二 不可思議な文面
何気ない気持ちで、私はその封筒を開いた。中にはやはり特徴のない、白い便箋が三つ折りで入っている。
そこには宛名と同じ筆跡で、短い文章が綴られていた。
朝缶コーヒーを買っても、商品が出てこない。
昼食には蕎麦を食べる。
ゴキブリを踏みつぶす。
「なんだこりゃ」
缶ビールを片手にその手紙に目を通していた私は、つい呟いていた。
「どうしたの?」
夕飯を温め直している妻が、キッチンの中から聞いてくる。
「それ、誰からの手紙なの?」
郵便受けから回収してきたのは妻だった。差出人の名前が書かれていないその封筒を、気にかけていたようだ。
「知らないよ。悪戯かな」
チャーハンの皿をテーブルまで運んできた妻が、私が眺める便箋を覗き込んだ。
「何よこれ。悪戯にしても意味不明ね」
私がその便箋を妻に渡そうとすると、汚物を押し付けられたように彼女は飛び退いた。
「やめてよ、気持ち悪い」
「そうだよなあ。気持ち悪いよな」
私はもう一度、三行の短い文を眺めてみる。
「これ、今日のあなたの出来事なの?」
「いいや。缶コーヒーなんか買ってないし、昼はかつ丼だった」
「でも、あなた宛に届いてるのよ」
「そうだけど、知らないよ」
ビールを飲み干し、私は若干焦げ付いたチャーハンを食べ始めた。
私は便箋を封筒に戻し、そのまま屑入に投じる。緩やかな弧を描き、見事にその手紙は箱に収まった。明日にはマンションのゴミ収集場に集められ、焼却か埋め立てかされる運命にあるその手紙を、私はもう忘れようとしていた。
「なあ、それよりも裕樹は、まだ怒ってんのか?」
「怒ってるわよ。パパなんか大嫌いって、さっきも寝言いってた」
私が溜息をつくと、妻は冷たい麦茶をコップに注ぎながら笑っている。
「仕事だったんだからしょうがないよね。裕樹には私からいっとくから。週末には遊園地に連れて行ってあげてね」
私はチャーハンを咀嚼しながら曖昧に返事をする。
そんな不可思議な手紙よりも、四歳の息子の誕生日に早く帰ってやることができなかった昨日の埋め合わせをどうするかが、その時の私にとって大きな問題だったのだ。