十四 婚約者
「はぁ?」
思いもよらない野中の言葉に、私は上ずった声を上げていた。
「そんなに驚くことないだろ。俺だって結婚くらいするさ。もういい歳だしな」
私の驚きを勘違いし、野中は照れ笑いしながら焼き鳥を口に運ぶ。
「……それは、おめでとうございます」
気持ちを切り替えられぬまま、私はなんとか祝いの言葉をつぶやくことができた。
「課長には伝えてあるんだけど、それ以外に直接教えるのは塚下がはじめてだ」
「そうですか」
私はビールを呷る。
どうやら、野中はあの手紙の差出人ではないようだ。私は安堵すると同時に、苛立った。まだまだ差出人不明の手紙に翻弄される日々が続くかと思うと、気持ちは暗くなる。
「なんだよ、喜んでくれないのか?」
「そんなことないですよ。ほんとおめでとうございます。相手はどんな人です?」
野中の婚約者などに興味はないが、ここはマナーとして聞いておかねばならないだろう。
「写真、見たいか?」
見たくはないが、義理で私は頷いた。
野中は、携帯電話の待ち受け画面に設定している写真を私に向ける。
「へぇ、美人じゃないですか」
この感想は本心からの言葉だった。野中の外見は、一言で表現すればゴリラだ。色黒で、額が少し前に出ている。とても女性にモテる種類の男ではない。携帯の画面に映っている女性は和服が似合いそうな美人だった。野中とは不釣り合いな印象を受けた。
「こんな小さい画面じゃわからんだろ」
言葉とは裏腹に、野中は満足気にニヤついている。どうやらこの酒の席は、野中の自慢話を聞くためのものと化しつつあった。
「こんな美人、どこで捕まえたんです? 結構、歳も離れてるんじゃないですか」
「第二営業部に松田っていただろ。あいつと半年前くらいに二人で飲みに行ったことがあるんだけどさ、あいつ彼女に振られたばかりで落ち込んでたんだわ。そんで慰めつつ飲んでたらさ、あいつ振られたのは運気が悪いだとか言い出してな、そうこうしてる内に『占いの館』に俺連れてかれたんだ。あんなの女子供が見てもらう場所だろ。俺嫌だったんだけどさ、そこの占い師が、この理恵子ちゃんだったんだわ」
占い師、という単語に、私は過敏に反応した。
「俺もついでに見てもらったらさ、開口一番に彼女言ったんだ。『あなたは私と結婚します』ってさ」