二一 理恵子の正体
「初めて来られる方ですね」
断定でも疑問とも、どちらでも取れる口調で理恵子は言った。
勝手に相手側に決めさせる、ということも、占い師の重要なテクニックのひとつだ。
「いいえ」
と私は答える。これが最も嫌がられる客だろう。占い師の言葉を否定する客は、扱い難い。
「おかしいですね。でも、それは失礼しました」
理恵子は顔色を変えることなく、素直に謝った。客と揉めることはご法度だ。それに、彼女は私が初見であることは当然理解している。記憶力ではなく、データとして把握しているはずだ。だから私の嘘にも、とくに目立った反応はしなかった。ややこしい客だと、思っているはずだ。
もし、彼女が本物ではなかった場合だが。
「お仕事のことで悩んでおられる……」
私が書いたアンケート用紙を眺めて、理恵子は言った。
「いいえ、それは嘘です。特に仕事で悩んでなんかいません」
ようやく占い師の顔に変化が見えた。眉間に短い皺が刻まれている。
「では、どんな理由で、今日はこれらたのですか?」
理恵子は見た目は若いが、その口調には老獪さが感じられた。女性にしては声が低く、それでいて響きが良い。優れた占い師の特徴は備えているようだ。
「あなた、私に手紙を出しませんでしたか?」
私はストレートに聞いてみた。
「手紙? 私が、あなたにですか?」
どうやら外れだったようだ。
私は安堵と同時に落胆していた。まだもやもやとした気持ちを引きずらねばならないのか。
「ぼくの勘違いだったようです。すみませんでした理恵子さん」
名前を言うと、理恵子は年相応の顔つきに戻っていた。目を丸くして驚いているようだ。普段やっているようなことを、客である立場のものにされれば、それは驚くだろう。
「あの、どちら様ですか?」
「野中さんの同僚の塚下という者です。彼に結婚の話を伺いました。近くに用事があったので、ちょっと興味本位で寄らせたもらったんです」
野中の名前を出すと、理恵子は安心したようだ。
「そうなんですか、野中がいつもお世話になっております」
慇懃に、理恵子は頭を下げた。どうやら一般常識も備えた女性のようだ。その仕事は好きにはなれないが、人物そのものには好感がもてた。
「いえいえ、世話になっているのは私のほうです」
「しかし、手紙ってなんのことですか? ……ああ、招待状のことですね。塚下さん、思い出しました。彼がいつも噂しています」
その後いくつかの世間話をして、私は帰ることにする。野中に私が訪問した件が伝わっても、特に不審な点は残さなかったつもりだ。野中の婚約者は、私に例の手紙を出した人物ではないという確信も得られた。
無駄な時間と金を使ってしまった。
普段以上に疲労を感じつつ、私はその部屋を後にする。