十七 アプローチ
朝の通勤時から、私は周囲に神経をとがらせていた。
午前中の顧客訪問活動における事務員や、昼食時隣の席に座ったOL、午後休憩に立ち寄った喫茶店のウェイトレスなど、特に女性を意識していた。
私のイメージでは、占い師は女性で固定されていたからだ。昨日先輩の野中から、若い占い師の女性と結婚するという話をきいたことも、このイメージ固定に一役買っている。
しかし、結局会社にもどるまで、それらしい人物からの接触はなかった。
実のところ私は、十中八九例の手紙の差出人は、野中の婚約者であると考えていた。
タイミング的に、それ以外はあり得ないと。
だからこそ、業務終了後に私は自ら、野中のもとへと歩み寄った。
「先輩、昨日はごちそうさまでした」
「ごちそうさまって、俺たった千円しか余分に払ってねーよ」
野中は相変わらず機嫌がよかった。
「でもいいんですか。僕となんか飲んでて。彼女と食事でもすればいいのに。理恵子さん、怒りますよ」
「そんなこたないね。それに彼女、夜の方が忙しいんだわ」
そういった途端、野中は弾かれるように立ち上がり、私の腕をとってオフィスを出る。やはり来たか、と私は内心呟いた。
「理恵子さんの仕事、とりあえず隠してんだ。他のやつらには言うなよ」
誰もいなかった休憩所兼喫煙所に私を連れ込み、野中は言った。
「そんな、隠すことないじゃないすか」
「まあ、普通の仕事じゃないから、変な憶測もたれたら嫌だろ」
セブンスターに火をつけながら、野中は珍しくまじめな顔をしている。
「しかし占いって、当たるんですかね。先輩の結婚は、まあ当たるわけですけど、そんなのは単に向こうの一目惚れだったってことかもしれないですし」
「そんなこたあないな」
照れ笑いで、野中は答える。
「恵理子さんの占いは評判いいんだぞ。おまえも一度見てもらったらどうだ?」
ようやく誘いがきた。
「俺は今日は予定が入ってるから行けないけど、場所は教えてやるよ。本当にびっくりするぐらい当たるんだぜ」
そういって、野中は緑色の名刺を一枚渡してきた。そこには見たこともない奇妙なフォントで「占い師Risa」と書かれていた。