出すような声で頼んだ。
案内をする代わりに、私はアイスクリームを人数分奢らされることとなった。二百円の五人分で、千円札が私の財布から無くなった。アイスクリームを舐めながら、女子高生たちは私の先に立ち夜の街を進んでゆく。
「君たちは、占いが好きなの?」
黙ってついてゆくことに苦痛を覚え、わたしはパンダ目の子に問いかける。
「あたし? そりゃ好きだって。つかあたしらの年齢で、占いが嫌いだなんて子ほとんどいないんじゃない? ガリベンの由美だって好きだもの」
由美とおもわれる一人が、ガリベンじゃないと文句を言った。
何故か女性は老若男女を問わず、占いが好きなのだ。大抵は遊び感覚で占いの結果を受け止めているのだが、中には通常の生活に支障をきたすほど影響を受けてしまう場合がある。いわゆる、占い依存症というやつだ。占いの結果が良い方向にでなければ、行動に移ることができない人もいるという。私の母はそうなってしまった。この女子高生たちは、その予備軍なのかもしれない。先ほどの占いの館のように、高額な料金をとる場所に出入りしているくらいなのだから、その可能性が高いだろう。
「占いなんてくだらないよ。あんなのはあてずっぽうなんだよ。ショットガンニングというテクニックがあってね、占い師はとりあえず多くのことを語って、その反応を見ながら占いの言葉を紡いでいくこともある。運勢を視てもらうんじゃなくて、客が言って欲しいことを、占い師が言葉にしているに過ぎないんだよ」
私のまじめな講義に対して、彼女たちは哄笑で応えてくれた。
「じゃあさ、おじさんはなんであの店に来たの? それに、これから会いに行く人も占い師なんだよ」
確かにおかしい。私は占いは信じていなかったに、こうして手紙の主を探し求めている。
信じているものが崩れさることは恐ろしいことだと、この時の私はまだ知らなかった。