十五 芽生えた疑い
全く関心が持てなかった野中の結婚話は、突如として私の重大事に変わりつつあった。
占い師、的中する予言。正確には『的中しかけている』予言であるが、私が今煩わされている問題と関わりがありそうな話が、野中の口から飛び出たのだった。
実際私は問題を抱えているのだろうか。それすら判断できないほど、私は宙ぶらりんな状態に置かれている。
不気味な手紙が届けられているが、それで実際に被害を受けたわけではない。
手紙には、単に私が遭うこととなる事象が、事前に書かれているにすぎないのだ。
しかし、あの手紙が私の心を落ち着かせないのは事実だった。
「占い師、ですか」
口にするのも嫌な言葉だった。
「そんな変な顔すんなよ。確かに珍しい職業かもしれないけど、別に悪いことしてるわけじゃないだろ」
私の母はそんな占い師の類に騙されたのだと、口に出して言いたかった。
「その、理恵子さんでしたっけ。理恵子さんの予言どおり、先輩は結婚することになるわけですか」
「そうそう、ほんとに彼女、なんか不思議な力を持ってるんだよ。俺もはじめはそんな言葉信じなかったよ。なにしろ初対面の人間に、結婚するだなんていう女は、頭がおかしいが詐欺師だわな。でもさ、彼女俺のドストライクだったんだよな。そんで、何度か足を運ぶうちに、付き合うようになって、こうして婚約にまで漕ぎ着けたってわけだ」
野中はジョッキを空け、おかわりを注文する。
ペースはいつも以上に早いようだ。喜びが充ち溢れ、野中の顔から笑みが絶えることはなかった。
「本当に、騙されているんじゃないんですか?」
「馬鹿なこと言うな。お互いの両親も紹介し合ってるし、このあいだ新居も決めてきたんだ。結婚式の費用だって折半したんだぞ」
「その費用、彼女に渡して、任せっきりとか」
「大丈夫、俺が彼女の分も預かって、直接式場に振り込んでるんだ」
私の不謹慎な言葉も、全く響いていない。仮に野中が詐欺にあおうと、私には正直損得はない。せいぜい、祝儀の三万円が無駄になる程度だ。
私が気になっているのは、会社の先輩である野中の婚約者が、占い師という仕事をしているという点につきる。
我が家に届けられているあの手紙と、なんらかの関係があるのではないだろうか。
それとも、単なる偶然なのか。
笑顔を絶やさない野中の前で、私は作り笑いをし続けなければならない、辛い時間を過ごしていた。